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泥の町  作者: 山口 にま
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第五話 美咲初めて我慢す

 「何であなたのような博士課程まで終えた方が、うちのような会社を志望するのですか?」

面接の度に投げかけられるこの質問に美咲はうまく答えることが出来ない。

「研究も一段落つきまして、今まで学んだことを今度は仕事で活かしたくなったからです」

目の前の採用担当者は美咲の言葉に納得しない。

「今まで学んだことって、あなた、ここじゃ活かせないんじゃないのかなぁ。だって、ずっと研究一筋にやって来た人でしょう?どこかの研究所ならともかく、うちは国内の穀物流通だからね」

「穀物のことならば専門だったので、業務に活かせると思います」

「正直そこまでの人は求めていないんだよね。あなたの学歴とか専門知識がもったいないよ」

「いえいえそんなことはございません」

と美咲は口では言ったが、内心はその通りだと思った。


 別の日には貿易会社で面接を受けた。

「はっきり言って新卒だよね?転職ならともかく、何でこんな年度末の変な時期に就職活動するかなぁ」

Q国でのビザの更新が出来なくなったと正直に言うべきか迷ったが、下手のことを口にしたら藪蛇だ。美咲は当たり障りのない言い訳を並べる。ここも無理そうだな、面接も場数を踏むと、面接官が採用に前向きか否かも分ってしまうのだ。


 平日は履歴書を書いて面接して、翌週の初めには履歴書が送り返されるの繰り返しだった。

 美咲の両親は健悟の親に不信感がある。暗に結婚を延期するように求めてきたが、美咲は逆に延期は出来ないと思った。

 研究も途中で頓挫、就職は出来ない、これで結婚まで取りやめになったら、自分には何も残らないではないか。

 そもそも自分が不本意ながら就職活動をしているのも、みんなが我慢していることを我慢してこなかったせいだ。

 大学の同級生が皆普通に就職しているのも、院への進学を我慢した故であり、Q国の研究室の仲間も、クー先生のことで政府に抗議したい気持ちを我慢したからこそいまだに研究を続けることが出来ているのだ。翻って自分はどうだ。我慢なんて生まれてこの方したことがない。好き放題やって来たから、そのつけが今になって回って来たのだ。


 美咲は婚約者に言った。

「ドレスにはこだわりはないわ。おかあさんの好きにしていいのよ」

健悟は驚きつつも、嬉しさを隠せない。

「ただおかあさんのお気に召すドレスを着るとなると、ドレス代はそちらで持ってもらいたいのだけどいい?それからピアノ代も。結納は辞退させてもらうけれど、指輪はくれるかな?結納金がないから、結納返しみたいな健君宛てのプレゼントはないけれど、大丈夫?ドレスとピアノ以外の費用負担は、それぞれの招待客での数で案分しましょう。」

「それで良いけれど・・・・。急にどうしたの?」

「全部が自分の思い通りになんかいかないよ」

「そんなことを言わないでよ」

不機嫌に黙ったままの美咲に、健悟は機嫌を取るように、

「来週、指輪を見に行こうか」

美咲は頷いたが、結婚式にも指輪にも関心がなくなっていた。

 

 面接も、結婚式の打ち合わせもない土曜日、履歴書を書くのにも疲れた美咲は犬の散歩にかこつけて家を出た。土手に座り水面を眺めていても気持ちが滅入るばかりだった。明日も結婚式の打ち合わせと、婚約指輪の購入だ。本当は一日家にいて休んでいたいところだけど、これももう一つの就職活動である。薄着で出てきた美咲は寒くなってきた。土手を出て、地元の公立中学校脇を通って家に帰ろうとした。校庭で中学生達が部活をしている。彼らが走る様を見ているのが、多聞だった。自分の今の状況を話してみたいと思った。この人だったら健悟のように、家に入る方が合わせろだの、母親がどうのだの言わないし、言われるような関係ではない。同級生として対等に話が出来るだろう。健悟とは関係が近くなりすぎて、逆に言えないことばかりが増えてしまった。美咲はフェンス越しに多聞に声を掛けてみた。

 我慢我慢ばかりはもう無理だ。



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