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Silly Seeker  作者: 白銀
13/15

シーン12 「反省会」

 クライスが去った後、私はガルフと共にその場に残っていた。クライスを追う気にはならなかった。追っても無駄だ、とガルフが教えてくれたのもある。けれど、自分でも何となくそんな気がしていた。

「こうまで手応えがないと自信なくすな……」

 大きく深く息を吐き出して、ガルフが言った。

「これでも指導力はあるつもりだったんだけどな……」

 苦笑いを浮かべるガルフの一言で、何を言いたいかが分かった。

 クライスを真人間とまではいかずとも、あの身勝手で周りをかえりみない性格を少しでも矯正したかったのだろう。自分のチームに入れたのもそのためだ。

「あれは、しょうがないと思います」

 私も呆れ半分、諦め半分で答えた。

 ガルフの指導力は十分だ。むしろこれまで良くやったと言える。

「あいつ、俺のこと師匠だ何だって言って回ってるけどさ、俺はあいつとスタイル違うんだぞ? 考えてみればおかしいだろ」

 ガルフはうんざりしたように言った。

 確かに、クライスはガルフを師匠と呼んでいた。私もガルフのことを師匠と呼んでいるが、同じ弓を使う者同士なのだから何らおかしなことはない。

 だが、クライスは二刀騎士だ。そもそもスタイルが違う。

 なのにクライスはガルフから戦い方を学んだと口にする。色々教えてもらった、と。

 考えてみれば不自然なことだ。同じ武器を扱うスタイルのシーカーに師事を受けることはあっても、違う武器を扱うシーカーに師事を受けるというのはまともに考えてまずありえない。

 知識として、自分とは違う武器を扱うスタイルのことを知ってはいても、実際にその武器の専門家というわけではないのだ。

 弓を扱う私やガルフ、マイルのような弓滅士は矢を切らした時の緊急時や、補助武器として短剣を使うことはある。だから、短剣の扱いに関しては多少なりとも齧っている。だが、剣士や騎士のように近接武器に特化して精通しているわけではない。同じ短剣の扱い方でも、弓を使う者と剣と使う者とでは扱い方に差があるのは当然だ。

 知識として詳しく知っている者はいても、実際に扱う技量まであるかどうかは疑問が残る。それはガルフとて同じだ。

 知人に剣士や騎士がいて話に聞いたり、彼らと共に仕事をする中で知った知識や技術はあるだろう。もちろん、ここでいう技術は自分が実際に扱えるかどうかとは異なるものだ。本職の者たちがこうするといい、ああするといい、と言っていたものを知識として知っているというだけの話に過ぎない。

 ガルフほど経験のある者なら、多くのシーカーと戦場を共にし、様々な知識を持っている。それらを基に、適切な武器の運用方法というものを自分の中に見出している。

 そういったものは、技術というよりは判断力や適応力、視野の広さと言ったものに近い。

 戦力として見た時に、こう動いて欲しい、ああ動いてもらえると楽だ、そう動くと助かるといったような立ち回り方がそれにあたる。あるいは、どういう行動を取ってくれるとどんな動きで対応できるのか、どういう作戦が立てられるのか。

 恐らくガルフが教えられることの多くはそういう部分だ。

「そういえば、そうですよね……」

 一般的に知られている技法なら、知識として使い方や効果を知っていてもおかしくはない。ギルドの担当官や、同じスタイルの者から教わってこいとも言える。その程度のものなら、それを活かした、それを活かす、それが活きる立ち回りというのも考案できるし教えられる。

 使い手にしか分からない微妙なさじ加減や、特殊な技法だったり、個人が編み出した技などはガルフに分からないものも多いはずだ。

 クライスには本来ならそれらこそ必要なものだろう。

「本職でもない俺に教わってすげーすげー言ってるって、自分の馬鹿さ加減を周りに大声で叫んでるようなもんなんだけどな」

 ガルフの言う通りだ。

 要は、クライスは熟練者なら他のスタイルの者でも知っているような基本的なことすら何も知らなかったと言うことだ。

 初めて会った時のクライスは、パーティ行動時の役割分担であったり、初歩的な作戦すら何も考えていなかった。

 各スタイルには得意とする間合いがあり、ギルド前で臨時的にパーティを組んだ場合でも、各々がその間合いを意識することで知り合い同士でなくとも簡単な連携が取れる。シーカーのほとんどは、大雑把にでも各スタイルの特性を知っていて、組んだ仲間が戦い易い立ち位置となるよう隊列を組んで行動する場合がほとんどだ。

 当初のクライスにはそれが無かった。

 基本的に前衛に分類されるスタイルは、前方からの敵を後方に流さないように引き付ける役目を担うことが多い。これはパーティとしての攻撃力は後衛が担う場合が多いためだ。後衛に分類されるスタイルは近接戦闘能力や防御力が低い場合が多く、一般的に敵との接近は好ましくない。この程度の知識はあったように思う。ただ、自分が引き受けられる敵の数であったり、後衛が一度に処理できる敵の数や種類、味方が危険に晒されるような状況を避けようとする意識など欠けているものが多くあった。

 むしろ、何も考えてないように見えた。

 そして、ガルフと会ってからのクライスには隊列意識が出来ていた。自分の能力に見合う立ち回りができるようになっていた。

「きっとそういうこと、分からないんでしょうね……」

 溜め息をつく。

 隊列意識や自分の能力に見合う立ち回りができるようになったとはいえ、それは他のスタイルのシーカーに教えられたものであることに違いはない。同じ前衛の者に教わったものでもなければ、ましてや自分の経験から学んだものでもない。

