お兄ちゃんの親友
長めの漆黒の髪からこちらを見る綺麗な碧の瞳。
目の辺りにかかっている前髪をそっと耳に掛けて、困った表情を浮かべている姿は浮き離れている様に感じて。
その姿に見惚れてしまった。
「…君がいつきの妹?」
「は、はい……」
「ふーん。」
「……」
「……」
そこで話が止まってしまう。見かねたお兄ちゃん…一樹が親友だと話した目の前の少年の肩を組む。
驚いた様に目を丸くする姿は先程の遠い存在に見えた姿とは違う。にやっと笑うお兄ちゃんは初めてで私も目を丸くしたのは言うまでもない。
「あい、こいつがぼくの"親友"。愁って名前だ。しゅう、この可愛い子がぼくの可愛い いもうと。」
「あいです、よろしくお願いします…」
「は?いつきのいもうとだろうが仲よくする気はないから。」
すっと視線を反らして不機嫌そうに言う愁。一樹は肩を竦めるが、それ以上は何も言わない。
というよりは、教えてもらったから。お兄ちゃんと愁さんが"親友となった理由を。
摘まむように簡潔な話だったけれど、分かったのは愁さんが極度の人間嫌いだと言うこと。お兄ちゃんと同じ6歳で色々ハードな人生を送ってるらしいです。
詳しくは濁されたけれど、愁さんを思ってからだと思う。ちょっと愁さんに嫉妬したのはお兄ちゃんには秘密である。
「しゅうさん?」
「はあ…意味分からない。いままであんなに"家族"をきらっていたくせに、ころっと変わって。」
「それは、」
「理由はきいた。けれど、僕はりかいできない。だいたい君も君だよね。いままでいつきの存在さえも知らなかったくせに。」
「っ……」
ぐっとなる。それは私が一番気にしていた事だったから。お兄ちゃんの存在を知らないで知ろうともせずに部屋にずっといたから。
ヒントならいくらでも隠されていたのに。ただ、自分は両親に愛されていないって知って悲劇の主人公になったつもりだった。それに気付いたのがお兄ちゃんに出逢ったあの日。
本当なら私は、お兄ちゃんに恨まれてもいい存在。憎まれるべき存在だろう。
顔を俯かせているけれど、じわりと涙が溢れてくる。ここで泣いたら私は愁さんに更に幻滅されるはず。私が泣く権利なんてないのに。
そんな愛の頭に温かいものがぽんと乗った。
「しゅう。」
優しくも、咎める様な声。
「あいを憎んでいなかったらいった嘘になる。…それでも、ぼくはうれしいと思ったんだ。憎いと思っていても"家族"に認められたかったから。ぼくを"お兄ちゃん"と笑顔で呼ぶ可愛い いもうとを絶対に嫌えない。」
ふんわりと笑って、けれど視線は真剣に愁を貫く。そして、あいはもっとぼくに甘えて欲しいなと愛の頭を撫でる。
一樹は全て分かった上で、愛を可愛い妹だと認識している。その事に愛がどれだけ嬉しかったか、彼は知らないだろう。
先程とは別の理由で涙がじわりと溢れてくる。
そんな様子に愁は吸い込まれような碧の目を一瞬歪めて一樹を見つめてから、愛を睨み付ける。
「なんで、」
「しゅうもあの人達ともう少し話し合って…」
「…いつきだけは僕を分かってくれると思っていたのに。」
吐き捨てるかの様に言葉を紡ぐ愁。今の彼には誰がー例え一樹であろうがー何を言っても心に響かない。
もう僕に関わるなと冷たい声で言い、一樹がいつも会っているという今いる場所ーー家より少し離れた場所にあるーー神社の境界から出ていく。
***
「お兄ちゃん、ごめんなさい…しゅうさんが」
「いや。しゅうもこのままじゃいけないって分かっているからこそ焦っているんだよ。」
「でも、」
お兄ちゃんが大切そうに話してくれた親友。
私にとっても何よりも大切で自分を一番に分かってくれた親友がいたんだもの。そんな親友と喧嘩別れ見たいになった事にお兄ちゃんが悲しいと思わないはずがない。
「しばらくはしゅうといた場所にいくつもりはないし。あいつも頭を冷してれいせいになるよ。」
「でも…」
「しゅうはもう少し人を信じられる様にならなきゃいけないから。それに、ぼくはこれから更に習い事で忙しくなるからね。」
ふわりといつもの様に微笑んで私の頭を撫でたお兄ちゃん。
その表情が少し寂しそうに見えるのは、気のせいじゃない。お兄ちゃんにとって愁さんはとても大切な人だと凄く伝わる。
だから、もう会えない、顔も名前も思い出せない"前"の親友がとても遠く感じた。