商談 showdown
喝采を浴びるシャロンとリュカオンに向かって、私は誰よりも大きな拍手を贈るべく一心に手を叩いた。しかしふと隣の様子を見ると、リリィ・アンは冴えない表情で控えめに拍手している。不快感というほどではないが、どう見ても感動している様子ではない。
ハッキリした単純な感情ではないのでよくわからないが……、推し量るとしたら、拍子抜けしたような表情だろうか。いや、呆然としているのかもしれない。
しかしシャロンの演技が素晴らしくなかったはずはないし、代わりに自分で踊りたがる性格でもない気がする。とすれば、あまりのレベルの高さに不安を覚えたというのが、考えられる中で最も可能性が高い。
大丈夫よ!シャロンはスポーツ万能で本当に特別なの!そんな心配ならフォローするまでもなく、授業が始まってすぐ解けるだろう。
私は戻ってきたシャロンとリュカオンを労う。
「お疲れ様でした。今日のダンスはいつにも増して素敵でした」
シャロンは私を満足させるのは当然だとドヤ顔で澄ましているが、それはそれとして、褒められて嬉しいようだ。喜びが隠しきれていない。リュカオンはいつもの下がり眉で、仕方がないなと素朴に微笑んだ。
「君が喜んでくれたなら何よりだ」
キター!!これよこれ!完璧に調整された、『王子殿下顔がいい社交ビーム』よりこっちの方が良いでしょう?五兆点満点!!
同意を求めてリリィ・アンを振り返ると、今度は彼女も私の視線に気づき、満面の笑みで頷いた。
話が分かるわね、リリィ・アン!リュカオンの素の表情は、不安など蒸発させるほど高次元かつ高濃度に美しく、DNAに素早く届く!やっぱり狙うは腹黒王子様ルート・リュカオンかしら?
最初の授業のその後は、全員の実力や適性を見るため、3人程相手を入れ替えながら、自由に練習する時間となった。パートナーの実力に合わせて、ステップの確認から始める組もあり、即興で踊り始める上級の組み合わせもあった。ダンス授業の成績などどうでも良いクロードを始めとして、リュカオンもイリアスも仲間内で交代で踊り、人数を消化してしまおうと言ったが、結局三人とも申し込みが殺到してそれどころではなかった。彼らの注目度ならば、そうなって当然だ。私は私で、申し込んでくれた男子と先着順で踊り、そして全員の足をしこたま踏んだ。
これまで私の練習相手になってくれた皆は、やっぱりリードがとても上手だったんだ。鈍臭いながらスムーズに踊れているものだから、ちょっぴり才能があるかもなんて己惚れていた。これからも彼らに感謝して生きていこう。
授業と共に、課外活動も本格始動だ。
内容はそのままに、監督生として専用談話室の使用を許可されたということは、私のお見合い仲介活動が、学院から、しかも学長先生直々に認可されたということだ。
公認となれば大手を振って活動できる一方で、滅多なことをすれば取り締まりとお叱りを受けてしまう。
学院にとって、結婚相手探しは入学者を増やすための大事な案件だ。良い縁談がまとまるのは、在校生卒業生の満足度を引き上げるのに貢献し、学院の名声と入学者の数はますます高まるだろう。
学校側は私の実績をうまく利用したい一方で、活動内容が過激になり過ぎないよう牽制するつもりがあったのかもしれない。
もともと私のサロンでは、相談の報酬は情報で支払うことをお願いしていた。学内の情報収集のために始めた活動が、需要に応じて現在の仲人業に変化したからであり、そして人は無償のものを有難いとは思わないからである。
しかし、学校から指名された監督生として生徒から相談を受け、私個人が利益を要求することは出来ない。本当に困っている生徒が相談しにくい状況を作ることがあってはならないし、報酬の正当性を突っ込まれたら争って負ける。
そこで、相談を無償とする代わりに業務を簡略化することにした。
一人当たりの割り当て時間を減らし、一日二組様限定から、五組まで枠を増加。書面での解答を増やし、クロードの心理技能も駆使することで、短時間の聞き取りでも変わらぬクオリティのカウンセリング内容と自負している。
以前はお見合いをセッティングする所まで世話を焼いていたが、条件や相性の合う候補を提示するに留め、以降は自主的な行動をしてもらうよう切り替えた。
シナリオの強制力的なモノで、私の顧客が謂れなき不幸に襲われることがないよう、アフターケアにも気を配っていたが、ヒロインの動向を詳しく知る立場を手に入れて、多方面にまでアンテナを必要はなくなったのだ。
おかげ様で内容が軽微になっても顧客の回転率を上げることで情報収集量はUP!コストパフォーマンスは向上している。
そうこうしているうちに、ヒロイン・リリィ・アンから相談の申し込みがあり、私は飛び上がるほど喜んだ。
一体どんな相談かしら。気になる人の調査依頼?イベントの下準備?それともすでに身を焦がすほどの心情を吐露して貰えたりなんかして!
