ラブレター
ラブレター。
男子高校生なら一度はそれを貰えると夢に見たことがあると思う。俺もそれは同じで、高校に入学すれば一度くらい貰えたりするんじゃないだろうか、なんて考えていたこともあった。それゆえに高校受験も最近まで女子高だった『桜ヶ丘高校』にしたわけなんだけど。まあ、実際は入学してからそんなイベントなんて、全く起きることなく一年が過ぎたわけなんだが。
べ、別に貰えなかったから悔しいとか悲しいとか思ったりしてるわけじゃない。それに俺には二次元がありますし? 三次元なんていりませんし? ていうか、どう考えても三次元の女の子なんかより、あきちゃんの方が可愛いんだよなー。
あきちゃんというのは俺の好きなアニメ、『戦車部!』というアニメの主人公だ。女子高生が戦車に乗って戦うという――
「ウーッス」
大きな声と同時に力強く背中を叩かれる。
せっかく今から戦車部について語ろうと思っていたのに、こいつはよくも……!
俺の許可なしに堂々と横を歩く爽やかイケメン野郎を睨む。
身長が俺よりも高いので、若干見上げる形になってしまうのが憎い。
「なんだ? また自分の世界に入ってたのか?」
「うるさい、ほっとけ……」
「お前も飽きないねー。そんなんだから高校生になっても未だに彼女できないんだよ」
こいつ……自分が高校デビューにまぐれで成功したからって少し調子に乗ってるんじゃないの? なんだそのちょっと勝ち誇った顔は。お前だって中学までは俺と同じオタクで彼女いない=年齢だっただろ!
「黙れ靖之うるさい喋るな口臭い」
薬師寺靖之、小学校からの腐れ縁で悪友。
中学時代までは俺と同じでアニメを愛するオタクだったのだが、なにを思ったのか高校入学前に壮絶なイメチェンをしてムカつくことにそれが成功。鮮烈な高校デビューを果たした。
さっき語った、男子高校生の夢であるラブレターを貰うということ。その夢を、俺はこいつに散々見せ付けられてきたのだ。
……こいつだけは許さない、絶対にだ。
それ以来、俺はこいつのことがほんと嫌い、大ッ嫌い。別に羨ましいからとかじゃないんです。二次元を捨てて三次元に走ったことが許せないんです僕は。というか本当に口臭い。こいつ朝から納豆食って歯磨かなかっただろ。やめて近寄らないで納豆嫌いなんだから!
「朝から暗いな、そんなんじゃモテないぞ?」
「うるさい、お前のせいで朝から憂鬱なんだよ」
こいつと歩くと俺がただの引き立て役になるんだよな……。つらっ。
家が近所なせいで大体こいつと登校するのだが、ほぼほぼ毎日のように女の子に声をかけられる。靖之が。靖之だけが!
それは二年に進級して一ヶ月たった今も変わらない。今も俺が不満を思っている間に他校の女の子に声を掛けられたようだ。あーほんと死ねばいいのに……。ほっといて先いこ。
これが二次元だったらなあ。靖之とかいうやつはただのモブ友達ですむのになー。
それで可愛い幼馴染が迎えに来たり、ちょっとツンデレな子と出会ったり、ヤンデレ系女子に追っかけ回されたりと、楽しい朝のイベントが起こったりするんだろうけど。……最後のは楽しくはないな、うん。
まぁしかし、実際そんな萌え系イベントなんて三次元の現実世界に起きる訳もなく、今日も虚しく校舎にたどり着いてしまったわけだ。
「おーい、翔平待てよー」
ちっ、追いついてくるなよ。
昇降口の入口で靖之が俺に追いついた。どうやら俺を追って駆け足で来たのだろう。なに? なんなのお前俺のこと好きすぎだろ。俺は嫌いだけどな。
一緒に登校するのが嫌な理由はさっきの他にまだある。
それは――
「うわっまたか」
「ちっ」
靖之が下駄箱を開けると大量のラブレターがバサバサっと落ちた。あとで呪いの人形買おう、そうしよう。
「まあまあ、そんな怒るなよ……。翔平もあるかもしれないだろ?」
「あるわけないだろ」
全く期待していない。期待してないんだけど、やっぱり下駄箱を開ける時に、もしかしたらと思ってしまうのは男の性なのか。毎日、この時は少しだけドキドキしてしまう。いや、一度も入ってたことないし、淡い期待だってのはわかってるんだけどさ。
「…………」
「しょうへい?」
「な、ななななんでもない」
「いや、明らかに今のお前おかしいぞ?」
「オカシクナイヨ」
不思議そうに俺の方を見て尋ねる靖之。お前はもうどっかいけよ!
下駄箱を開けると、一通の手紙が入っていた……ような気がする。なんか紙っぽいのが入っていてびっくりして閉めた。
まさかね……? いやいやいや、でも今のは間違いなく手紙っぽかったよな。もしかしてついに俺にも春が来ちゃったとか? ふふふ……、ふーはっはっは。ついにこの世界も俺を認めたということか! ……っと、こういう場合、勘違いしてたっていうパティーンが一番怖い。もしかしたら俺の妄想なだけだったかもしれないので、しっかり確認しておくとするか。
もう一度、下駄箱をゆっくりと開けてみる。すると、やはり中には一通の手紙が入っていた――。