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Silly Seeker  作者: 白銀
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シーン04 「ハズレ」

 気が付いた時、私はバルアの街まで運ばれていた。

 ギルドの直ぐ傍にある診療所のベッドの上で、私は目を覚ました。

 ベッドから身を起こし、自分の記憶を確かめるように思い返してみる。

 助かった、と思ったところまでは憶えていた。

 シュルがいなくなり、クライスが気絶し、私は負傷し、その場に現れた二人のシーカーに助けて貰った。

 それから現状を把握しようと周りを見回した。

 私の肩と腹には包帯が巻かれている。が、もうほとんど痛みはなく、傷自体も塞がっているようだった。こちらは診療所付の聖療士が治療してくれたのだろう。

 身に着けていたものは荷物はベッド脇にまとめて置かれていた。ポーチの中を確認し、所持金も確かめる。助けてくれた者たちや診療所の人を疑うわけではないが、泥棒が入ることもある。念のため調べてみたが、盗られているものはなさそうだ。とはいえ、衣服のうちいくつかは買い替えが必要そうだった。ジャケットとその下に着ていたタンクトップは裂けている。他の下着や衣類は洗濯された後のようだ。

 次に周りのベッドを見てみるが、クライスの姿はなかった。シュルもいない。当然、あの二人のシーカーも見当たらない。

 とりあえず寝ていても仕方がない。まずは自分の服に着替えることにした。

 ジャケットとタンクトップはお払い箱にするとして、診療所のシャツをそのまま着ていることにした。

「あ、目が覚めたようですね」

 診療所のスタッフらしい白衣の女性が様子を見に来て、私に気付いた。

「ええ、ちょっとまだ状況が把握し切れてませんが」

 苦笑して答える。

「二人のシーカーに助けられたってところまでは憶えてるんですけど」

「そのお二人がここまで運んで下さったんですよ」

 私の言葉にスタッフが説明をしてくれた。

 彼らは応急処置を施した私をここまで連れてきてくれたらしい。そこから先はこの診療所で治療処置を施され、半日ほど眠っていたと教えられた。

「情けない……ああなる前に何とかできたはずなのに」

 溜め息と共に呟いた。

 実力不足を人数でカバーできていると思い込んでいた。クライスともシュルとも、意思の疎通ができていなかった。原因はそれ以外にもあるだろうが、私が注意していれば避けられたこともあったはずだ。

 スタッフの女性は肩を落とす私を宥めようと気を使ってくれた。

 とりあえず、ギルドへ報告に行かなければならない。

 スタッフにお礼を言い、治療代を支払って診療所を後にするとその足でギルドへ向かった。

 中に入り、カウンターで報告と手続き、採取してきた魔物の一部の売却を済ませる。

 洞窟の様子や魔物と交戦した回数、倒した数などを憶えている限りで簡単に報告書に記し、提出する。今回のような、具体的な達成目標のないものや、一回の探索で達成できるとは限らない依頼の場合は報告報酬が出ない。持ち帰ってきた魔物の一部や、行き先で手に入れた素材を売却することで収入となる。中にはギルド内の売却カウンターで取引するよりも、大通りにいる商人たちと取引した方がいいものもある。

 結果的に、今回の収益の半分以上が治療費で飛ぶ形になった。戦闘で消費した矢や、火薬の類、損傷した防具を買い換えるとなると赤字になる計算だった。渋い表情でギルドの建物を出る。負傷して帰ってきたのだから仕方のないことではあるが、余計に気が滅入る。

 苦い表情でギルドを出ると、掲示板の前にクライスが立っていた。

「お、リエナ」

 ギルドから出てきた私を見て、クライスが歩み寄ってくる。

「クライス……」

「ちょっと時間あるか?」

 パーティを組んで仕事をした後、パーティメンバーで食事をすることは珍しくない。むしろ、打ち上げ会であったり、報酬の分配であったり、手に入れた珍品の買取相談、反省会など、様々な目的で解散前に食事やお茶をする場合がほとんどだ。