 高ランクのガルフの教えとはいえ、それはガルフから見た有効な立ち回りでしかないのだ。それが前衛をする者にとって百パーセント正しいとは限らない。実際、ガルフと並ぶぐらい実力のある前衛にはガルフも知らない知識や技術もあるだろうし、ガルフには分からないコツのようなものもあるだろう。

「分かるような奴なら、ああはなってないだろうしな」

 ガルフは溜め息交じりに肩を竦める。

 確かに、と私も苦笑を返した。

 そういうことに自分で気付けるようなら、もっと周りが見えているはずだ。そうであれば周囲の声に耳を傾けることもできるだろう。

 今のような状況になることもなかったはずだ。

「そりゃ彼女にだってふられるわ」

 大きく息を吐いて、ガルフは呆れるように呟いた。

「何度か相談受けたんだよ。別れて、よりを戻したいとかってさ」

「何て答えたんです?」

 興味本位で尋ねていた。

「謝ってこい、ぐらいしか言えないだろ。大体あいつが原因なんだから」

「それでもきっと、謝ってないんでしょうね」

「あいつなりに謝ってるつもりのことは言ったかもしれないがな」

「でしょうね」

 ガルフの返しに苦笑して、私はセイアと話したことを思い返した。

「彼女も変わって欲しかったんだろうな」

 ガルフはそう言って遠くの景色に視線を投げた。

 悪い奴ではない、と思えてしまうのがクライスのタチの悪いところかもしれない。気の合うことで話をしている分には、至って普通の青年だ。口の悪さや馴れ馴れしいところも、気の合う話で盛り上がっている分にはそこまで気にならない。

 問題は、それ以外の部分だ。

 セイアもさじを投げた。もしかしたら復縁することもあるのかもしれない。今までだって、もう無理と思って別れていたかもしれない。けれど、話をした限りでは、セイアもクライスが変わることに期待を持てていない。微かな望みはあるのかもしれない。

「不満なんて挙げればきりがない」

 ガルフによれば、これまでにも同じじようなことを何度も説教してきたらしい。

 その度にクライスは逃げ出してきたようだ。最初はガルフの勢いに押されて渋々聞いているが、とても怒られている者の態度ではなく、自分の非を認めない。挙句の果てには聞く耳を持たずに逃げる。

 同じような結果になることはガルフにも予想できていたようだが、自分のギルドに引き入れて矯正することにした責任感もあって説教は何度もしていたらしい。

 ガルフが教えた知識をさも自分の知識かのように他者に話し、それに従う行動を要請するものの、色々言っておきながらクライス自身は仲間の動きには合わせようとしない。むしろ色々言うことで仲間が自分の動きに合う行動になると思っている。

「何度も言ってんだよ。俺の腕や知識を自分の実力みたいに話すな、って。あいつが実際にできるわけじゃねぇし」

 態度の大きさもそうだ。ガルフも態度は大きい方だ。だが、ガルフはチームの設立者でもあり、リーダーでもあり、実力もあれば人望もある。そう振舞っても当然と思えるだけの実績が確かにある。加えて、嫌味ったらしい態度のでかさではない。

 対するクライスには実績もなければ実力も人望もない。そのクセ態度だけはでかく、言っていることは自分勝手なことばかり。たとえ悪気がなくとも、相手に悪意があると取られかねない言動を平気でする。

「戦闘技術なんかより人として大事なことがまるでできてない。そもそもスタイルが違えば特性に差があるのは当然なのに他のスタイルを羨ましがったりする。自分でできもしねぇのに」

 辟易したようにガルフが愚痴る。

 クライスは他人にできることは自分にもできると思っている。もちろん、そういう部分はあるかもしれない。だが、シーカーとしてスタイルが違えば出来ることと出来ないことというのははっきり存在する。同じスタイルでも技量に差があればその時点では真似できないこともあるだろう。

「普通に話していても、話題の振り方が唐突過ぎて何のことだか言われなきゃ分からないことが多いんだよ」

「あ、それ私もありました」

 ガルフの話に、私は同意した。

 他人と趣味の話をすることはあるが、前置きとして何の話かというのは大体言うものだ。そうでなければ何の話だか分からなくなってしまう。

 ただ、クライスはいきなり話をし出して、一体何の話なのか分からないことが多々ある。

「考えるってことができねぇんだよな、根本的に……」

 ガルフが溜め息をつく。

 注意や説教を受けてもクライスが反省しているのかどうか分からない。ただ、反省したと思われるような態度は今までに一度も見たことがない。注意や説教された部分が改善されていればその行動で反省したと思えるが、それさえない。

 改善しようとしている姿勢も見えなければ、反省した様子もない。

 自分の思い通りにいかないことには目を背け続けている。

 これではもう手の施しようが無い。

「諦めた方が懸命かもしれない、っていうのは何だかすっきりしないですね」

 ただ、クライスを見ている限り、彼を矯正しようとするだけ無駄なのかもしれないとさえ思ってしまう。

 事実として、一番矯正したい部分は何も変わっていない。

「確かにな……」

 ガルフが一番それを実感しているだろう。渋い表情だ。

「戦い方が多少マシになっただけでも良い方か……」

 一点だけ、戦い方に関してだけは変わったと言える。とはいえ、ガルフに言わせればマシになった程度、だ。ガルフの評価は厳しいにしても、劇的に向上が見られたというところまでは及ばない。今までが酷過ぎたから相対的にかなり良くなったように見えるだけだ。

「そこだけ、っていうのが悲しいですね」

 私は呟いて、クライスが去った方へ視線を投げた。

 少し強い風が吹いて、草木が揺れる。

 天気も気候も程良いのに、すっきりしない気分だけが残った。

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