そっちかよ
つい条件反射的に突っ込んでしまった幸雄だったが、それ自体が本来起こるはずの無い事だと同時に気づいていた。
――この世界の人間じゃないのに現地語だと? あからさまに胡散臭いじゃねーか。
もちろん、陽巫女が知らないだけで本当はこの世界の人間だという可能性はゼロではない。
異世界人であったとしても、たまたま双方の言語が酷似しているだけだったという可能性も限りなくゼロに近いがゼロではない。
さらに、魔王たちが使用している共通語ではなく、この世界の言語と思われる言葉を口走った以上、おそらく大魔王関係の人間である可能性も低い。
――まあ、俺たちと別ルートでこの世界の言語を既に覚えていた、という可能性もあるけどな。とりあえず現地語でいってみるか。
ぱっと思い浮かんだ可能性を脇に置いておき、怪しげな笑み――本人は悪の首領らしい邪悪な笑みだと思っている――を浮かべ、幸雄は腕を組んで芝居がかった口調で話しかけた。
「ふふふ、ここがどこかも分からぬのか?」
陽巫女が呆れた様子で幸雄のことを見ていたが、ベッドで身を起こした若者を注視している幸雄がそんなことに気づくわけもない。
「……あ、ええと、どこでしょうか?」
目が覚めて突然「お前は誰だ!」と叫ばれた挙句に、不気味な笑みを浮かべて話しかけられたら、誰でも困惑して言葉をなくすか、警戒して態度を硬化させたりするだろう。
その若者はあまり思考する余裕がなかったのか、思わずもっとも無難な返事がこぼれ出てしまったといった様子だった。
――ふん、完全に現地語だな。しかも、陽巫女がいるのに特に態度が変わったりもしないか。
幸雄は、若者が自分とそのすぐ近くにいる陽巫女にも視線を送ったのを確認した。
あんな立派な鎧を所持している以上、それなりの家の人間だと思われるが、それがこの世界でもっとも有名な人間である陽巫女を知らないとは考え難い。もう少し慌てるなり恐縮するなり、何らかの反応があってしかるべきだろう。
これはやはり現地人にまぎれるための偽装工作でもしようとして失敗した、といったところだろうかと思ったところで、幸雄はふといたずらを思いついてしまった。
自分でも無自覚に先程とは異なるいい笑顔を浮かべると、ちらっと陽巫女に意味ありげな視線を送ってから若者に話しかけた。
「なあ、俺、本当は異世界人なんだけど、あんたはどこの世界から来たんだい?」
陽巫女が軽く息を呑む音が聞こえたが、幸雄はベッドの上で硬直した若者に視線を向けたままだ。
――おお、あからさまに硬直しちゃったぞ。こりゃカマかける必要もなかったか。どっかの育ちのいいお坊ちゃんが勇者になって、お節介にもよその世界の魔王退治に乗り出してきたってところか?
「……あ、あの、異世界とか、な、何のことでしょうか? わ、私は普通にこの世界の住人で、名を……マックスといいます」
「おやおや、こちらの世界の方でしたか。これは失礼失礼……ってか、俺もこの世界の住人なんだよ(今は)。お揃いだね。ちなみに俺は、小林幸雄っていうんだ。よろしくな」
――やべえ、腹痛え。マックスってなんだよ? 明らかにこの世界の名前じゃないだろ。偽名にしたって、もう少しそれっぽいの考えとけよ。正体隠したいんならちゃんと設定作っとけって。
危うく吹き出しそうになるのを堪えた幸雄は、内心で爆笑しながらも嘘くさい笑みを貼り付けたまま右手を差し出した。
「えっ、あ、そうでしたか。いや、お揃いで良かったです。こちらこそよろしくお願いします」
まだ目覚めたばかりであまり頭が回っていないのか、それともちょっと頭の出来が残念なのか、若者はどこか抜けた返答をしつつ、人好きのする笑みを浮かべて幸雄と握手を交わした。
幸雄は嘲りを隠しつつ握手を解くと、半歩ほど斜め後ろに控えていた陽巫女に顔を向けた。
「そんで、こっちが陽巫女ちゃんで――」
「なにが陽巫女ちゃんですか、ユキオさん。紹介するならもう少し真面目にしてください」
「ごめんごめん、美人さんに怒られるってそっちの業界の人たちにはご褒美……っていうか、いいかげん本名教えてくれてもいいのに」
