転校生
「はじめまして、鈴原天音といいます。みなさんとはこれから一緒に楽しい学校生活をおくっていきたいと思いますので、よろしくお願いします」
一礼をして挨拶を終えると、鈴原さんが一瞬こっちを向いて微笑んだような気がした。
え、待ってなに? もしかして俺に気があるとか?
ちょっと待ってね一旦タイム。確かに、君は凄く可愛い。それにおっぱいも大きい。正直一目惚れしてもおかしくないレベルだ。
しかし、しかしだね。今の俺にはTさんがいるわけであって。俺はTさんを大事にしたいと思ってる。
君はイニシャルA・SであってTさんではない。そもそも、今日転校してきた子が初日にいきなりラブレターを渡してくるなんてありえないだろうし。だからすまないが、君の気持ちには答えられないよ。でももし、Tさんとうまくいかなかったときは君と付き合いたいと思います。おっぱい大きいし。
「それじゃ、鈴原さんは一番後ろの空いてる席に……」
先生の言葉に鈴原さんが「はい」と返事をすると、てとてととこちらに歩いて来て隣の席に座った。
「よろしくお願いしますね、森くん」
こちらを向いて、にこりと微笑む。あ、やば……普通に可愛いんだけど。
不意打ち混じりの微笑みを向けられ、頬の辺りが若干熱くなったのがわかる。
しかし見れば見るほど可愛いんですけど……。くっ……、何故ラブレターの子がこの子じゃないんだっ! いや、待て。世の中の男の何割がラブレターなんてもらえるだろうか。そう考えれば、貰えた俺は幸運なわけで、相手がこの子じゃないからと文句を言ってはならない、はず……。
「よ、よろしく」
挨拶を返すと、鈴原さんはまたにこっと微笑み返してくれた。なんだよ天使かよ。
…………あれ。
不意に、今のやりとりに何か違和感を覚えた。……なんだろう。何かひっかかったんだが。
しばらくそのことを考えてみたが、違和感の正体は結局わからなかった。それを考えている間にどうやらホームルームは終わったようで、みないつの間にか一時間目の授業の準備を始めている。
転校生の登場で朝は少し慌ただしかったが、一時間目はいつも通り始まった。
「あの……」
「はい?」
授業が開始してまもなく、隣の鈴原さんが小さな声で話しかけてくる。
「教科書がなくて……よかったら見せてもらえます?」
「ああ……」
そういうことか。転校初日だし、教科書の準備が間に合わなかったのだろう。
「わかった、いいよ」
俺の言葉にありがとうございますと、笑みを浮かべる鈴原さんにドキッとしてしまう。
余り感情を悟られないようにと、素早くお互いの机を合わせて間に教科書を開く。
さっきよりも距離が近づいたからか、鈴原さんから柑橘系のいい香りがする。なんだこれ、ずっと嗅いでたいんですけど。クンカクンカしてたいんですけど。……おっと、自重しないと。俺にはTさんがいるのだから。
しかし、結局Tさんは誰なのだろうか。先輩? 後輩? 同級生?
一年生はこの学校に入学してまだ一ヶ月だから可能性は薄い。じゃあ先輩……? いや、ただでさえ同学年ですら交流の少ない俺が、いきなり上級生に好意を抱かれる可能性は低いか……。となると、やはり同級生……更にはその中でも同じクラスの女子の可能性が高い、という結論に至るわけだ。でもだ、そもそもこのTは名字なのか、名前なのか。Tさんヒント少なすぎっすよ……。
……いや、待てよ。
このクラスのT候補。名字だとすれば三人いる。
一人目は高藤さん。成績優秀、真面目で教師からの信頼も厚く、このクラスの学級委員長だ。メガネっ子な所も俺的にポイント高い。ただ付き合ったら尻に敷かれそうなところはちょっとポイント低い。
二人目は寺本さん。先ほど俺の中で順位変動があったが、それまではこのクラスで一番の美少女だった子だ。クラスの大抵の男子が、一度は彼女で如何わしい妄想をしたに違いない。俺はしてないけど。いや本当に。
三人目は藤堂さん。……こいつはないな。そもそも住む世界が違うし、ギャルだし、ヤンキーっぽいし怖いし。でもあれか、もしかしたら本当は純情な子でした、ということもあり得なくはないのでは。ビッチ系処女とかちょっと萌える。
俺の推理が正しければ、この三人の内誰かが手紙の主だ。名前がTの可能性もあると思ったが、『森くんへ』と名字で俺のことを記入しているので、このTも名字だという可能性が高いはず。
それにしてもこの三人、まったくと言っていいほど接点ないんですけど? なんで俺のこと好きになったかとても気になるところ。まあ、その辺は告白された時に直接聞いてみるとしよう。
「あの?」
「ん、どうかした?」
そんなに俺と話したいのだろうか。俺としてもこんな可愛い子に話しかけられるのは嬉しいので吝かでもないんだけど。というか、近くで見てもやっぱりおっぱい大きいな。
「ページ捲っても?」
「あ、ああ。ごめんごめん」
なんだよ、ページかよ。
ラブレターの差出人が誰か考えている間、どうやら授業はどんどん先に進んでいたようだ。それに気づかないほど集中して考えていたということか。や、授業に集中してても聞こえないから意味ないなこれは声小っちゃすぎでしょうマジで。よく鈴原さん聞こえてるよな……。
「鈴原さん」
短い間ではあるが鈴原さんに見習って授業を真面目に受けてみようと思ったけどもう限界だった。
「はい?」
「ちょっと俺、今日は考え事をしたいから教科書適当に使っていいよ」
どうせ今日は使う気ないし、というか多分星野先生のうちは俺が真面目にこの授業を受けることもないだろう。そう思って教科書を鈴原さんに差し出す。
「でもいいんですか? 私がお借りしても」
「いいよいいよ。今日は授業受ける気がしないんだ」
「ありがとうございます。お言葉に甘えて使わせて貰いますね」
「いやいや、困った時はお互い様さ」
きまった……。このやり取りでかなり好感度が上がったはず。ギャルゲーならもう完全に俺に好感度MAXと言ってもいいだろう。間違いなく鈴原さんルート突入待ったなし!
なにか大事なことを忘れている気もしないではないが……鈴原さん、いや、天音ちゃん。
僕と一緒に高校生活を謳歌しようじゃないか!