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締まらない出陣

 衛兵の緊迫した報告に幸雄と陽巫女が顔を見合わせた。

 陽巫女からの『心当たりは?』という視線に、幸雄は首を軽く横に振って応えた。

 たしかに悪魔隊長グレスドッドゥスからの置き土産に、今まで出さなかったモンスターが含まれていないとも限らない。

 しかし、その可能性は低いと幸雄は思う。

 もしも強力なモンスターを作っていたのなら、あの戦いに温存しておいた意味がわからない。製造可能なモンスターとしては、かなりハイレベルなアークデーモンですらすべて投入してきたのだから。

 逆に弱いモンスターならそもそも作る価値がない。モンスター製造の材料と期日には限りがあるのだから。

 ――そうなるとタイミングからして、このロリコン勇者関係なんじゃないかという気がしないでもないんだがなあ……。

 幸雄はちらっとマックスの方を見るが、豪奢な鎧の男は「おおっ、ついに我が女神に私の実力をお見せする時が来たようだ」となにやら嬉しそうに気合いをみなぎらせている。

 とても腹芸のできるタイプではないだけに、自作自演でこちらに恩を売るような形で取り入ろうといった思惑は――幼女以外にはまったく興味がなさそうだった。

「そうなると、さて、どうしたものかな?」

 今まで同様、野良モンスター狩りの延長線上で対応するか、それとも情報を収集して対策を練るべきかと幸雄が考えていると、

「私も出ましょう」

 陽巫女が毅然と言い放った。

「まじで?」

「ええ、未知のモンスターということであれば、私の巫術で身体強化を行った方が安全です」

「まあ、たしかにそうなんだけどさ。でも、あんた抜きでこの城は大丈夫なのか?」

「大丈夫、問題ありません。以前とは違い、腐敗した神官組織は駆逐してまともな運営組織を構築しつつあります。あらかじめ指示を出しておけば、しばらくは私が不在でもどうにかなります」

「お、おおう、そうか、さすがだな」

 かつて自分の意思が神官たちによって歪められていたことに気づきさえしなかった陽巫女は、戦に敗れたことでそのことを思い知らされ、己の存在意義に大きな疑念を抱いて自棄になっていた時期があった。

 表向き平静に振る舞っていたが、人民から距離を取ってあまり関わろうとせず、政治的にも幸雄に任せっきりで口を挟もうとしなかった。

 それが幸雄から旧西国の自治を依頼されるや、今までの雌伏の時を糧にしたかのように精力的に活動を始め、幸雄が大雑把に実行した組織改革を隅々まで浸透させてより完全で大規模な浄化を成し遂げつつあるのだ。

 ――なんか吹っ切れたようで何よりだが、やっぱり明らかに俺よりスペック高いよな、このねえちゃん。

 政治は自分の得意分野ではない――そもそもつい先日までただの浪人生でしかなかったわけだ――が、それでも同じ改革を行って結果に明らかな差が出ている現状を考えると、やるせない思いを抱いてしまう。

「ま、それはそれとしてだ」

 戦力的に考えても、陽巫女が同行してくれるのは心強い。

 レッサーデーモンが相手なら何十匹いようともディフィルだけでオーバーキル状態だが、それが未知のモンスターとなると話は別だ。

 もしもヴァンパイアに匹敵するような相手だったら、魔王の剣を装備していても今の幸雄では荷が重いし、ディフィルでさえ切り札たり得ないからだ。それだけに補助系の魔法使いがいれば精神的に余裕が持てるし、戦力の底上げにもなるのだ。

 ――だがそれ以上に、せっかく定番ネタがやってきたんだ。今はそれに乗らざるを得ないだろう?

 幸雄はニヤニヤしながらマックス氏を眺めやった。

「ふむふむ、しかしマックスさん、実力を見せつけるにも武器がないようだが、そんな装備で大丈夫か?」

「ふふふ、心配ご無用。武器なら我が王家に伝わる聖剣がある。普段はしまってあるので見えないがな」

 マックスは新しいおもちゃ自慢をする子供のように、青い瞳を輝かせ完全なドヤ顔で言い放った。

「へ、へえーそうなんだあ、さすが勇者様すごいすごい」

 イケメンのドヤ顔だけに、妙に様になっているのが癪に障るが、幸雄はとりあえず棒読みで称賛しておいた。

「まあ期待はしてなかったんだが……っていうか、王家とか聖剣とか言っちゃってるけど、大丈夫か、この情弱勇者?」

 ネタとしては期待外れであったが、想定外の情報漏洩に幸雄はむしろマックス氏を不安に思った。おそらく幸雄の出身世界に来たら、国にもよるだろうがあっという間に詐欺に引っかかって途方に暮れることになりそうだ。

