課題2
「――というわけ。オーケー?」
「……なるほどね」
ゆっくりと時間をかけて説明した甲斐あってか、ようやく天音は納得したようだった。
あくまでしたようであって本当に理解してくれてるかは定かではない。
この子本当に理解してるのかなぁ……心配だなぁ……。
「そういうことだから、調査は明日からにしよう。今日はもう残ってる生徒少ないだろうし」
天音さんがもう少し理解力のある子だったら説明する時間少なくて済んだんだけどね。
もう大分時間も経ってしまったし、残っている生徒っていっても部活をしている生徒ぐらいだろう。
「そういうことなら明日の休み時間とかに調べたほうがいいわね……。わかったわ、じゃあ今日は解散しましょ」
「了解、じゃあ帰るとするか」
「うん」
いろいろあって今日はもう疲れたし、さっさと家に帰って休みたい。
天音に別れを告げ、家路に就く。
横には今日出会った天使。いや、もはや天使と言っていいのか、ほとんど邪魔しかしてないような気がするから、駄天使(駄目な天使)と呼んだほうがいい気がしないでもない天音が一緒に歩いていた。
別に仲良く一緒に帰ってるわけではない。天音は俺と逆の方をずっと向いてるし。
…………あれ? てか、なんで天音が一緒にいるわけ?
「なあ……?」
「なによ?」
呼びかけに反応した天音が振り向く。
「俺たち別れなかったっけ」
「その言い方やめてくれない? 私があなたに振られたみたいなんですけど」
「いや、別にそういう意味じゃないんだけど……」
「じゃあなによ」
「いやだからさ、さっき解散したのになんでついてくるんだ?」
「別についてきたくてついてきてるわけじゃないわよ。ただ私の家がこっちの方向なの」
なるほど、そういうことか。……いや待てよ、これってあれか? 漫画やアニメでお馴染みのサポートキャラみたいなのが家に住み着く、みたいな流れなのか?
それは駄目、絶対駄目です。ただでさえめんどくさいのが一人いるのにこれ以上人が増えるなんてごめんだ。それだけは勘弁してください。
「悪いけど、俺んちに住み着くとか無理だからね? 天音の住む部屋とかないし」
「なに言ってるのよ。なんで私がしょーへーなんかと一緒に住まなきゃいけないわけ?」
あ、違うのね、良かった。俺なんかっていうのはちょっと引っかかるが。
「いや、なんかこういう感じの漫画とかだとさ、主人公の家に住み着くみたいなのが定番だったりするだろ? なんか一緒に帰ってるし」
「方向が一緒ってだけで変な妄想しないでくれる? しょーへーの頭どうかしてるんじゃない?」
こいつ殴りたい……。
ちょっと見た目は良いからって調子に乗るなよ?
あれ、というか待てよ?
「なぁ? 天音って地上に住んでんの?」
「そうだけど?」
「へぇ、天使っていうんだから、てっきり神様の言ってた天界に一緒に住んでるのかと思ったけど違うんだな」
「……いろいろあるのよ。あんたが気にすることじゃないわ」
あれか? 仕事終わるまで帰ってくるな、みたいなやつなのだろうか。こいつ仕事できなさそうだし。
「ふーん、どんなとこ住んでるんだ?」
「秘密に決まってるでしょ! しょーへーに教えたら何されるかわからないし!」
限界まで目を細めた鋭い眼光で俺を牽制しつつ、ざざざと打ち寄せた波の如く天音が俺から一歩距離をとる。
マジでこいつ俺のことなんだと思ってるの? いや、確かにおっぱいは揉んだけどさ? だからかー。
「あれは事故だから仕方ない。謝っただろ?」
「最初は事故かもしれないけど、な、何回も揉んできたじゃない! それに謝ってないし! よく思い出してみなさいよ!」
いや、謝っただろ。あれ? 謝ったよね? …………あー、謝ってないわ。
「勘違いだった、ごっめ~ん」
頭にこつんと拳を当て、舌を出してへぺろっとふざけて笑う。
刹那、俺の頬をひゅっと何かが掠めた。そして、通り過ぎていった何かが背後に直撃したらしく、轟音が息継ぐ間もなく鼓膜を打つ。
視界の横に映っている、しゅっと真っ直ぐ伸びた制服越しでもわかる天音の細い腕。
……ま、まっさかーそんなのありえないよねハハハ。
ぎぎぎとロボットのような動きでおそるおそる振り返って確かめてみる。すると天音の拳が壁を半壊してた。
……こ、これが噂の壁ドン……いや、違うわ。絶対違うわ。だって全然ドキドキしないもん。恐怖しか感じないもん! 相手から殺意しか向けられてないもん!
というか、さっきの俺よく死ななかったな。コンクリ半壊ってなんなの? これも天使の力ってやつなの? どっかの漫画の空手やってる女子高生くらいしかこんな馬鹿力しらないんですけど!?
「ちゃんと謝りなさい?」
天音の顔は笑っているが、これ確実にブチ切れてるやつだ。
「申し訳ございませんでした!」
すぐさま地べたに這い蹲り土下座して謝った。課題に取り組む前に死にたくないし……ていうか、俺が死ぬ原因ってもしかして天音が原因じゃないのこれ。
「ん、よろしい。許してあげる」
どうやら許してもらえたようだ。土下座って凄いわ。これからはすぐしよう。それで助かるのなら俺のプライドなんて安いものだ。
それからはまたお互い無言で歩いた。しばらく歩いていると、天音が口を開いた。
「じゃあ、私ここ寄ってくから。また明日ね」
天音が指差す先を見るとスーパーが見える。
「天使なんだよな?」
「そうだけど?」
「えっと、自炊してるわけ?」
「まあ、一人暮らしだしね」
随分と庶民的なんだな天使って。というかこいつが一人暮らしなんてできるの? 大丈夫?
「?」
天音は、俺がなんでそんなことを聞いてきたのかわからなそうな顔をしている。
「なんでもない、ごめんごめん」
あんまり突っ込んだ質問してまた怒られるのも嫌だし、深くは聞かないことにしておこう。
「そう? そういうことだから、また明日」
「わかった、じゃあまた明日」
スーパーにスキップしながら入っていく天音をなんとも言えない気持ちで見守り、ゆっくりと歩き始めた。