幕間
幸雄たちが部屋を出ていくと、どうやらうまくいったようだとマックスはほっと息を吐いた。
目覚めた瞬間、お前は誰だっ! と正体を問い質された時は、気を失っている間に何か致命的なミスを犯していたかと肝を冷やしたが、それほど追及されることもなく難を逃れることができた。
なにやら妙にクリティカルな質問が出てきたような気もするが、そこもなんとか誤魔化すことができた。
まさかこんな辺境の世界で、いきなり異世界人であることを疑われるなど思ってもみなかったが、どうやらあの少年なりの場を和ますための冗談だったらしい。
とはいえ、凡庸そうに見えて、実は直感に優れた侮りがたい人物である可能性もある。
なにしろ、ここは異世界の魔王に襲われた世界なのだ。異世界人という存在に敏感になっているのかもしれない。
おそらくこの世界では、異世界人=魔王の手下といった認識が広まっていることだろう。
「気を付けないと、私まで魔王の一味と疑われかねないからな」
この世界の情勢をまだ詳しく掴めていないため何とも言えないが、いまだ魔王の支配下から逃れることはできていないだろう。
なにしろマックスの知る限り、侵略された世界が自力で異世界の魔王を倒したという前例は皆無に等しいのだ。
魔王とてバカではない。世界を渡るほどの力を持つ魔王なら、異世界征服に乗り出す前に、その世界との戦力差をある程度把握して勝利を確信してから実行に移すものだ。
よほど無謀で好戦的な性格でもない限り、負けると分かっている相手に喧嘩を吹っ掛けることはない。
マックスは出立前、この世界が魔王に征服されてからまだ日が浅いという情報を得ていた。
そのため、世界の隅々まで完全に掌握されるまでは、まだ時間がかかるはずだと想定していた。
わざわざ行き倒れていた自分を介抱してくれたことから考えて、この辺りはまだ魔王の支配下にはないと考えていいだろう。
初体験だったとはいえ、世界を渡った影響で気を失ってしまうというミスを犯してしまっただけに、この状況は非常にラッキーだったと言える。
もしもモンスターどもがはびこる環境下に投げ出されていたら、自分は勇者どころか何も成しえずにただ殺されるためだけに世界を渡った愚者になるところだったのだ。
「それだけに、あの幼い女神には感謝してもし足りない……いや、本当に輝くような白い肌といい、私を見つめるつぶらな紅い瞳といい、ふっくらとしたほっぺたといい、さらさらの黒髪といい、折れそうなほどに華奢な体躯といい、本当になんという……なんという女神なんだ」
次第に興奮してきたためか、元から語彙が貧相なのか、幼いヴァンパイアを表現すべき言葉が『女神』以外に見つからなくなったようだ。
幸雄がこの場にいたら、ドン引きするどころか下手をすると問答無用で魔王の剣『フィズテイザー』を振り下ろしていたかもしれない。
「……ご、ごほん、少々取り乱してしまったか」
室内に誰もいないことはわかっていたが、マックスは落ち着かなげに周囲を見回した。
「いや、しかし、この状況は運命的なものかもしれない。あの女神が私を見出してくれたから、無事に私は魔王と戦えるのだ。おお、女神よ、あなたの御身は必ず私がお護りしてみせましょう。そして、あなたを危険に晒す悪しき魔王をこの手で打ち滅ぼして御覧に入れましょう。そのあかつきには――」
ぜひとも私の世界へとお連れいたしましょう――と、マックスは自分に酔うかのように幼いヴァンパイアをお姫様だっこで連れ出す未来を脳内に描き出した。
幸雄がこのセリフを聞いていたら、中二どころか完全にあちら方面の危険な紳士だと断じ、迷わずしかるべき場所に通報していたことだろう。
マックスはディフィルがただ自分を見つけてくれただけだと思い込んでいた。実際は室内に鎮座している重厚な鎧ごと自分を運んでくれたのだが、あの幼い外見から規格外のパワーを想像しろというのは酷なものだろう。
そもそも彼の出身世界にヴァンパイアという種もそれに近似する種も存在しないのだ。
それゆえの盛大な勘違いだったが、その女神自身が魔王の側近であり、凡庸なのか非凡なのか判別しがたいあの少年が魔王であると想像することはさらに困難であっただろう。
育ちは良さげだが、幸雄の出身世界なら逮捕されかねない趣味を持った青年は、ロリ女神のためにも明日には早速魔王退治に出発しようと英気を養うのだった。




