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『あなたは私の手違いで死んでしまいました』
『本当はあなたが死ぬ必要なんてなかったのですが...』
『本当に申し訳ないんですけど、じゃあ蘇らせます、なんてことはできないんです』
『実はいろいろ規則があって、地球で死んでしまったら蘇ることはできない掟があるんです。それで、ほんのお詫びといってもあれですが』
『「異世界」』
『に行ってみませんか?』
「に興味はありませんか?」
『あ、すいません!なにかおっしゃいました?』
コホン、と小さな咳を一つ。別に何も言ってませんとも。何もなかったよほんとだよ。
...よし、なんてこったい。現在の状況がよーくわかった。今起きていることがファンタジー小説を読みすぎたことによる俺の夢でない限り、俺はファンタジー転移モノのお約束を体験している真っ最中だということだ。
説明しよう!転移モノのお約束とは
なんか死ぬ→神様に遭遇→チートもらって異世界へ!
以上
もうこれはお約束なのだ。それ以上説明のしようがないモノ。世界に存在する物理法則、七つの玉を集めると竜が出てくる、食パンくわえた少女が登校中に道の角でイケメンとぶつかる。このように「そうなるのが当たり前」なことなのである。
俺はどうやら死んだらしく、そこに神を名乗るものが謝りながら登場してきた。ここまできたのなら流れも分かる。もちろんこんな冷静なのも自分が死んだ実感が何一つないからだし、死の実感が湧いてこようモノなら俺は一瞬で泣き叫ぶ自信がある。実感がないからと言って相手を気遣うこともしたくないが。
ラノベの主人公じゃないんだ。こうなるとどうやら俺が死んでいることも日本にはもう帰れないことは確定らしいし、その原因に気遣うことなんてできやしない。表面上落ち着けているのは先程のやり取りのようにふざけ半分で過ごしているからだ。ただあれだな。現実で相手の言うことをぴったり予測してかぶせるなんて無理。
...少しやってみたかったんだよ!
三割ほどはあれだ、あきらめて受け入れるんだ。『まずは受け入れることだ』ってだれかえらい人が言ってた気がする。わめいても仕方がない、話が進まない、叫ぶのは後で。ただひたすら心の中でお経のように繰り返す。それが真実だと、その通りなのだと自分の心に植え付けるように。
そうでもしないと。いや、そうしても心が折れてしまいそうだったから。
後はもう意地。ここで泣き叫ぶのはカッコ悪い。目の前に神様がいるのに相手を困らすようなことは俺の矜持的なものに反する。ただそれだけ。
必死に冷静を取り繕って神様の話を聞く。だめだ、考えすぎると泣けてきそ『紫陽さん!』「はいっ!?」
『本当に、ごめんなさい』
意識を戻すと目の前では神様の土下座が。
見上げるようにのぞき込む彼女の美しさに思わず息をのむ。見惚れてしまいそうなその顔はあまりにも現実離れしていて。そして、その目の端に浮かぶ雫を見て感情は一気に落ち着いた。
先ほどよりもいくらか砕けた口調での謝罪。けれどもそれは先程よりもずっと心が籠っているように感じられた。
「頭をあげて下さい」
『紫陽さん...』
「すいません、落ち着くのに少し時間がかかってしまいました」
『い、いえ!本当にこちらだけが悪いのです!紫陽さんはほんとに被害者です!』
ものすごい勢いで頭を上げ下げする彼女。神様なのに下っ端みたいな感じがして、そのアンバランスさに思わず少し笑ってしまう。
「いえ。とりあえず異世界について話をしてくれませんか?」
『わかりました、とりあえず何から話しましょう?』
さてと。少しは落ち着けたことだし、まずは情報収集だ。
「なるほどね」
かなり長い間話を聞いていた。一度の説明でなるほど!なんてことはできるはずもなく、何度も繰り返して話してもらったり途中で休憩をはさんだりしてもらった。神様はそんな要望に嫌な顔一つせずに頷いてくれた。うすうす気づいていたが本当はいい人(神?)なのかもしれない。自分を死なせてしまった相手にそれはおかしいのだろうけど。
異世界とは予想していた通りの場所だった。主な設定としては、魔法が飛び交い、スキルを駆使し、己を鍛え、魔物と戦い、魔王を討つ。ネトゲとかにありそうな世界観だ。特に重要だと思ったのが
ジョブ・・・その人の魂の種類。その人自身の可能性、才能を示す。スキルなどに大きく関係。
スキル・・・可能性、才能を具現化された力の総称。多種多様。特殊能力的なもの。
魔法 ・・・よくあるパターン。火、水、土、風、光、闇。時とか空間なんてのはないらしい、残念。
魔物 ・・・敵。化け物。モンスター。金になる。魔王の部下。多種多様。
魔王 ・・・魔物の種族の王。魔王城にいる。人間滅ぼそうとしてる。敵。大金になる。当然1匹。
貨幣 ・・・金貨、銀貨、銅貨を使用。一枚、二枚とかではなく重さで払う。貨幣にしてるのは持ち運びとか分けやすいから(例 王様の身代金→プライスレス)
こんなところか。見事なほどにテンプレ通りだ。よくあるパターンだね。もう話の大筋が見えてくるようだ。あとはチートだ。
「いつ異世界に行くの?これで全部?」
『お待ちください』
来るか!?
『そのままいっても言語が通じません。幸い私が教えることができます。私も頑張るので頑張りましょう』
...あれ?
