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また来たのん

 魔王、ヴァンパイア、陽巫女の三人プラス勇者――本人はまだ隠しているつもり――らしき男という、魔王様御一行というべきか勇者様御一行というべきか、呉越同舟の見本ともいえる四人組がレッサーデーモン二体と遭遇したのは、中央山脈の麓にある城への道すがらであった。

 かつて幸雄が山側から攻めた城へ反対側から向かっていたのだが、現れたのは報告にあった未知のモンスターではなく、既にお馴染みの悪魔型モンスターだった。

「ここは私に任せてもらおう! さあ顕現せよ、聖剣ユングヴェルド!」

 喜び勇んでそう叫んだのはロリンマックスことマックス氏だった。

 その声に応えるかのように、無駄に豪奢な鎧がひときわ強い光を放つと、マックスの左手甲には構えれば体のほとんどをカバーできそうな縦長のシールドが優雅な流線型を描き、右手には刀身に淡い光を纏ったこれまた豪奢な大剣が握られていた。

 どのような原理か教えてもらえなかったが、鎧自体の自己修復機能で凹んだ手甲は元通りの輝きを取り戻し、マックスの両腕も多少やりすぎた感を覚えた幸雄が回復魔法で治療したため、今のマックスはほぼ絶好調と言っていいだろう。

「くっ、聖剣と盾を召喚だと? いや、これもあの鎧の機能か? 自己修復機能といい有能すぎるだろ、その鎧! くそっ、ロリンのくせに、ロリンのくせに……」

 特に重要でもないのに、よほど羨ましかったのか幸雄は二回も恨み言を呟いていた。

 マックスとしてはディフィルにいいところを見せたかったのだろう。輝く聖剣を高く掲げて「行くぞっ!」と一声放って自分に注意を向けさせると、レッサーデーモンの片方に向かって突撃した。

 幸雄は舌打ちひとつでその悔しさを紛らわせると、聖剣を装備した重装勇者が邪悪なモンスターを一刀両断にしようと襲いかかるのを眺めた。

 昨日、自分たちの脅威にはならないと断じはしたが、マックスの本当の実力を見ておきたかったので、これ幸いと丸投げすることにしたのだ。

 もっとも、普段の残念ぶりがどうしても彼の評価を著しく損なっているが、わざわざよその世界から邪悪な魔王を倒すためにやって来たほどの存在だ。レッサーデーモン二体程度では無双して得意げに自慢でもしてくることだろう。

 そんなうざい未来を想像してイラッとしつつ、幸雄は腕を組んで「さすおに」的セリフを棒読みで言いかけ――

「わー、さっすが勇者さ…………なんか苦戦してないか?」

 発売初日でまだ誰からも評価されていないのに既に好評発売中というCMが流れるように、幸雄はマックスの圧勝を予め評価しようとしたのに見事に裏切られた形だ。

 マックスの大上段からの一撃は、あまりにもばればれすぎたためにさらっと躱され、そのレッサーデーモンがバックステップでマックスの間合いから逃れるうちに、もう一体のレッサーデーモンが槍の刺突を繰り出してきた。

 マックスは左手のシールドでそれをはじくと、聖剣を振って一体目のレッサーデーモンを牽制する。

 秒殺かと思われた一戦は、現在の幸雄から見ると互いに警戒してなかなか打ち合わないボクシングの試合なみに見ごたえのないものになっていった。

「……えっ、ちょっ、ロリンさん……まじ?」

「くっ、モンスターめ、まさか二匹で連携を取ってくるとは……敵ながらあっぱれ」

「連携? してないだろ……まさかあの鎧、本当に力を抑える機能でもついてるのか?」

 幸雄は開いた口がふさがらないといった状態で、しばらくぽかーんとその戦いを見守ってしまった。

 直接モンスターとの戦闘を見たことのなかった陽巫女は少しはらはらしていたが、ディフィルは幸雄にもたれかかってうとうとし始めている。

「いやいや、レッサーデーモンごときとお前なかなかやるな、お前もな……的なことやってないで、さっさと終わらせてくれよ。ディフィルが暇すぎて寝込んじまったじゃねえか……」

 幸雄の呆れ交じりの呟きに現状を悟った陽巫女が独断で身体強化の巫術をマックスにかけた。緋色の霧が瞬時にマックスの周囲を覆い、驚くマックスに陽巫女がやや緊張した声をかける。

「マックスさん、身体強化の巫術をかけました! これで普段以上の力を発揮できるはずです!」

「むっ、おおっ、力が漲ってくるっ!? これなら――」

 平常時はレッサーデーモンにまったく歯が立たなかった西国兵を互角以上に強化した巫術が、マックス一人に対してその威力を惜しみなく発揮した。

 対象が範囲となると舞が必要だが、個人が対象なら無詠唱でより効果の高い身体強化が可能なのだ。

 重装ゆえの鈍重な動きが一変、マックスは何も装備していない時以上のスピードで踏み込んだ。急激な変化にまるで対応できない片方のレッサーデーモンの首をその光輝く聖剣で斬り飛ばし、その勢いのまま反転してもう一体のモンスターも鮮やかに斬り捨てた。

