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泥の町  作者: 山口 にま
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第三話 クリスマス

大きなクリスマスツリーの下で、多聞とあやは待ち合わせた。今日はクリスマスイブだ。

あやは指輪を欲しがった。二人で行ったデパートであやは小さな石のついた指輪を選んだ。銀座の小さなレストランであやは箱から指輪を取り出し、自分の右手にはめてみる。

「すっごく嬉しい」

あやは笑顔を見せる。あやは抗うつ剤を飲んでいるので禁酒している。多聞はワインであやはコーラで乾杯した。

「年が明けたら仕事を始めるんだ」

あやは言った。

「そうだな、バイトか派遣か。短時間から体をならすつもりで」

「そう、お金も貯めるの。スノーボードにも行きたいし、旅行にも行くんだから」

「いきなり頑張りすぎるなよ」

「ううん、平気」


  楽し気に振る舞うあやを見ていると、多聞は二人が出会った頃に戻ったような気持ちになる。マラソン仲間に可愛い子がいる。それが多聞のあやに対する第一印象だった。若いころは怖いもの知らずだった。自分が何にでもなれるような気がした。でも現実はそうではない。誰だって理想我と現実我の違いで葛藤があって、乗り越えたり、すり合わせたりする。でもあやはそうすることが出来なかった。社会に出て壁にぶちあたって、その前で立ち止まって自信を失ったままだ。


 デートの帰りはいつものように多聞のアパートだ。あやは風呂に入る前に大切そうに指輪を箱にしまう。部屋の明かりを消して、あやに身を任せながらも多聞は一抹の不安を覚えてしまう。元気すぎるのだ。病状が悪くなる前触れでなければ良いが。


 行為の後、あやはもう一度

「指輪、すっごく嬉しかったんだから」

と言う。

「今度はちゃんと正社員になろうと思うの。面接用のスーツも買っちゃった。お金を貯めて家を出たいの」

「どうしたの急に?」

「多聞のそばに暮らしたいな」

アパートに転がり込まれるのは嫌だな、多聞は警戒する。

「急にいろんなことを始めると疲れちゃうぞ」

クリスマスまで喧嘩をしたくない、多聞は優しい声で言った。


 薬が効いているのか、あやはすぐに寝入ってしまう。多聞は眠れないままスマートフォンをいじり、久しぶりにフェイスブックに入る。ネットの世界で皆は自分をよりよく見せるために、クリスマスを舞台に自分を演じるのだ。

 案の定、電飾のついたクリスマスツリーやテーブルに満載された料理の写真ばかりがアップされている。


 桐島美咲のページにはクリスマスらしさはなかった。新幹線の車内から撮ったと思われる新大阪駅構内の写真が掲示されている。

「怒涛の全国学会行脚絶賛続行中。大阪に行ってきたよ。来年は日Q国交正常四十周年。だから年末からQ国関連の事業や学会が多い。週明けは仙台で学会。今日中に仙台用の資料を揃えなければ。全然終わらない。イブのうちにケーキ食べたいよ。この際コンビニケーキでもいい。合掌」

多聞はコメントを残してみた。

「ある意味俺より楽しそう。羨ましいよ。もうケーキにはありつけたかな?」

多聞のベッドでは心の病の恋人が寝息を立てている。


 しばらくすると美咲は写真をアップした。コンビニエンスストアの写真だ。店の隣は中華料理屋で、多聞はそこが勤務先の中学校に近い店だと分る。コメントは「憩い」。

 美咲はさらに写真をアップ。明らかにコンビニで買ったと思われる小さなケーキの写真。

コメントは「おいしいよ」

 面白い人だなと多聞は思う。この人、恋人がいないのだろうか。


 一月の末、美咲のフェイスブックを覗いてみた。更新は止まっていた。もうQ国に帰ったのか。研究が忙しくってフェイスブックどころではないのだろう。それきり多聞は美咲のことを忘れて行った。



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