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これが現実

 意味がわからなかった。否、わかりたくなかった。

 オーガが命の火を燃やし尽くして運んできた書状の意味を、その書状にいくつも張り付いたシミが何なのかを――――幸雄は、だが、わからないわけがなかった。

「……おっさん、嘘だろ?」

 ドワーフ隊長ダラリウスは年齢的には幸雄よりほんのちょっとだけ上だったが、見た目が幸雄の世界――二次元だが――で有名な配管工に似ているせいか、もっと年を食っているように思えた。サバ読みすぎだろと幸雄は思ったが、実際にはほぼ同年代だった。それでも納得できなかった幸雄は、勝手におっさん呼ばわりしていたのだ。

 第一印象は決して良いものではなかった。軍議の席にいきなり余所者が、それも本来なら膠着した戦線を打開する切札的存在を呼び寄せるはずだったのが、現れたのは見るからに軟弱そうなただの中二病患者だったのだから扱いが悪かったのも仕方がないかもしれない。

 しかし、幸雄が立てた作戦が成功すると、悪魔隊長グレスドッドゥスとは異なり、その功績を認めて好意的な態度――よく背中を叩いてくるのは痛かったが――を取ってくるようになった。絡みが少なかった分、それほど友好関係が深まったわけではなかったが、それからは決して悪い関係ではなかったと幸雄は思っている。

 幸雄が魔王就任を宣言した際にも、少々逡巡したものの苦笑を浮かべて無言で背中を叩いて承認したものだ。まるで幸雄の抱えていた不安を叩き出そうとしたかのように。

 今回のことも、戦後復興の一環としてオーガを二部隊に分け、一隊を東国のルティアネスの元へ送り、もう一隊で中央山脈麓の城の修理に取りかかっていたところだった。

 それなのに、それがこうもあっけなく――と思いかけたところで、幸雄はふと気が付いた。

 ――なぜオーガは書状を渡した後、自分に背を向けて走り出そうとしたのか?

 それはまだやるべきことがあったからではないのか?

 そう、たとえば、まだ生きている味方を助けに行こうとしたのなら――怪我を負いながらも状況を伝えさせるために自分を送り出した隊長の元へ駆けつけようとしたのなら――

「まだ間に合うかもしれない」

 ぼそりと呟いた言葉が起爆剤となり、幸雄の瞳に希望の火が灯った。

 かつて、ルティアネスの危機に幸雄を瞬間移動の魔法で送ってくれた巨人はもういない。

 しかし、今回は麓の城まで絶望的な距離はない。既に走れば1時間と掛からない距離まで迫っているのだ。

 しかも、ダラリウスはルティアネスのような非戦闘員ではなく、魔王軍の隊長を務めていたほどの男――いわば中ボスクラスの猛者だ。それがそう簡単に殺されてやるわけがない。

 幸雄はディフィル、陽巫女に順に視線を送ると、ひとつ頷いてオーガの遺体の先へと、目指すべき場所へと焦点を合わせた。

「ディフィル、空から先行しろ。おっさんの捜索を最優先だ。継戦中なら援護、だが無理はするな」

「べつにそれ? あれ? ……を倒してしまっても構わんのん?」

「……ああ」

 語尾のせいで半端なネタになってしまったことに幸雄は苦笑した。

 ――大丈夫、まだ笑えるくらいの余裕はある。しかし、陽巫女といいディフィルといい、ずいぶんと俺に毒されたな。

 そんなことを考えると、悪くない具合に力が抜けた。この効果を狙ってやったのだったら、本当に恐ろしい娘だと幸雄は思ったが、おそらくそれはないだろう。ないと思いたい。

「よし、それじゃあ行くか」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! これはどういうことなんだ!?」

 せっかく乗ってきたところに、完全においてけぼりにされたマックスが待ったをかけてきた。彼からすれば当然のことかもしれないが、幸雄からすれば邪魔をするなと言いたいところだ。ゆえに、決定的な言葉を放つことにした。

「……マックス、お前は西国の城に帰れ。いや、自分の世界に帰れ」

「なっ!? ななな何を――」

「いいんだ。もうお前の正体はわかっている。よその世界から魔王を倒すためにやってきた勇者様なんだろ?」

「――っ!?」

「どうしてわかったって顔だな? 簡単なことだよ。なにしろ俺もそうなんだからな」

 本来ならドヤ顔で言っていたところだが、さすがに今はそんなことを気にしている余裕が幸雄にもなかった。息を呑むマックスにただ苛立たしげに吐き捨てる。

「そして、お前の仕事は既に終わっている。なぜなら、魔王はこの俺たちが倒してしまったからだ」

「なん……だと」

「変だとは思わなかったか? 魔王が支配している世界がこんなにのどかなわけがないだろ」

「うっ、それは……たしかに、だが、今のモンスターは――」

「あれはただの残党だ。俺たちはそいつらを潰して回っている最中なんだ」

「それなら私も一緒に――」

「悪いがマックス、お前は足手まといだ。どんなイージーモードの世界から来たのか知らないが、ここから先は冗談では済まない。見ただろう? レッサーデーモンなど相手にならないオーガが倒されたんだ。お前では犬死だ」

 非情な戦力外通告だった。シーズンオフを迎えたプロスポーツ選手がもっとも恐れる評価だろう。

 それは戦士にとっても同じことだ。パーティーを組み、癒しようがない怪我を負ってしまったら、やはり一緒に戦うことはできなくなる。もっとも、それならまだましだ。戦えないことが自分でわかっているのだから。

 だが、マックスは違った。体調は万全、今も身体強化のフォロー付きとはいえ、2体のモンスターを打ち破ったばかりだ。到底納得などできないだろう。

「ま、待て、それなら私と勝負しろ」

 それはマックスからすれば当然の要求だろう。戦力外通告を受けたスポーツ選手もまだ自分はやれると思えば、トライアウトを受けて実力をアピールする。

 だが、それは幸雄にとっても想定内だった。いや、むしろこの展開を狙っていた。

「いいだろう。陽巫女、マックスに身体強化を」

「ユキオさんは?」

「不要だ。越えられない壁というものを理解させてやる」

「……はあ、わかりました」

 睨み合ったのはほんの数秒だった。時間に余裕がないこともあり、陽巫女は幸雄の考えに乗ることにしたようだった。

「……先程の私の戦いを見ていなかったのか? 怪我をしても知らぬぞ」

 緋色の霧に包まれたマックスがさすがにプライドを傷つけられたのか、いつになく強い口調で幸雄に向き合った。

「悪いが時間がないんでな、一本勝負だ、負けたら言うことを聞いてもらう……行くぞ」

 静かな開始の合図だった。だが、勝負は苛烈だった。

 魔王の剣フィズテイザーを抜き放つと、幸雄は五歩ほどの距離を一瞬で詰め、身体強化されてさえほとんど反応できていないマックスの聖剣ユングヴェルドを下段から高々と打ち払った。

 両腕が万歳状態となり、がら空きの胴にすかさず一撃をぶち込んで一歩分の距離を開けさせると、幸雄は喉元に魔王の剣を突き付けた。

「分かったか、マックス? これが現実だ」

 マックスに突きつけられたのは、剣と言葉だけではなかった。みずから世界一と評した身体強化魔法をもってしても覆せない、絶対的な実力差がそこに存在していた。

 聖剣ユングヴェルドが握力を失った手から滑り落ちた。

 異世界からわざわざやって来た勇者は愕然として地に膝をついた。誰も気づいていなかったが、それは魔王の前に勇者が完敗を喫した瞬間だった。

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