「業務提携いたしましょう!」
恋心にも似てワクワクと舞い上がる私の気持ちを、リリィ・アンは第一声で粉々に打ち砕いた。
「……ん?」
気持ちの切り替えが追い付かず、私はしばし呆然としてしまった。
「それは、比喩とかではなく……、ビジネスのお話……でしょうか」
「はい!他の要素が一切挟まる余地なく、純粋なビジネスのお話です!」
リリィ・アンは恋の恥じらいも憂いも一切ない、秋空のように爽やかに晴れ渡った笑顔で頷いた。
いけない。急な話に驚いたり戸惑ったりすることはあっても、今後の信頼関係の為に、ガッカリするようなことが絶対にあってはいけない。
「これまでにはないお話でしたので、驚いてしまいました。お伺いします」
私はなんとか気を取り直して微笑んだ。
「例えばこちらです」
そう言って、リリィ・アンが指し示したのはテーブルの上の茶菓子である。
飲食禁止の演奏室で相談を受けていた昨年とは違い、今年は会話のきっかけになりそうな見目美しい茶菓を提供している。
「こう言ったお茶菓子の用意を私に任せてもらえませんか」
なるほど。リリィ・アンのリズガレット家は、『スカーレット』という屋号のショコラトリーやカフェを営んでいる。その営業というわけだ。
「不躾なお願いですが、短時間でメリットを検討してもらえるよう、資料を纏めてきました」
有能だな。
リリィ・アンは数枚に纏められた3部の書類を1人ずつ手渡した。
「一番大きなメリットは、菓子を選ぶ作業から解放され、本来の相談業務に専念できることです。噂には聞いておりましたが、実際に拝見しても、特別な時間の付加価値となる物選びを信条とされているご様子。気の利いた菓子を探すのは、言葉以上に煩雑な作業です。候補のご提案だけでも、お力になれると思います」
お菓子と紅茶の用意はクロードとケンドリックにお願いしており、私も手伝うことがあるが、中々難しい。マンネリはもっての外だし、季節感を感じられないのは野暮ったい。奇をてらうのは趣旨に合わず、新しいものは味見が必要だ。
「大変魅力的な提案ですね。見返りは菓子の売上貢献と店の宣伝といったところでしょうか。持ち帰って条件を検討します」
「前向きなお返事ありがとうございます。簡潔にポイントをご説明しますので、資料の3ページ目をご覧ください。提供される菓子は、リズガレット系列が三分の一、残りは味・見た目・話題性の観点から厳選した菓子を国中から取り寄せます。エース商会傘下の商品を何割以上選ぶか決めて契約することも可能です」
すんごい流暢にプレゼンするね。
「他社の菓子代金は実費で、当社の菓子代金は無料です。そのかわり定番や人気商品以外にも、季節限定品や試作品なども提供したいと考えております」
「あなたのお店の商品代や計画、手配を含めた仕事料はフードコーディネート料金に含まれるのですね」
「いえ、学校の活動ですから、金銭の受け渡しはお使いという名目に限らなければ問題があるかと考えまして。そういった仕事代は発生しません」
自社製品は無料、他は手間賃なしでは、タダ働きだ。
「それではあなたの利益にならないでしょう。それを上回るほど宣伝効果を期待していらっしゃる?」
私もタダ働きだけど、目的は金銭ではなく情報収集である。菓子が安い代わりに、宣伝で手間を取られるのは本末転倒だ。ただより高いものはないと申しますから。
「今回の目的は宣伝や売上ではなく、市場調査と新事業のテスト運用です。4ページをご覧ください。ローゼリカ様にお願いしたいのは、用意した小さなアンケート用紙にチェックを入れてもらうことだけで、ブランドの宣伝は無用です。どこの菓子か聞かれたら、添えてあるカードを読めば良いのですが、ご興味のない方にまで、菓子を紹介する必要はありません」
「わかりました。それでもブランドに関わらず、全ての商品代金を小売価格で支払います」
8人分の菓子を月単位で定期購買すればそれなりの売り上げになるだろう。何より飲食系で材料費を保証してくれる固定客は小口でもありがたいはず。お使いの名目も侵害しない。
「かしこまりました。売上を取れれば資金を調達する手間が省けますので、本当は助かります。そのかわりにご提案を充実させるのはどうでしょうか?実はやってみたいことがたくさんあるんです。お菓子に合う紅茶の組み合わせや、季節ごとにテーブルウェアのご提案も企画しております」
「フードを含めたテーブルのトータルコーディネートですね。新事業というのは、新しい店舗ではなく、家庭へのケータリングやお茶会を想定していらっしゃるの?」
