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作画コストをケチるなかれ

 ひとしきり菓子を食べ終えた後半には、庭の迷路を使った宝探しゲームと、活発でないお嬢様方の為の人形劇を用意している。

 お土産はぬいぐるみとその首にかけられた真珠のブレスレットであり、宝探しをした子だけがぬいぐるみの色が選べるようになっている。真珠は等級が低くとも本物であり、規格外をザクセンの南で買い集めて、傘下の工房で見習い職人たちに加工させたものだ。交易が得意なバーレイウォールだから実現した一品である。高級品ではないが子供会の土産物で300用意するとなるとこれで精一杯だ。何とかおませなお嬢様方にも喜んでもらえると良いのだが。

 遅刻していた出席者も全員揃い、挨拶を済ませた後、私はいよいよ『第一の女』探しに乗り出した。


 挨拶の際、隣に控えているシャロンには、名簿に髪と目の色を記録してもらった。名簿という客観的な証拠があればうっかり見落とすこともない。

 名簿によると赤毛の少女は8名。

 さあ、どこだ~。どこにいる~。赤毛の子はいねが~。


「ごきげんよう。わたくしもご一緒させてくださらない」

「ローゼリカ様。ええ、喜んで」

 一人目はピクニックマットに座って、ままごとをしながらお茶を飲んでいるうちの一人。私は素早く胸の名札に目を遣る。モニカ・カンタベリー。

 直前に名簿をチェックして赤毛の項目だけは覚えた。伯爵家の七歳だ。

「モニカ様。わたくしは何の役をしたらいいかしら」

「お姉様の役はいかがですか。学校がお休みになって帰っていらしたお姉様。ね、皆様、ローゼリカ様ならお姉様役にピッタリよね」

 しばらく遊んでお茶を飲み、王宮に行ったことがあるか確認をしてから、学校に行くという建前で中座した。

 とても可愛らしい上に、リュカオンの見合い相手でもなかったが、探している人物とはちょっとイメージが違う。気遣いが上手で、会話が成立しないタイプとは言えない。

 王宮に行ったことがあれば、それを伝えられる聡明さを持っている。

 年下でもこのような素晴らしいご令嬢がいるのだから、やはりリュカオンは50人ごときで見合いを諦めるべきではないのだ。

 

 二人目は人形劇を見ていた少女、ナタリー・ボールドウィン。子爵家の8歳。

「ごきげんよう、ナタリー様。次の演目が始まるまでご一緒にお菓子をいただきませんこと」

「は、はい。あの…。私、あの…あ、うぅ~」

「いいのよ。楽しんでくださっていたら、わたくしは嬉しいです」

「…はい、あの…」

 別に彼女が特別口下手という事ではない。人付き合いなど全くしない事も、人見知りも深窓の令嬢にとってはごくごく普通の事だ。自分の環境を考えても良く判る。

 とはいえ、探している娘の性格と一致しないことは確かだ。巻き毛の愛らしい少女だが、私相手にここまで緊張していては、リュカオンを前にして矢継ぎ早に言葉を発することは出来まい。

 私は彼女が傷つかないようにしばらく隣に座り、言葉少なく話しかけた。王宮に行ったことがあるかという問いかけには気の毒なくらい首を横に振っていた。いつまでもという訳にもいかないので、次の劇が始まる時に席を立つことにした。

「お話出来て良かったわ。どうぞ、最後まで楽しんでくださいませね」

 きゅっと手を握って、なるべく優しく微笑みかけると、ナタリーは目を合わせないまでも、こっくりと頷いてくれた。


 その後、一人は見合い相手と被っており、残りも王宮への参上経験はなし。

 どの子も可愛かったけど、リュカオンから話に聞いていた人物像とは合致しなかったし、何よりキャラが立っていない。

 うー。これは『第一の女』はモブということでいいのか?いや、それを判断するために探しているのだから、見つからないこととは別問題だ。

 年が違う?単純に今日欠席の5%の中にいる?

 それとも何か見落としているのだろうか。

 …ちょっと待てよ。

 『どの子も可愛い』ですって?


 というか…。

 私は抱えていた頭をはっと上げて周りを見た。そこにいるのは私が集めた美少女の群れである。

 赤毛に限らず、あの子もその子も可愛いわ。全員!例外なく可愛いわ!!

 皆が皆、ペールピンクにフリルのドレスが似合うとは言わないけれど、スタイリッシュなモデルタイプだって立派な美人である。

 これはもしかしてアレかしら?

 『主人公の容姿は10人並みという設定なのに、めちゃめちゃ可愛いやんけ』問題?

 それに付随して起こる『美人より不美人の方が、作画コストが高いという事情による、全員無難な美形現象』かしら!?

 自分の事、シャロンには負けるけど、まあまあ美少女だとか思っていたのに、まさかこの世界ではこれが標準!?

 何てことなの…!

 標準な私はモブかもしれないわよ。物語には公爵令嬢のモブだっているんだから、侯爵令嬢のモブなんか当然いる。もしそうなら大々的にお茶会なんか開かずに大人しくしていた方が戦略的に得よ!?

 ちょっと!私の作画気合入ってる?自分じゃ判らないわ、誰か確認して!!


