一本の杭
誰もその名を呼ばないものに、
誰もそれの事を気にかけないものに、
ただじっと役割だけを果たし続けるものに、
挨拶をして風が過ぎていく
陽差しは穏やかに微笑んでいる
街の騒音は素知らぬ顔だ
一本の若木を支えているから
このひとのいいように、
強い風から、揺れ動くことから、
支えているから
今、爽やかな日蔭で、
好い風がこのひとの梢を
柔らかく揺らしていること
平穏である沈黙をじっと
窓の内側に映る勝手な声々……
目を見開いて、口を裂いて
動き回ることが美徳
支えるよりも押し飛ばし、
誘うよりも引っ掴み、
干渉の速度は加速していく
急に天が黒くなってきた
何やらチリチリとする
視界を引き裂く閃光、轟
姦しさは息を呑み、
行き継ぐ間もない稲光の嵐が荒れ狂う
名もなき杭と頼る木は、
じっと変わらず支え合っている
風雨激しくなる中を
ひたすらお互いに支え合っている
かたや声の顔の一同は、
慌てふためきしどろもどろに
顔に色無く眼は虚ろに
帰る足取り覚束かず
嵐が去って陽が差せば、
若草色に透き通る
梢の葉先に散りばめる、
耐えた誇りの雫の純粋
姦しさ戻る一群は、
眦決して足元の
泥濘指して文句を一つ、
落として行った
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