「まさにその通りです!」
リリィ・アンは我が意を得たりと快活に破顔した。周囲が明るくなったような、光のエフェクトが散る。
うお、流石ヒロイン。
「さすが、家事使用人の派遣業を思いつかれたローゼリカ様ですね。話が早いです」
せっかちなので話が早いことに定評がある私です。
「現状、お茶会の采配は女主人の技量一つにかかっています。中には手配が苦手な方もいらっしゃいますが、だからといってやらないという選択肢はありません。そういった方々に素敵なお茶会のご提案ができたら……」
お茶会は昼に行われる貴婦人の社交の一つだ。ご当地の名産品や新規事業のお披露目の場でもあり、大切な女主人の仕事である。お洒落で心地よい空間が演出できたら、主催者も招待客も全てが嬉しい仕事になる。
「すっごく需要があると思って……!」
人助けの理想を語るのではなく、売上を主張する辺り、堅実なリリィ・アンらしくはあるが、あまりヒロインぽくない。しかしみんなハッピーで儲かるの商売理念はケンドリックと同じもので好感が持てる。
「素敵な構想ですね。上手くいくと思います。チャンスがあれば私もお客様を紹介しましょう」
「ありがとうございます!あ、あの、それで……、この企画の他に、男子向けの企画もあるんです。ローゼリカ様は、雰囲気のあるお店やデートコースの相談を受けたことはありませんか?」
リリィ・アンは明朗闊達な様子から一転して、急にモジモジし始めた。
「私は仕事柄お店にも詳しいですし、食べ歩きもします。上流階級の方がどのようなデートをされるのか分かりませんが、もし分かれば役に立つ提案が出来ると思っていて、ああ、ええと……、つまり、デートプランのコーディネートも需要があるのではないかってことが言いたくて……」
私はがばっと身を乗り出した。
「その企画、私が顧客一号になります!」
デートに相応しい店や二人で出かける場所探しは、実は私の目下の懸案であったのだ。
先ほども少し触れたとおり、今年はお見合い相手の候補選びまでは私の方で請け負うが、それを実行に移すかどうかは本人に任せている。すると、どういう場所で顔合わせするべきか問い合わせが殺到した。私の依頼人たちは基本的に奥手で真面目な人物なので、エスコートに慣れていない男子が多いのは至極当然だったのだ。
昨年までは私が日時を調整していたので、問題なかったが、懇意にしていた3店ぐらいを全員に紹介したら、日程が被って顧客同士が蜂合わせ、気まずい雰囲気になるかもしれない。実際、同じ学校の人を見かけたという報告もあり、このままでは、店がお見合いのアカデミー生で溢れかえるなんてことも有り得る。早急に手持ちのおススメ店を増やす必要があった。
しかし沢山の候補店を下見して回るのは途方もない時間がかかり、さらにそれぞれの特徴を記録しておくのも大変だ。
思い詰めた私は、カップル向けのお出かけ情報誌がないものかと問い合わせみたりもした。
ケンドリックに任せておけば間違いないのだろうけど、ただでさえ忙しい彼の手札を横取りするのも気が引けて、さりとて他に名案もなく、悩んでいる所だった。
リリィ・アンは花が開くように頬を紅潮させ、瞳を輝かせた。
真っ赤な頬と希望に満ちた大きな瞳がキラキラ輝く時、彼女は単に美しいだけでなく、引き込まれるような魅力があった。
「是非お願いします!この企画はモニターの方がいないと進められなくて、まだ手探り状態なんです。良ければ打ち合わせと下見を兼ねて、街へお出かけしませんか?店の雰囲気や通りの状況、治安など、実際に見ないと分からない部分もありますから」
「わかりました。家の者に頼んでみます」
外出禁止中だったけど、どのみち下見が必要だったんだから、いいよね。
「警護の問題は、私の方でも最大限安全に考慮するつもりです。男性の意見もあると嬉しいので、それから安全面も向上しますから、出来れば、あの、もし出来ればなんですけど、リ、リュカオン第二王子殿下もお誘いできたらと……」
「いいですよ~!!」
私は食い気味に二つ返事で了承した。思わず、営業スマイルではない、内面から溢れ出る笑みが駄々洩れる。
いいですよ!今の話に全然リュカオンは関係なかったと思うけど、全然いいです。あなたがリュカオンとお出かけしたいのよね?私をダシに使ってくれていいの。
最初に相談内容を聞いた時はガッカリしちゃったんだけど、話は最後まで聞いてみるものだ。今回も私の役割はお助けポジってことがわかるのは大歓迎!
それぞれの思惑を秘めて、私たちは固い握手を交わした。




