天使
「あの……、森くん?」
状況を理解できずに混乱していると、鈴原さんはなんだか困ったような表情で尋ねてくる。
それにしても、なぜここに鈴原さんが……? あ、もしかして校内を探索していたら迷っちゃったとか? 確かにうちの高校の敷地はそれなりに大きいし、ありえなくはないな。
「森くーん?」
しかしあれか、こうなるといよいよあのラブレターは悪戯だったのだろう。
マジでモテない男にこういう悪戯をするのはやめてもらいたいんだけど……。
「はぁ……」
「ねぇ、森くん!」
「は、はい!?」
大きな声で名前を呼ばれ、ようやく我に返った俺。
正面には、少しばかり不機嫌そうに頬を膨らませこっちを見つめる鈴原さん。
「えっと、どうかした?」
「あれ? 手紙見てくれてここにいるんじゃないのかしら?」
手紙? 手紙ってなんだ?
「えっと、ごめん。なんのこと?」
「だから手紙よ、手紙。下駄箱に入ってたでしょ? 放課後に裏庭で待ってるって」
「あー、それなら読んだよ――ってあれって鈴原さんが!?」
「そうだけど?」
「え、だってTよりって……。鈴原さんってA・Sだろ?」
「ああ、そのことね。それは今から順に説明するわ」
「さいですか……」
それにしてもこの子、教室の時と大分雰囲気違くない? 本当に同一人物なのか?
教室で俺に向けてくれた笑顔なんて微塵もなく、蔑むような眼差しを向けられる。
……ただあれだ。美少女に真正面から蔑まされるってのも意外と悪くないかもしれない。というかなんだろう若干興奮してきた。ヤバイ、新たな性癖に目覚めちゃうかも……。
「ちょっと、興奮したオス猿みたいな目で見ないでよ変態!」
「なっ――!? 違うから全然そんなんじゃないから!」
「本当にぃ? 大体、あなた教室の時から私のこといやらしい目で見てたでしょ」
「いやいやいや見てないから絶対見てないから!」
ごめんなさい。本当は見てました。だって仕方ないだろ! 隣にこんな美少女がいるんだもん誰だって少しくらい妄想するでしょ、男子高校生ならば。しかし、本人に思いっきりバレていたのはまずい。今後は細心の注意を払って致すとしよう。
「と、とにかく、とりあえず手紙に書いてあった大事な話ってなんなのか知りたいんだけど」
わざわざこんなところに俺を呼び出した理由。
この雰囲気で俺に告白するなんてことはないだろうから、ラブレターという選択肢は消えたわけだが。そもそも転校初日で初対面の俺に大事な話ってなんだ……?
もしかして……、幼い頃に親の仕事の都合で引っ越してしまった幼馴染とか……? いや、そもそも俺に幼馴染なんていなかったからこれもないわ。
「そういえばそうだったわね……。上手く話をすり替えられた気もするけど……」
言うと、鈴原さんはコホンと可愛らしい咳をし俺を見据える。
「手紙の大事な話のことだけど……」
そこまで言うと、鈴原さんは一度間をあけるように深呼吸をして再び口を開いた。
「森翔平くん、あなたにはこれから神様から出された課題をクリアしてもらいます」
「…………?」
神様……? 課題……? なんだそれ?
「森くん? 聞いてるの?」
目の前の彼女が真面目な顔をして急におかしなことを言い始めた件について。
はて……? この子はなにを言ってるのかしら。あれか、新手のドッキリ的ななにかか?
「そして、私はあなたが課題を取り組むのを見守りながらサポートするように仰せつかった天使です」
「はぁ……?」
そして鈴原さんは胸に手を当てながら誇らしげに語り始めた。
ヤバイよーヤバイやつだよこれ……。
この子、いきなり自分のこと天使とか言い始めちゃったよー。確かに初めて見たときは「天使かな?」なんて思ったりもしたけども、それはものの例えとして言ったまでなんだけどー?
自分のこといきなり天使とか言っちゃうとか頭大丈夫かな?
「あの……?」
「はい、なんでしょう?」
「えっと……神様とか課題とかってなに? ていうか君が天使?」
「そう、私は神様の使いの天使よ! ちゃんと手紙にも天使のTを書いておいたでしょ?」
あのTってそういう意味かよ! なにそれ真面目に推理してた俺が馬鹿みたいじゃねえか! あの時間返して! ねえ返してよ!
「あのさ……」
「なにかしら?」
「自分のことを天使とか頭大丈夫?」
「あ、頭は大丈夫だし! 私は天使なの! そしてあなたが神様からの課題をこなすためのサポート係! オーケーわかった?」
「いや、全然」
だって急にそんなこと言われてもな。なんだよ神様って……ドッキリとかならもう少しマシな嘘とかつけないもんかね。こんなのさすがに俺でも引っかからないんだけど。
もしかしてこれって宗教団体の勧誘とかそっち系だったりするのだろうか……。容姿は素晴らしいものがあるというのに何故宗教なんぞに手を染めてしまったのだ鈴原さんよ……。
「生憎だけど、神様とかそういうの信じてないから。そういうのは誰か違う人誘ってあげてくれ」
「え、ちょ、ええ!?」
そのまま鈴原さんに背を向けその場をあとにする。
後ろで鈴原さんがなにか叫んでいるようだが正直勘弁してほしい。俺まで頭のおかしな子だと思われてしまうじゃないか。
しかしなぁ……。めちゃくちゃ期待していただけにこの仕打ちは正直きつい。もう今日は帰って寝ようそうしよう。
「ねえ、待って!」
裏庭から逃走し、少しばかり歩いたところで後ろから思い切り腕を掴まれる。
ぎゅっと掴まれたせいか、彼女の豊満なおっぱいが布越しにだけど確かに伝わった。こ、こここれが本物のおっぱいの感触……。
「ちょちょちょっと、は、離してくれるかな」
「あ、ご、ごめん……」
俺の言葉に慌てながら離れる鈴原さん。
しまったぁぁぁぁ!
もう少し、もう少しだけあのおっぱいの感触を味わってからにすればよかった! 俺の馬鹿!
「……ねえ、課題やろう?」
気まずい空気の中、鈴原さんが先ほどよりも弱々しい声で呟く。
「そんなわけのわからないものやるつもりはないよ」
「でも、やらなきゃあなた死んじゃうんだよ!?」
はい……? 死ぬ? なんでわけのわからん課題をしないだけで死ななきゃいけないわけ?
「意味がまったくわからないんだけど……」
ここまでしつこいとなると鈴原さんの所属している団体では勧誘ノルマのようなものがあるのだろうか。たとえばそのノルマを達成できないとひどいことをされてしまうとか……。
それはそれで少しばかり可哀想ではあるけれど、やはりそういうのとか全く興味ないわけで俺が入ることはまずない。
けれど、目の前で先ほどまでとは違い、捨て犬のような表情でこっちを見つめられるとなにかと後味が悪いわけで。
「はぁ……。とりあえず話聞くから。ちゃんと説明してくれ」
気乗りはまったくしないけれど、とりあえず話くらいは聞いてあげようと思った――。