サボテンの花
頭髪のドーナツ化現象が止まらない。
そして頭部全体の過疎化が抑えられない。
シャンプーを変えてみた。育毛剤も試した。よく効くというマッサージも試した。けれど禿げていく。どうにもとまらない。頭頂部を狙いうちされている。
仕事帰り。窮屈な電車を降り改札を抜けた僕は、駅の出口で花売りの少女を見つけた。小さなひな壇に花が几帳面に並べられており、僕は不思議とその露店に惹かれた。
――妻に花でも買って帰ろうか。
そんなきまぐれから立ち寄り、少女の売る花を物色する。
「頭、お寂しいんですか?」
少女が僕の頭を見ていた。つい癖で自分の頭を撫でていたらしい手を下ろす。
「実はそうなんです」
「まあ、それじゃ接木をすればいいんですよ」
彼女は柔らかに笑ってサボテンの鉢をひとつ手に取った。鉢を作業台にのせてはさみで先端を切り落とし、僕の頭に乗せる。
「ちゃんとくっつくまで固定しないとダメですからね」
サボテンをタコ糸で固定し、僕のあごで縛った。
「九百八十円になります」
差し出された手に千円札を渡す。なかなか商売上手な女の子だ。感心しながら家路につく。あ、妻に花を買うのを忘れた。
家に帰ると、妻が玄関へやってきて出迎えてくれた。
「おかえりなさーい。……あら。ふふ、それってカツラ?」
「ああ、まあね。帰りに買ったんだ」
妻に笑われるのも無理はない。今の僕は、頭にサボテンをつけた姿だから。きっと珍妙なお内裏様にでも見えているのだろう。
「昔みたいなツンツン頭ね。……わあ、ふさふさ。髪の毛があると、なんだか若い頃に戻ったみたい」
「そう?」
……ツンツン頭。いや確かにツンツン頭だが、ツンツンの方向性が違うような。ツンツンってどういう状態を指しているんだ。あれ、ツンツン? ツンツンが脳内でゲシュタルト崩壊しだす。
どうやら妻には僕の頭に髪の毛が生えているように見えているらしい。
そして妻よ、今君が撫でているところは無毛地帯だ。
月日がたち、頭のサボテンはすっかり大きくなった。
タコ糸がなくてもサボテンは僕の頭の頂点に得意げに立っており、なんと花が咲いている。
「髪、随分伸びたわねえ。切ってあげようか?」
パソコンを使っていた妻が、フリーセルを中断して僕を見ていた。接木がうまくいってからというもの、妻も他の人間も、僕のサボテンをカツラではなく髪の毛だと認識するようになっていた。
妻は僕の返事を待たずに立ち上がり、散髪用のはさみを取り出す。
そしておもむろにサボテンをつまみ――。
ばつん。
はさみで切った。
「わあ、結構長くなってたんだね。ほら、こんなに切れたよ」
花のついたサボテンの先端を受け取る。
哀愁漂うサボテンの成れの果てに僕はなんだか切なくなり、鉢に植えることにした。
しばらくして、頭のサボテンは枯れてしまった。
そしてまた禿げた僕は、鉢に育ったサボテンが、もう少し大きくなるのを待っている。
登場人物紹介
僕:別れた頭髪は数知れず、悲しい別れを繰り返しながらも強く生きる中年の男。無抵抗主義。
妻:皺が増えても僕にとって誰より愛しい妻。フリーセルが好き。現実にはいない。
花売りの少女:やり手。