いや、自分はそっちの業界人じゃないけどね、と幸雄はろくでもない言い訳をしながら上目使いになって言ってみた。
「前にも言いましたが、私にはそれ以外に個人を特定する名称が与えられておりません」
「でもルティアだって陽巫女だけど、ちゃんとルティアネスって名前あるじゃん」
「ルティアネスさんとは若干事情が異なるのです。それよりも――」
病人を待たせてまでする話ではないと、会話を打ち切るようにして陽巫女がベッド脇へ進み出た。
「はじめまして、マックスさん。私がこの城の主である陽巫女です。このたびは災難でしたね。我々の仲間であるルティアネスさんがいらっしゃればすぐにでも回復して差し上げられたのですが、あいにくと不在ですので、自然回復するまでゆっくりしていってください」
幸雄には「仲間」と口にした時の陽巫女がどこか誇らしげに見えたが、特に茶々を入れることはしなかった。まったくたいしたことではないのだが、そのくらいには空気の読める男だと彼は自負していた。
「あっ、いいえ、こちらこそご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません。高名な癒し手の方がいらっしゃるのかもしれませんが、こうして助けていただいただけで充分にありがたいことです」
幸雄の言うところの巫女装束を身に纏った陽巫女は、生まれ持った気品がなせるのか、威圧的になることもなく自然と城主としての挨拶を済ませた。
「いえ、お礼ならそちらのディフィルさんに言ってください。彼女がいなければ今頃どうなっていたかわかりませんでしたから」
「えっ?」
陽巫女が目線で促すまで小柄なヴァンパイアの存在にまったく気づいていなかったらしい。
慌てて振り向いたマックスは、ベッドの反対側で小首を傾げた少女に気づくと、よほど驚いたのか思考も動作もフリーズしたかのように物言わぬ彫像と化した。
――おいおい、大丈夫かよ、自称マックスさんよ。いくらディフィルがしゃべってなかったとはいえ、別に気配を消してたわけでもないだろ?
そう嘲笑いながらも幸雄は内心安堵していた。
この若者は脅威にはならない。
いざとなれば、ディフィルに頼ることなく自分の力だけでどうにでもできる。
マックスの一連の言動から、幸雄はそう結論付けることができた。
だが安心したのも束の間、それまでの懸念とはまったく異なる意味での不安要素が弾丸となって幸雄の鼓膜に撃ち込まれた。
「……女神か」
「…………んっ?」
今何か非常にいかがわしい言葉が右の耳から左の耳へと突き抜けていったような気がした。
――気のせいか? いや、待て、ちょっと待て、ま、まさか、このイケメン、そんな、まさか……
幸雄がたいして長くもない人生で出会った中で、5本の指に入る美しさを誇る陽巫女にまったく興味をそそられた様子もなかったのに、あろうことか小学生くらいにしか見えないヴァンパイアを相手に時を忘れて見惚れるほど、異常な食いつきを示しているのだ。
無論、ディフィルが魅了を使っているわけではないのは、この距離で自分が何も感じていない以上まちがいない。
突如、悪寒と冷汗が幸雄の背中全体をゲリラ豪雨のように灰色に染めて流れ落ちた。
世の中の父親は、娘がストーカーに目をつけられたりした時、こんな思いを味わうのだろうかと妙な考えが幸雄の中二脳に激震を与えた。
「マ、魔ックスさん、うちのロリに何か?」
混乱する中二脳から発された言葉は、単語もイントネーションもどこか壊れていた。
「――――うぇっ? あ、いや、ななな何でもありません。ちょっと驚いてしまっただけです。申し訳ない」
いったい何に驚いたのか不明だったが、幸雄としてもこの件を深く追及するのが躊躇われてしまった。
――いや、あまり無理に追い詰めると、かえって危険な感じがしないでもないんだ、うん。
幸雄はそう自分を納得させると、この別の意味で胡散臭くなったイケメンを要注意人物に認定した。