 その時、グルグル考え込んでいる私の視界の端をキラキラするものがかすめた。

 それは、小さな思惑など吹き飛ばすような本物の美。

 遠くからでも一目で判る別格に光り輝く存在が、燃えるような赤毛をなびかせて庭を横切る姿だった。

 否応なく衆目を集め、すれ違った者が振り返らずにいられないほどの美貌。

 受付の時、そんな美少女を見逃すはずがないとか、細かい理屈を捏ねる暇もなく、私は見つけたという思いで一杯になって、弾かれたように彼女を追いかけた。

「ごきげんよう!良かったらご一緒にお茶を飲みませんか…」

 赤毛の少女は振り返ってにっこり笑った。近くで見ると、電撃が走って痺れるほど美しい。作り物のような完璧に均整の取れた顔に、輝く青い双眸。春の日差しを彷彿とさせる穏やかで高貴な微笑と、

「引っかかったな、ローズ」

 案外ドスの利いた低い声。


 リュカオン、お前か!!!


 私は唇を一文字に引き結んで大声を飲み込んだ。

 こんなんばっかりだ。私はリュカオンに全力ツッコミさせられてばっかりだ。

 なんの事はない。

 圧倒的描き込みの神作画を誇る美少女は、赤毛のウィッグを被った既出のメインキャラクター、リュカオンその人であった。

「な、なん…何故こんなところに…」

「茶か?是非頂こう」

「いやあの…、今日は女の子ばかりのお茶会ですので…」

 王子とはいえ、乱入するのは暴挙というものだ。リュカオンがいたらお茶会の主旨が変わってしまう。

 しかも何なんだ、その女装。長髪もドレスも凄く似合う。

 小声でボソボソ話す私に対して、リュカオンは声を張り上げた。

「なんだ?赤毛について立ち話か?私はいっこうに構わないが」

温室コンサバトリーにご案内しますわ、是非」

 私はあわてて手のひらを返して営業スマイルを顔に張り付ける。

 ただでさえ注目を浴びているリュカオンがこんな所で話をしたら全てが筒抜けだ。

「そんなに言うなら仕方がないな」

 意気揚々と頷くリュカオンに、私は売られていく子牛のごとくとぼとぼと付き従った。


 燦燦と光が差し込んで、暑いはずの温室が何故か肌寒い。花と緑が反射した光に照らされて、キラキラ眩しい空間に居ても、私の心はどんよりとした曇り空のようだ。

「赤毛のウィッグをかぶっていたら、声をかけてくるのではないかと思ったが、案の定だ」

 言葉がとげとげしい。

 私は冷や汗をかきながら、怒っているらしいリュカオンに自ら入れた茶を差し出した。

「それで?赤毛の少女を探してどうするつもりだ。こんな大掛かりな事までして、その情熱はどこから来る」

「お友達を作ろうと思ってお茶会を開いただけですから、そんな他意はありませんけど」

 そういう名目である。

 何故こんなに怒っているのだろう。それに理由が言えないだけで、別に赤毛の少女を探すのは悪い事でも何でもないわよ。

 そうよ!ビビる必要なんかないのよ!!


 私が強気に顔を上げるのと同時に、リュカオンがスッと腕を差し出すと、その手にシャロンがびっしりチェックされた今日の名簿をそっと乗せた。

「だ、ダメ~!見せないで!」

 シャロン、いつの間にそちら側に!そして何故リュカオンの味方をする!!

「モニカ・カンタベリー。ナタリー・ボールドウィン。ジェシカ・スタンリー?君が今日、赤毛にばかり声をかけに行っているのを、一部始終見ていたがまだ言い逃れするつもりか」

 こちとら、インドア派のわりに、脳みそまで筋肉でできたゴリ押し脳筋女なのよ。大人の人生経験で多少の言い逃れは出来ても、元々嘘をつくのは得意ではない。

「確かに、探していました…」

 敗北宣言である。

「その少女とは気が合わなかったと言っただろう。今日の招待客の中にはいなかったし、もし探し出してきても、見合いなんかしないからな」

 それ以前の問題と言いますか、出会う時は出会うでしょうから、正直見合いなんかはもう考えていませんけれども。しかも結局見つけられてない。

「そんなつもりじゃありません」

「ならどうして探していたんだ。きちんと理由を言いなさい」


 だって言えないよ~。あなたの『第一の女』が、ヒロインかモブか確かめるために探してましたなんて。今後の展開的に大切な事なんです、なんて。

 しかし今更理由を言わずに済ませられる雰囲気でもない。何かちょうどいい理由はないか。頭がおかしいと思われず、尚且つ300人規模のお茶会をやらかして探すほど、赤毛の少女に固執した理由―……。


 そんなもんあってたまるか!

「それは…あの…」

「それは?」

 リュカオンは追撃の手を緩めない。仕方がないからなるべく詳細を取っ払って素直に言うことにした。詳しく説明できない分、本気度でカバーするのだ。

「どうしても気になって」

「うん?それだけか」

「はい。リュカオン様が最初に出会った女の子がどんな子か、どうしても知りたかったんです」

「ふうん」

 途端に怒気がふっと和らいだ。リュカオンは恥ずかしそうに頬を緩めている。

「君の方が可愛いから心配しなくていい」

 今そういう話はしてなかったと思いますけど。

 リュカオンと少し後ろに控えたシャロンが、二人そろって頷きながらこちらを見ている。

 その顔面偏差値の暴力を前にして褒められてもなあ。実感わかないなあ……。

 やっぱり私、モブかもしれない……。


前半終了

次回からは12歳です

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