 気になる要素――特に中二的には聖剣――はあったが、消化不良気味の幸雄としてはもう一声欲しいなと思ってしまう。

「というわけで、ディフィルさん、君もそんな装備で大丈夫か?」

「大屏風なのん、もんきいないのん」

「たしかにモンキーはいないし、でかい屏風もねーよ! そんなのあっても逆に問題あるだろ……っていうか、おまえ噛んでないだろ。わざとだよな? な?」

「ゆっきーは大丈夫なのん?」

 不都合な話は完全スルーなのか、ディフィルは澄ました顔で逆に幸雄にネタを振ってきた。

「大丈夫だ、問題ない――って、あれっ、問題ない? 問題ないわけ――」

「問題ないのん」

「ば、バカなっ、何もかもが一緒くたに問題ないことにされた、だと!? こ、こんな高等戦術まで繰り出してくるとは……ディフィル、恐ろしい娘」

 幸雄がディフィルの返しに本気で戦慄していると、

「…………ふみゅ?」

 幼いヴァンパイアは何を言っているのかわからないとばかりに、きょとんとして小首を傾げた。

「くそっ、そんなかわいらしい仕草でごまかしやがって、その手の人たちが見てたら速攻でお持ち帰りされ――」

 悔しさまぎれになかば冗談でそう言ったところで、まさにその疑惑を持たれる要注意人物がすぐ近くに実在していることを思い出した幸雄は、嫌な予感を覚えて錆びついたネジのようにぎぎぎっと首を振り向けた。

「お、おお、おおおをを、我が女神よ……な、なんという……ぜひとも、我が国へ、お持ち、お持ち帰りを――」

 案の定、そこには衝動を必死に堪えようとしているのか、まるで獲物を見つけたゾンビのように手甲に覆われた両腕を幼女へ向けながらもガシャガシャと震えている鎧人間がいた。

 ――やばい、禁断症状か!? 本物超怖ーーーっ! いや、まさかあの鎧は防御のためじゃなく巨大な暴走力を抑えるためのものなのかっ!? こいつ、ロビ○マスク……いや――

「隠せてねー! その危険な衝動隠せてねーよっ! ロリンマックスーーー!!」

 幸雄は妙なあだ名を勝手に叫んで、ディフィルに向けられた震える両腕を鞘に収めたままの魔王の剣で叩き落とした。

「ぐぶばはーーーーっ!」

 イケメンにあるまじき品のない悲鳴をあげて、ロリンマックスことマックス氏が崩れるように膝をついて両腕を抱きしめた。無論、その腕に幼女が抱かれていることはない。豪奢な手甲に中身がどうなったか不安になるような真一文字の凹みが生じ、守られているはずの腕を通して全身に稲妻が走るほどの衝撃がマックスを襲ったのだ。

 手甲がなければ骨が完全に折れて、いや、砕けていただろう。

 幸雄は娘にたかろうとした悪い虫を叩き潰そうとする父親のように、思わず全力で危険人物にツッコミをぶち込んでいたのだ。

「おっと手が滑った。すまん、大丈夫か、ロリンマックス?」

 まるで悪いと思っていない口調で幸雄がマックスに声をかけた。

「だ、大丈夫だ、問題ない………………」

「ここでかよ」

 明らかに問題がありそうな涙声だったが、本人が問題ないと言っているのだからきっとそうなのだろう。

 ロリンマックスで通じたのもどうかと思ったが、それも本人が問題ないと言っている以上、無情にも幸雄は一緒くたにこの一件を完了とした。

「……そろそろ気は済みましたか、ユキオさん?」

 いい加減うんざりしたのか、それともタイミングを計っていたのか、陽巫女がどこか嘘くさい笑みを浮かべていた。

 幸雄は身の危険を感じて思わず後退った。

 ――やばい、怒ってる。

 それもそうだろう。未知のモンスターという脅威が迫っているというのに、ネタに走ってグダグダしているのだ。

 再び旧西国を預かる身となった以上、今度こそ責任を持って国と民を護ろうとしている陽巫女の前でするべき行動ではなかった。

「ももも、もちろんです。そろそろ出陣と行きましょう! ロリン……いや、マックス氏も準備万端のようですし」

「準備万端? そう……あなたがそう思うのならそうなのでしょうね、あなたの中では」

「……あんたもネタに走っとるやん」

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