性能の違いは……
第三魔王と呼ばれていた巨人が、部下である悪魔隊長グレスドッドゥスに討たれた当初は、その事実の衝撃の大きさに魔王軍は大いに混乱した。
なにしろ、絶対的な存在であった魔王と三人しかいない隊長の一人が永遠に失われたのだ。
純粋に戦力という意味では半減どころか万分の一にすら満たないだろう。
だが何よりも、魔王という精神的支柱の喪失があまりにも大きかった。
残された二人の若い隊長は、経験でも適性でも、とても魔王の代わりなど務まりそうになかったし、本人たちとしても自分が魔王になるという野心も希望すらも持っていなかった。
実際、幸雄たちが悪魔隊長グレスドッドゥス討伐後に駆けつけた人狼隊長ラッテの取り乱し方は尋常ではなかった。
本人にも自覚がないままに狼化と人化を繰り返し、狼としての咆哮が近辺に棲んでいた動物たちを震え上がらせ、人としての慟哭が救出に間に合わなかった幸雄を自責の念で苛んだ。
幸雄は人狼隊長ラッテをどうすることもできず、ただ時間が過ぎ、彼女が自力で折り合いをつけるのを待つことしかできなかった。
完全に置いて行かれたドワーフ隊長ダラリウスも、魔王城に到着して状況を悟ると膝をついてしばらく呆然としていた。
結局のところ、もっとも付き合いの短い幸雄だったからこそ、逆に影響が最も軽く済んだのかもしれない。それゆえに、幸雄が事情を話し、自分が魔王を継ぐと宣言した時、二人とも文句を言うこともなかった。
ある意味、このタイミングで小林幸雄という完全な部外者でありながら、経験はともかく、適性ではその二人よりはだいぶましな指導者もどきが魔王軍に加入していたことは僥倖といっていいだろう。
まるで何者かが意図していたかのように――。
目下のところ、そんな幸雄たちを悩ませているのは、悪魔隊長グレスドッドゥスの置き土産ともいうべきものたちだった。
用心深い悪魔隊長グレスドッドゥスは、いざという時のためにこの世界の各所にレッサーデーモン部隊を配置していたらしい。
しかし、彼の企みに気づいた幸雄が真っ先に魔王城を急襲してグレスドッドゥスを討ち取ってしまったために、出番すらなく命令系統を失った彼らは野良モンスター化してしまったのだ。
まだ大きな人的被害こそ出ていなかったが、モンスターに襲われそうになった、モンスターらしき何者かに畑を荒らされたといった苦情が届き、はじめて幸雄は自分が把握していないモンスターがいることを知った。
そのため、西国の復興作業を陽巫女とドワーフ隊長ダラリウスに、東国の復興作業をルティアネスと人狼隊長ラッテに任せて、幸雄はどこぞの副将軍よろしくお供に強力な用心棒を引き連れてモンスター退治の旅に出たのだ。
しばらく鬼ごっこをして落ち着いたらしいヴァンパイアと合流した幸雄は、当初の目的を思い出しつつ街道を歩いていた。
「まったく、あいつら放っとくと勝手に悪さしやがって。躾けのなってないガキみてーだな……って、モンスターなんてそんなもんか」
幸雄はふと元の世界で散々遊んだロールプレイングゲームを思い出した。
当然と言えば当然だが、たしかにゲームでもその辺にいる雑魚モンスターは組織だった行動などしていなかった。
あるいは、かつて強力なモンスターにこき使われていたものの、エクソダスではないが遠く離れた地に逃れて自由に生きていけるようになったのかもしれない。
「そう思うと、なんか勇者様ご一行の経験値稼ぎに利用されて消えていく雑魚敵って、なにげに切ないな……って、危ない、思考がおかしな方向へ旅立つところだった」
さすがに雑魚キャラにまで感情移入なんてしていたら、いくら灰色の中二脳でもそのうち処理限界を超えて焼き切れかねないと、幸雄は大げさに頭を振って余計な思考を追い払った。
「ゆっきー、あっちに誰か倒れてるのん」
「うん?」
そんなアホな考えごとをしていると、すっかり先程のことを忘れたかのような緩い声が聞こえてきた。
ディフィルの視線を追うと、右手に広がる森の少し拓けた辺りに物々しい鎧を身に纏った何者かがうつぶせに倒れていた。
「おおっと、こいつはなんかのフラグの予感」