「どうだ、邪悪なるモンスターどもよ、正義の剣はお前たちの存在を決して許しはしないっ!」

「…………わあーさすがゆうしゃさまー、(あくびで)なみだがでちゃいましたー」

「……お疲れさまでした、マックスさん」

 幸雄のあまりの棒読みっぷりに陽巫女もマックスの実力を悟ったようだが、そこはよくできた指導者でもあるだけにマックスを労うことも忘れない。

「いや、助かりました。すばらしい強化魔法ですよ。これほど身体中が力で満ち溢れたことは初めてですっ! あなたは世界一の魔法使いです!」

 かなり興奮気味のマックスは、この世界に来てはじめて陽巫女に興味を持ったようだった。

 陽巫女自身も決して発育自体は芳しいものではないが、それでも幼女というには醸し出す雰囲気や纏う気品がむしろ淑女と呼ぶに相応しいものとなっているため、今までマックスの興味を引くことはなかった。

 しかし、おそらく自分の世界でもこれほどの身体強化魔法を使える者はいなかったのだろう。陽巫女は年齢や身体的特徴ではなく、その魔法の実力で幼女以外に興味を示さなかった男に絶賛されるという異例の栄誉を賜った。本人がそれをどう感じたかは別問題だったが。

「そして我が女神よ、見ていていただけま…………」

 興奮していてもぶれることのない勇者は、肝心の幼女に自分の活躍の感想を求めようとその姿を探したのだが――

「なんということでしょう。先程まで元気だったディフィルさんは、匠の戦闘を子守唄代わりに夢の世界へと引きこもってしまったのでした」

 マックスが目にしたのは、幼女が幸雄におんぶされて幸せそうに寝息を立てているという素朴で家庭的な、否、絶望的な光景だった。

「ななな、なんという……なんという――」

 面頬に隠れて幸雄からは見えなかったが、おそらく涙が滂沱として流れ落ちていたことだろう。

「うらやましい。代われ、代わってくれ。その役は私のものだ、と、男は震える両腕を幼女を背負ってたたずむ少年へと伸ばしかけた」

「ユキオさん、勝手に妙な解説を入れないでください。いくらマックスさんだって――」

 常識的に、そう弁護しようとした陽巫女だったが、幸雄の的確すぎるナレーションに生きる彫像のごとく固まってしまった鎧の男を見て絶句した。

「いや、すまん、なんていうか、俺もここまではまるとは思わなかった」

 幸雄としては普段通りの軽い冗談のつもりだったのだが、幼女好きであることも隠していたのか、それが世間一般の常識とは異なることを自覚していたのか、マックスの反応があからさますぎた。

 そんな少々気まずい雰囲気が流れる中、空気を読んだのかディフィルが不意に目を覚まして背後に顔を向けた。

「おっ、目が覚めたか、ディフィルさん?」

「……また来たのん」

「また来たって、レッサーデーモンか?」

 とりあえずマックスを放置することにして、幸雄はディフィルが見つめる先に自分も体を向けてみた。

 すると間もなく、幸雄は微かな振動を感じとった。まだ遠いがズシンズシンと重苦しい音を伴った揺れが徐々に強く大きくなっていく。

「うわー、なんか前もこんなことあったよな。嫌な予感しかしねー」

 ディフィルを下ろした幸雄が顔をしかめていると、遠目では人間とあまり変わりないように見えるが、その周囲の木との対比で明らかに大きさが異常であることが窺える巨人がこちらへと近づいてくるのが見えた。

 かつて、ドワーフ隊長ダラリウスからの書状を運んできたのは、どう考えても伝令には向かない巨大なオーガだった。それは、今は亡き悪魔隊長グレスドッドゥスからの指示を伝える物だったが、そのこと自体に違和感を覚えた幸雄が魔王城へ急行するきっかけとなったことは記憶に新しい。

「な、ななな、なんだ、このモンスターはっ!?」

 彼の出身世界にこんな巨人はいなかったのだろう。すぐ近くで止まった自分の倍近い巨体を誇るオーガにマックスは度肝を抜かれたかのように尻餅をついた。

「おお、ロリンが動いた。偉いぞオーガ」

 あの時の個体と同じかどうかは不明だが、そんなことはどうでもよかった。幸雄はとりあえずこの妙な雰囲気を打破してくれたオーガの功績を称えた。

 だが、オーガがそんなことを理解するはずもなく、今回も運んできた書状を幸雄に差し出した。

 幸雄がそれを受け取り頷くと、オーガはどこか誇らしげに元来た道を引き返そうとして、そのまま前のめりに倒れた。

「オーガッ!? どうした、いったい――!」

 背を向けたことで始めて見えた。オーガの背中が何か鋭い刃物で切り裂かれていたのだ。

 既に血は止まっているようだが、とても山麓から走ってこられるような傷とは思えなかった。

 その証拠に、オーガは満足そうな表情をしたまま事切れてしまった。

「そんな、嘘だろ……」

 モンスターとはいえ、共に戦った仲間であり重要な部下だ。今ではその一部が先の戦で西国軍の攻撃を受けた東国の復旧にもその怪力を揮ってくれている。

 呆然とする幸雄を叱咤したのは、やはり陽巫女だった。

「ユキオさん、呆けている暇はありませんよ! オーガが最後の力を振り絞って運んできたからには、重要な何かが書かれているはずです。あなたには一刻も早くその情報を吟味し、必要な対策をとる義務があるはずです」

「くっ、すまん、そうだったな。俺がしっかりしないといけないのにな」

 自分がダメな時に的確なフォローをしてくれる陽巫女に「やべー、なんか頭が上がらなくなりそうだ」と、幸雄は感謝しつつも戦慄を覚えた。

 とはいえ、そんなことを表に出すわけにもいかず、幸雄はところどころ赤黒いシミに塗れた書状を開いた。

「な――ん――」

 なんということでしょう、といつもの軽口が出てこなかった。

「ユキオさん?」

 そこにはドワーフ隊長ダラリウスの武骨な文字でこう書かれていた。


 ――すまん、あとは頼む――

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