ヤクソク……ノチ
「ここは俺に任せて先に行けっ!」
怪しげなフラグが立ちそうなセリフを嬉々として吐き出した少年が、悪魔型のモンスター――レッサーデーモンの突き出してきた槍を半身になるように躱し、そのまま体をひねって1回転することで剣を振り切った。
狙いは正確で、山羊をあらゆる毒素で染め上げたようなレッサーデーモンの頭部が血飛沫を撒き散らしながら飛んでいく。
まるで有名なサッカー選手がドリブルで敵ディフェンダーをあっさりと抜き去っていくかのような華麗な身のこなしだ。
ほとんどの血飛沫すら避けて、調子に乗った少年――小林幸雄ががさらに次の敵の槍を跳ね上げ、一瞬で懐まで飛び込んで剣を振り下ろした。
異形のモンスターたちがそうして次々に斬り捨てられていくなか――
「……ゆっきー、どこに行けばいいのん?」
そこが戦場であることを忘れさせるような、のんびりとしたツッコミが返ってきた。
しかし、そのツッコミの主は日常の風景のどこにでもいそうな村人たちとは異なっていた。
幼い愛らしい容貌ながら、へにゃっと開いた口元から覗く鋭い犬歯は、簡単に皮膚を突き破って肉まで食い千切りかねない危険な印象を見る者に抱かせる。
また、小学生かよくて中学生程度の身長にもかかわらず、右手で持った重量級の大剣をまったく重さを感じさせないほど軽々と振り回してモンスターを屠っている光景は、ある意味悪夢としか言いようがない。
敵が悪魔のようなモンスターなら、こちらはヴァンパイアというまさに怪物だった。
「ふっ、それはもちろん約束の地だ!」
まるでそれが決め台詞であるかのように、幸雄はレッサーデーモンをまた一匹斬り倒すと、無駄に爽やかな笑顔を浮かべて言い放った。
約束の地――本来、それは彼の出身世界において、とある宗教で神がその信徒たちに与えると約束した土地のことだ。
だが、言葉の響きが良かったのか、彼の出身国では様々な物語やゲームなどに使われるようになり、ある厄介な病をこじらせてしまった患者たちがこぞって使いたがる言葉のひとつになってしまった。
無論、この少年もそんな病を患う者のひとりだ。
「……約束の……血?」
しかし、そんな異世界のローカルネタなど知らないヴァンパイアにとって、幸か不幸か共通語でも同じ発音だったその二つの単語を取り違えてしまうのも無理からぬことだろう。
ふんわりしているのにどこか危険な響きを帯びたその声に、少年はふと動きを止めた。
――あれっ、なんだこの違和感?
先程まで絶え間なく襲いかかってきていたレッサーデーモンたちも、残り少なくなったとはいえ、まるで空気でも読んだかのように攻撃をやめてこちらを窺っている。
否、蛇に睨まれたカエルのごとく、恐れをいだいて硬直していたのだ。
そんな圧倒的な気配を幼いヴァンパイアが放ち始めたことに少年も気づいた。
「ディ、ディフィルさん……?」
恐るおそる振り返ってディフィルの表情を見た瞬間、幸雄は己の失言に思い至った。
――約束の『地』じゃなくて『血』かよ!
それはほんの数週間前に、様々な手助けのお礼として幸雄がディフィルに差し出そうと、まさに約束した代物――『約束の血』だった。
直接噛みつかれるのはヴァンパイア化のリスクがあるからと、注射器のようなものを探して自分から血を抜き出し、ディフィルに飲んでもらおうと思っていたのだ。
ところが、戦後のどたばたもあって、うっかりそのことを忘れてしまっていた。
この反応からして、おそらくディフィルもそうだったのだろう。
それなのに、ここぞとばかりにドヤ顔で吐き出した余計なセリフのせいで、注射器代わりのアイテムも見つかっていないにも関わらず、ヴァンパイアに『約束の血』のことを思い出させてしまったのだ。
――まずい。これはまさかのおれ死亡のお知らせ……?
「……ゆっきー、どこ逝くのん?」
思わず後退りしていた幸雄に、つい先程とほぼ同じなのに全く異なる意味を持つセリフが怪しげな笑みと共に贈られた。
「やべぇ、守りたい、この笑顔。でも、怖い怖すぎる」
まだ昼なのに周囲を宵闇へと引きずり込むかのような漆黒のオーラさえ纏っていなければ、天使の微笑みといっても過言ではなかったであろう。
殺気だとかオーラだとか、幸雄の出身世界の人々のように知覚できなければ、その危険に気づかず幼い少女をお持ち帰りしようとしたかもしれない。
だがその笑顔は、今この場で幸雄の血液という供物を要求していた。
それはすなわち、ヴァンパイア化、もしくは生命の危機を告げているということだ。
幸雄は確実にひきつっているのが自覚できる笑みを無理やり作り出して言った。
「ま、待て、ディフィル! ち、違う、断じて違う! そ、そう、まだその時ではないんだ! 約束の『血』じゃなくて『地』なんだよ! 『ち』違いなんだ!」
「…………乳外?」
「……………………へっ?」
幸雄には、ディフィルが何を言っているのかまったく理解できなかった。
そんな単語は灰色の中二脳とやらには、どの皺の奥底を探してもインプットされていなかった。
――地違い、血違い、父Guy、乳害…………? 何だ? どういうことだ?
どんなに脳内で変換をかけても、ディフィルが言うニュアンスに辿り着けない。
奇妙な笑みを張り付けたまま、幸雄は頭をもがれ損ねた人形のように首を傾げた。
が、凶悪なオーラが嘘のように霧散し、どこか寂しげに自分の胸元に目を向けた幼いヴァンパイアを見て、幸雄はようやくその単語を理解した。
――まさか、乳外……乳にあらず、だと!?
「い、いやいやいや、それおかしい! そんな単語ないから! そもそもお前そんなこと気にするキャラじゃなかっただろ!?」
今までディフィルがその手のネタに食いついてくることはなかった。
実年齢はいまだに不明だが、外見年齢からして気にする必要のないことであり、実際気にしていなかったように思える。
だからこの反応には、幸雄としてもどう対処していいかまったくわからなかった。
しかし、そもそも見た目が似ているからといって、ヴァンパイアと人間の成長度合いを同じ尺度で測ること自体が無意味だともいえる。
ふたたびどす黒いオーラが滲み出してきたのを見た幸雄は、いつのまにか逃げ出していたレッサーデーモンを追うように、みずからも逃げ出した。
「ま、待て、お前らっ! ここは理不尽な怒りを買って巻き添え喰らってお前らだけ全滅するのがお約束だろっ!!」
レッサーデーモンからすればまさに理不尽な暴論だが、幸雄からすればそれがあるべき姿なのだ。
「だから待てっ! お約束を無視するんじゃねぇー!!」
かつて第三魔王と呼ばれていた巨人が、部下である悪魔隊長グレスドッドゥスに討たれてから二週間ほどが過ぎていたが、そのおかげなのか、世界はどこか微妙に平和な日々が続いていた。