 今回は私が負傷し、シュルがいなくなったことで、タイミングがずれてしまった。

 ひとまず、邪魔にならないようギルド前の喫茶店に入ることにした。

 私は適当に紅茶を頼んだ。クライスはコーヒーを頼んでいた。

「あんまり金にならなかったな」

 出されたカップに口を付けながら、クライスが呟いた。

「そうね」

 私はむしろ赤字だ。

 あの魔物の素材はそこまで高値では売れなかった。クライスがさっさと先へ進んでしまったこともあって、あまり数も採取できなかった。

「しかし、良いところに来てくれた奴がいたもんだ。助かったぜ」

「クライスはどうなったの?」

 一応、クライスも助けられたというのは知っているようだった。

 私が気絶して助け出された時、クライスは意識を取り戻していたのだろうか。

「ああ、あの後起こされたな。剣士の方がお前を担いで、魔法使いの方の転送魔法で帰ってきたんだよ」

 気を失っていただけのクライスは叩き起こされたようだ。

 そういえば、黒髪の方は魔力障壁と応急処置程度ながら治癒魔法を使っていた。てっきり聖療士かと思ったが、魔力障壁も肉体保護のため体の表面に付与する加護魔法系のものとは違い、広範囲に展開していた。

 もしかしたら、あらゆる魔法に精通した魔操士と呼ばれるシーカーかもしれない。

「で、街の入り口に転送されてそこで別れた」

「そう……」

 クライスはその二人についてあまり知らない様子だった。

 本当に叩き起こされて転送魔法で帰ってきただけのようだ。怪我を負った私は銀髪の魔剣士によって診療所に運ばれたのだろう。クライスはそこまでついてこなかったらしかった。

「にしても、シュルの奴はハズレだったな」

 コーヒーを飲み干したクライスが、拗ねたように呟いた。

 私は何も言い返せなかった。

「支援も加護も全部回ってこないし、なんか遅いし、最後は逃げやがったし」

 カップを置いて、クライスが頬杖をつく。

「……魔法が回らなかったのはクライスがどんどん先に行ったからじゃない」

 溜め息混じりにそう言った。

「まぁ、全部なくてもお前の火力で何とかなったしなぁ」

 頬杖をついたまま、クライスはしれっと言ってのけた。

 だったらいいじゃないか、と言いたくなったが、堪えた。

 バルアにいるシーカーは多い。下手に口論になってしまっても後が面倒だ。シーカーには戦う力がある。激しい喧嘩に発展した時のことなど想像したくない。

 それに一期一会なんてことも良くある。後味悪く別れる必要もないだろう。

 危うく死ぬところではあったが、シーカーをやっている以上、何度かはそういう目に遭うものだ。それを一方的に他人のせいにはできない。自分の実力不足というのも少なからずあった。状況判断や経験がまだ足りないのは自覚している。

「でも曲がりなりにも聖療士だぜ? そこはプロとして加護回せなきゃ困るだろ」

 呆れたような、どこか馬鹿にするかのような、クライスの口調にはそんな雰囲気があった。

「だから、プロじゃなかったんでしょ」

 そこで紅茶を一口飲み。

「あまり慣れてはいないようだったから、ああいう構成は経験が無かったのかもしれないし……」

 そう続けた。

 実際、シュルにはどこか不慣れなところがあった。ランクも五と中級レベルのシーカーではあったが、もしかしたら普段は違う構成のパーティを組むことが多かったのかもしれない。聖療士なら、どこかのチームお抱え、なんていうのも珍しくはない。

