ある休日 後編
出版社から帰ろうとする「僕」は同じく小説家を志す少女に小説を見て欲しいと頼まれる。なぜか少女が他人のような気がしなかった「僕」少女についていくのだが。
僕は、どうやら彼女に勘違いをされている。僕は確かに小説を書くがまだ全然未熟で才能もない、彼女は僕のことを出版社に通う作家か編集と間違えたのだろう。僕は彼女にシンパシーを感じたのだろうか、素人なりにアドバイスをしてあげたいと思った。
「……それでは先生お願いします」
近所のファミレスに入りドリンクバーをたのむと彼女は原稿用紙を渡してきた。先生と呼ばれるのは少し気恥ずかしい感じだ。人の事言えた義理ではないのだが今どき手書きの原稿用紙というのも珍しい、字が綺麗だなと思う。……しかし、これは。
「先生、どうでしょうか」
「これは君が一人で書いたの?」
「そうです、だめでしたか?」
「いや、逆だよ。驚くほど良い!君は天才だと思う」
ストーリーはファンタジーだがそれはおまけで恋愛にスポットを当てている。立場上結ばれるはずのない二人の逃避行を描いているが登場人物の心情描写がとても丁寧だ。
「でも、少し物足りなく感じてしまうんだ。心情描写の丁寧さに反して情景描写が薄い。彼らが旅をしているのにそれが伝わりづらい。……まぁ素人同然の感想なんだけどね」
自分が編集者になったみたいで、少しおかしく感じて笑ってしまった。目の前の少女は熱心に聴きメモを取っている。正直少し才能に嫉妬していたのだが彼女の直向きさにすぐにそう思った自分を恥じた。
「よかったら、先生の原稿も見せてもらえないでしょうか。参考までにお願いします」
少し困った、今僕の手元には「先生」の原稿しかない。まぁ僕の原稿よりきっと参考になるだろうし、読者の感想も貴重だ。先生も許してくださるだろう。
「それじゃあこれを、よかったら感想も聞かせてもらえるかな」
彼女はとても大事そうに受け取ると一字として読み逃さないように読みだした。彼女が表情豊かに原稿を読む様を少し見ながら僕はコーヒーを取りに行った。
僕が四杯目のコーヒーを飲み終わったのとほとんど同時に彼女は読み終わった。もう少しで、今夜眠れなくなるところだったので良いタイミングだ。
「私、とても感動しました。自分の未熟さがわかりました。私先生についていきます」
彼女が「先生」の作品に対して感動したのを見て僕は少し申し訳なく思った。それからお互いが「先生」の作品について感想を述べあった、形としてはファン同士の会話である。しかし自分と違う視点の感想は為になる、特に自分と感性の違う人の意見はハッとさせられるものがある。彼女もそれを感じたのか気がつけばもう夕方になっていた。
「……ところで、時間は大丈夫なの。いくら休日とは言えあまり帰りが遅くなるのは良くない」
「あらもうこんな時間だったのですね、長々とお話ししてしまい申し訳ございませんでした」
「いや、僕もとても参考になった感謝してるよ。君ならすぐにでもデビューできるさ」
「よかったら、また相談に乗ってください。これ私の連絡先です」
彼女は机の上に折った紙を置いてあっという間に帰ってしまった。最初も最後も動きだしたらとても速かった。彼女の置いていった紙を鞄に入れ二人分の支払いを済ませて外に出た。
……買い物に行くことを忘れていた。帰りにスーパーでお惣菜でも買おう。僕は先生の好きそうなお惣菜を想像しながら帰途についた。
お久しぶりです、以前の投稿から4ヶ月以上経っています。次の話は今回のエピソードのエピローグのようなものですぐに投稿できるよう頑張ります。