一年ほど経った。いや、正確にはわからんしそもそも時間の概念があるかすら知らないけど。言語は神様が何とかしてくれると思ったらそんなことはなかった。ある意味神様が何とかしてくれたわけだが。
日常生活で使う会話程度は話せるようにも書けるようにもなった。これぐらいできれば十分大丈夫らしい。むしろ一年ずっとこの言葉の勉強をしていたのに何もできなかったら泣いてる。つい先日知った話では勉強しなくても学べる手段はあったらしい。神様は学べるのならちゃんと学んだほうがいいという自分の考えのもと100%の善意でこんな流れになったわけだが、どうしても納得がいかないのは俺に楽なほうがいいという思いがかあるからなのか?というか、俺なんでこんなことしてんだろう...
なんだかいろいろ遠回りをした気がしなくもないが、やっと出発だ。腹は決まってる、目指すは平穏。そして帰還。神様は地球で生き返ることができないといっただけで、帰れない可能性がないわけじゃない。魔法なんかもあるんだ。俺はあの平穏が気に入っているんだ。絶対に帰る方法を探して見せる。
「それじゃあそろそろ。ありがとうございました」
『いえ、お礼なんて!こちらのミスなんです。では送り出すための魔法と』
「チート、お願いしますね」
『任せてください』
この一年で今から行く世界の危険性についてはだいぶ話された。そりゃ魔王が世界を滅ぼそうと企んでいる世界だ。地球と比べたら絶対に危険に決まっている。そんな世界で安全に暮らせるように俺は自身の強化を神様にお願いした。神様はもちろんですと受け入れてくれた。読み物としてはチートはあんまり好きじゃないけどいざ自分の身のことになると話は別だ。強いほうが絶対にいいに決まっている。このためにチートについてじっくりと説明したのだ。
『まずは送り出す魔術からいきます!』
掛け声とともに神様からの圧力がいくらか増したような気がする。神様の口からは全く理解ができない言葉が紡ぎだされ、その言葉が形となっていくように俺の足元が輝きだす。やがて足元にはっきりと魔法陣のようなものが浮き出してくると神様は汗もかいていない額を拭きながら『成功です』とつぶやいた。
…あれ、成功しちゃまずくね?
「か、神様?」
『大丈夫ですよ、ちーとの事でしたらもう既に考えていて形はできてるんです』
心配は無用だったらしい。先程と同じような圧力(魔力かな?)を感じたあとに光がおれに吸い込まれるようにして消えていった。今の流れだけだと俺がチートを強請っているように思えるがそんな事はないのだ。
「ありがとうございました、神様」
『いえ、お礼なんて!唯の償いなんです、こんな事で償えるなんて思いませんけど。…私が言うのも失礼かもしれないですけど、ショウさんお気をつけて』
「頑張ります」
俺は意識が途絶える時まで手を振り続けていた。
起床!
雲ひとつない青く澄んだ空。太陽の光がこれでもかというほど空から降り注ぎ、ここらの草原一帯を照らしている。風が優しげに頬を撫でていき、肺の中を澄んだ空気が満たしていく。
「素晴らしい…」
思わず言葉が漏れ出す。現代日本では決して体験する事はできないだろうこの景色。これが、異世界。
満足気な気分のまま俺は最初にすべき事を実行する。結局最後までチートの内容について教えてくれる事はなかったのだ。今の気分はプレゼントを開ける小学生だ。
「ステータスオープン」
言葉を呟くと現れたゲームのステータス画面のようなものを覗き込む。
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ショウ
ジョブ 無
スキル 無
ユニークスキル ちーと
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「ち、ちぃとぉ?」
ジョブが無となっていて無職っぽくなってる事も情報が予想よりも少なく手抜き感が否めない事も今はいい。
問題はユニークスキル。それ自体については説明を受けている。その世界で唯一のスキル。その希少性ゆえかとても強力なものが多く、またその人だけの可能性の具現化したものなのでいろいろな種類がある、らしい。
そこも別にいい。なぜ、そんなカタコト表記?
一年。神様と過ごしていた。それほど長く過ごしていれば大まかな性格くらいは容易につかめる。
俺は言い知れない恐怖のようなものを感じていた。その経験から導き出される予測に。祈る気持ちでそのスキルをタップしさらに説明を引き出す、
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ちーと 色々話を聞かせてもらって混乱しましたけどあれですよね!言葉を教える時に私にずっと言ってたやつですよね。ショウさんのために頑張って作りました。これでその世界のどんな言語でも読み書き翻訳バッチリです!
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俺が甘かったのだ。神様はどんな性格かわかっていたのに。善意100%でできたちょっと頭の弱いドジっ子神様(笑)だとわかっていたのに!
俺が甘かったのだ。思えば出会いから、スタートからテンプレな流れだったではないか。チートもらって大活躍、という流れと双璧を成す無能力転移者というテンプレがあるとわかっていたのに!
これは、唯の言語チートじゃないか!!作者大好き鑑定様や膨大な魔力、超絶スキルは⁉︎
ブチンと何か切れたような気がした。俺はキレた。とりあえず叫んだ。読んでた作品の一つにあやかって。
「あんの、駄女神がぁぁぁぁぁ!!」
《ユニークジョブ 運命に翻弄される者 を獲得しました》
《スキル 悪運 を獲得しました》
俺、雪村紫陽。神様にミスで殺され異世界へ。ショウと名前を変え異世界へ。
持ち物は神様にもらった僅かな金。チートは言語のみ!テンプレなんてクソッタレだ!
なろう作品の小ネタとかちょくちょく挟んでいきたいです。わかる人にだけちょっとわかる程度に。
あと、主人公は別に小物とかキレやすいとかそんなことではなくて本当に一般人なだけなんです。
なんか勝手に殺されてお詫びだなんて言われて連れてこられたのは危険な世界で本来あったはずの命の保証もなしなんですから。そりゃキレますわ(笑)