 少なくとも、今回のクライスのやり方にはついていけてなかった。

 それに、逃げたシュルの気持ちも分かる。彼女のことを悪く言う気分にもなれなかった。

 落ち着いて慎重に進んでいたなら、結果はまた違ったものになっていただろう。少なくとも、負傷することなく帰還できたと思う。

「ま、何にせよあいつはハズレだった」

 クライスとしては、窮地に陥る直前に逃げたことが気に食わないようだった。

 私は小さく溜め息をついた。

 彼女についてとやかく言う気はもうなかった。クライスにも何を言っても無駄な気がして、言い返すことも同調することもしなかった。

「でもまぁ、お前は気に入ったよ。中々良かった」

 飲み干したカップを置いて、クライスはそう言って笑みを見せた。

「そ、なら良かった」

 私はさして気にすることもなく、紅茶の最後の一口を煽った。

 褒められたり認められたりするのは悪い気分ではない。ただ、今回は自分で思い返してみて反省点が多く、素直に喜べなかった。原因の多くがクライスにあったとしても、それを止められなかった自分も悪い。

「そういやお前、普段は何してるんだ?」

「普段?」

「暇な時とかさ。趣味とか」

 やや唐突ではあったが、話題が変わったことに少しだけ気が楽になった。

「趣味、ねぇ……読書とか、チェスとか?」

 静かに本を読むのは好きだ。チェスのような頭を使うゲームも趣味と言える。

「へー、じゃあ、あの本読んだ?」

 そこからは世間話になった。

 紅茶とコーヒーをそれぞれおかわりし、私は軽食を頼んでそのまま昼食、あるいは早い夕食にすることにした。

 クライスの趣味はスポーツのようだった。リバーシというゲームも嗜んでいるようだ。

 話をしてみると、そこまで悪い奴だとは思えなかった。洞窟では強引なところや人の話を聞かないところはあったが、普通に話をしている分には何のことはない、シーカーの若者だ。

 やや馴れ馴れしいところはあったが、シーカーにも色々な人がいる。荒々しく粗暴な者だって中にはいるし、そういう類の輩よりはマシだ。

「これ、渡しとくよ」

 去り際、クライスは一枚のカードを差し出してきた。

 手のひらサイズの小さなカード、ギルドカードのコピーだった。ギルドでシーカー登録をした際に渡される身分証のようなもののコピーだ。

 これにはギルドによる特殊な魔術が組み込まれており、カードを通じて位置情報や言葉を飛ばすことができる。主に非常時の連絡用であったり、行方不明となったシーカーを捜索する際に利用されている。

 このカードはギルドで複製することができ、一般的には親しい者や気の合う仲間などに渡される。カードから転送される音声は、コピー元とコピー先のカード同士のみで、他者のカードには声を飛ばすことができない。また、位置情報はコピー元のカードからコピー先のカードのある方角が分かる程度のものでしかない。本格的に捜索する場合はギルドに申請して大掛かりな捜索魔法の使用が必要になる。ギルドによる捜索はカードがコピー元かコピー先かは関係がなく、どちらにも有効だ。

「……じゃあ、私のも渡しておくわ」

 カードを受け取り、私も自分のギルドカードのコピーを一枚クライスに手渡した。

「おう、じゃあ、またな」

 そう言ってクライスはさっさと歩いて行ってしまった。

 クライスのカードに目を落とす。

 ランク五、クライス・クラウフェン、シーカースタイルは二刀剣士。小さなカードにはそれだけの情報が書かれている。

 この情報はカードのコピー元が書き換えられると、コピー先にもその内容が繁栄されるようになっている。主に変化するのはランクの数値ぐらいだが、時折スタイルを変える者や、結婚するなどで名前が変わる者もいるようだ。

 かなり複雑な魔法が使われているため、自分で書き換えるのはほぼ不可能だ。ギルドでも禁止行為の一つになっている。書き換えの際はギルドで手続きが必要になる。

 これを渡されたということは、シーカーとして戦友と認められたということだ。

 とはいえ、渡されたからといって必ずしも親しくなるわけではない。私も何枚か他のシーカーから渡されたカードを持っているが、ほとんど連絡はない。

 渡されたからといってそこまで気にするほどのことではないのが実情だ。

「……はぁ」

 小さく息を吐いて、私は歩き出した。

 とりあえず、破れてしまった防具を買い直さなければ。

 何とも言えない虚脱感のようなものに襲われながら、私は露店の立ち並ぶ大通りへと足を向けた。

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