いいおもちゃを見つけたとばかりに、幸雄は嬉々として駆け出した。
近づいてよく見てみると、兜を含め、全身を隈なく覆う金属装甲は、幸雄の知識でいえば西洋の騎士が装備していたプレートアーマーに近いようだった。
「へえ、ずいぶんと高級そうな鎧だなあ。よほどのお偉いさんなんだろうけど、こんなの着てる奴なんていたっけか?」
西国の重装歩兵の全身鎧と同系統かと思われるが、明らかに意匠がこの世界で見かけたいかなる物とも異なっていた。
各所に黄金や貴金属で見事な紋様を描いた華美な鎧は、実用性より芸術性に重きを置いているのではないかと思えるものだった。
とはいえ、造り自体はしっかりしており、この世界での平服だけで防具と呼べそうな物をまったく身に着けていない幸雄と比べたら、防御力は比べ物にならないだろう。
「うーん、怪しいなあ。まさか村人AとかBとかがこんな鎧持ってるわけないし、西国の指揮官クラスだってこんな豪華な装備じゃなかったしな……まさか異世界の……いやいや、そう都合よくおいしい展開があるとは思えないしな」
腕を組んで首を傾げる幸雄を見て、ディフィルが同じ仕草を真似してみたようだ。
自然と胸部が強調されることになるが、ふとそれに気づいた幸雄がそちらを見て、うん、揺れるどころかぴくりとも動かないな、と改めて失礼なことを思った瞬間、
「ゆっきー、動いたのん」
「うごっ!? な、ななな何も動いてな……いや、何も見てないぞ、何も……って、なんだ、何が動いたって?」
あまりに完璧なタイミングだったために、危うく自爆しそうになった幸雄だったが、なんとか先程と同じ危機を回避することに成功したようだ。
「その人の手がぴくって動いたのん」
「あ、ああ、その無駄に豪華な鎧野郎のことか、ああびっくりした」
「ゆっきー、驚きすぎ……なんか隠してるのん?」
「な、何を申されるか、ディフィルさん。今までこの俺がディフィルさんに隠し事をなさったことなんてあったでございましょうか? いや、ない……よね?」
デイフィルの微妙に鋭い突っ込みに命の危機を覚えて慌てたせいか、尊敬語と謙譲語と丁寧語と口語が無秩序に交錯した酷いセリフを吐いていた。
おそらく学校でこんな文章書いたら、先生にかなりの減点を喰らってしまうだろう。
顔をひきつらせて、怪しげな笑みを浮かべる幸雄に不審げな眼差しを送っていたディフィルだったが、時間の無駄だと思ったのか、ひとつ息を吐いただけで深く追及はしてこなかった。
「それでゆっきー、どうするのん?」
「そ、そうだな、とりあえず休めるところに連れて行ってやるか……といっても、この近くには村もないし、西国の城まで戻るしかないか」
つい昨日立ち寄ったばかりの西国の城が、この怪我人だか病人だかよくわからない人物を休ませるには最適だった。
「陽巫女になんか言われそうだけど、まあしょうがないよな……って、重っ!!」
重いのは分かっていたので、初めから力を入れて鎧の左腕部に肩を入れようとしたのだが、予想以上の重さに尻餅をついてしまった。
「ま、まじか?」
呆然とする幸雄を尻目に、まったくゆっきーはしょうがないなあ、と言いながら幼いヴァンパイアが鎧の胴体部に跨って両腕を腹にまわすと、次の瞬間には特に力を入れてるようには見えないのに軽々と宙に浮かびあがった。
身長の関係上、幸雄なら肩を貸すような体勢でその鎧を立ち上がらせることができただろうが、ディフィルではそれは無理なので鎧を抱えて空を飛ぶことにしたようだった。
「ゆっきー、先行くのん」
「あ、ああ」
体を鍛え続けているのでそれなりの力はついただろうと思っていた幸雄だったが、改めてヴァンパイアとの力の差を思い知らされて愕然とした。
無論、種族の差がそのまま性能の差であり、それがそのまま戦力の決定的な差にもなっているのが現状だ。
幸雄としては魔王の剣というチート武器なしで、それを覆すような日が来ることを願わずにはいられなかった。
「じゃないと、俺、完全に役立たずじゃね?」
現実の厳しさは、元の世界でもこちらの世界でも変わらないようだった。




