神様
俺の言葉が余程嬉しかったのか、鈴原さんは沈んでいた表情を明るくさせ語り始める。
「あのね、これから一週間後にあなたの『死』が予定されているの。でもそんなの嫌でしょ? まだやりたいことだってたくさんあるよね? そこで神様は、若くして不幸な死を予定されているあなたに課題を出すことで、『死』を回避できる救済措置を与えてくれるってわけ」
確かに話を聞くと言ったのは俺だけどさー……。なんていうかもう少しまともな勧誘方法とかなかったのだろうか。
これじゃどう考えても作り話ってバレバレでしょうが……。こんなのに引っかかるやつ相当なアホだぞ。
「なるほど、わかった」
「そ、それじゃあ――」
「まあ、それで死ぬならそれまでの人生だったってことじゃないかな。話は済んだよね? それじゃ俺もう行くから」
「まってまって! 本当に死んじゃうんだよ、いいの!?」
その場をあとにしようとした俺を、鈴原さんが制服の端を掴んで呼び止める。彼女の声が周囲に響き渡り、周りにいた生徒たちがこちらに注目しているのがわかった。
遠目から見れば男女のいざこざの末、彼女を振った俺が泣きつかれているようにも見えなくはない。
せっかく校内では紳士の翔平くんとして通っているのに、こんなことで悪評が流れるとか勘弁してくれよ……。
「はぁ……死んだら死んだでいいよ別に」
「本当に? 本当にいいの? 嫌でしょ!? 死ぬなんて嫌よね!?」
鈴原さんは泣きじゃくりながら俺の襟を掴んでぐわんぐわんと揺すってくる。
やめて! みんな見てるから! これ傍から見たら完全に修羅場のそれだから!
「わかった、わかったから離してぐるじい……」
「あ、ご、ごめん!」
言うと、鈴原さんは慌てて襟から手を放す。
一週間後と言わず、今まさに死ぬかと思ったんだけど? 見かけに反して力強すぎないこの子……。
しかし、どうしたら諦めてくれるだろうか……。このまま逃げたところでまた追ってくるだろうしなぁ……。やだなぁ、めんどくさいなぁ……。
「じゃあさ、本当に君が天使で神様からの使いだっていうなら、それを証明できるなにかをみせてくれない?」
うん、これでいい。どうせただの作り話。それを証明できる『なにか』なんてものは見せられるはずがないんだ。であれば、この子もいい加減諦めるしかないわけで――
「君が天使だというなら、なにかしら特殊な力とかがあるだろ? 例えば頭の上に輪っかみたいなもんが出るとか、実は翼が生えて空を飛べるんですなんて、まぁなんでもいいんだ。とりあえずそういうなにかを見せてくれれば俺も君の言葉を信じるよ」
まぁ、そんなものはアニメや映画の世界だけであって現実にはありえないわけだが。
「それは……できない。私にはそういう力なんてないから……」
はい、終了――。
所詮、宗教なんてそんなもんだよ。奇跡の力だーとか、そんなもんそれに依存しなければ生きていけない奴らが勝手に言っているだけだ。いざ力を見せてみろっていうと見せられないってやつ。
「見せられないっていうならやっぱり君の言葉は信じられないね。というわけでこの話はこれでお終い」
「ま、待って――」
今度こそはと彼女に背を向け歩き出そうとした瞬間だった。
鈴原さんの声が途中で途切れ、周りにいた生徒たちの声、風の音など全ての音という音が消えた。
「なんだこれ……?」
おかしいと思い周囲を見渡すと、俺以外に動いているものがないことに気づいた。
鈴原さん、生徒たちといった誰もがロボットが機能停止したように完全に止まっている。
まるでこれは時が止まってしまったかのようで――。
「あんまり天音をいじめないでやってくれよー?」
急に声がして振り向くと、そこには先ほどまでいなかったはずの女性の姿があった。
その女性は俺のよく知る人だったが、いつもとは違う雰囲気で目の前に立つと、長い前髪をばさっと掻き分け、口を開く。
「どうもこんにちは、森翔平くん」
「これはどういうことですかね……? 星野先生」
そう、目の前に現れたのはうちのクラスの担任の星野先生だった。だったのだが、今目の前にいる先生からは、普段の暗いオーラのようなものを感じない。それに、さっきの声だって彼女が発したにしてやけに透き通っている。
つまり見た目こそ星野先生ではあるが、もはや別人にしか思えなかった。
彼女は俺の言葉に困ったような顔をして、少しの間考えるようにした後、なにかわかったのか両手を軽くポンと叩いた。
「あー、星野先生ってこの身体の持ち主のことか。今ちょっとばかし借りているんだよ」
「身体を借りてる……? どういうことです?」
「君が天音に天使か神の力を見たいって言っただろ? だから神様である私自ら見せに来てあげたわけだよ」
「それで星野先生の身体を借りて俺の目の前に現れたと……」
「そういうことだね。どうやらこの星野という女性は憑依体質が高い人間のようだ。おかげで苦労せず借りれることができたよ」
いや、憑依って……それもうなんか神様っていうより、あんた霊体かなにかなんじゃないの……。
「もしかしてですけど、俺以外が時が止まったみたいに動かなくなったのってあんたが?」
「そういうことだね。他の人間に見られるのも面倒だし時間と止めさせてもらった。今現在動けるのは天界の住人である私と、私が指名した君だけだ」
「…………」
信じたくはない。信じたくはないけれど……自称神様の言うとおり、確かに時が止まったように俺以外のあらゆるものが動いていないのも事実だ。
マジでこれどういうことなんだよ……さすがに混乱してきたぞ?
「まだ信じられないかな? 時間を止めてる間はこんなこともできるのだよ」
言うと、自称神は鈴原さんの横まで移動する。そして、彼女のスカートの裾を摘まむと、そのまま上へと勢いよく持ち上げた。
「ぱぱぱぱ、パンツ――だと!?」
視界には先ほどまでスカートで隠されていた太ももの上、すなわちパンツが堂々と現れたのだ。高校生が履くのかと疑問になるような際どい紫色のそれは、生で見るのが初めてな俺には刺激が強すぎて正直目のやり場に困る。いや見るけども。超見るけども。むしろ目に焼き付けるけども!
「あ、あんたなにを……?」
「時を止めただけじゃ物足りないかなと思ってね。せっかくだから私から君へのプレゼントだよ」
「ありがとうございます!」
「神を信じるかい?」
「信じますとも!」
「うん、君は素直ないい子だね」
いやぁ神様って本当にいるんだぁ……。今日までの俺を叱ってやりたいね。神様はいるんだぞと。
ん? でも待てよ? 神様が本当にいるのなら、鈴原さんが言ってたことは――
「そう、本当のことなのだよ」
俺が質問するよりも早く、目の前にいる神様がそう答えた。