やまびこ広場利用の手引き(第七版)
一 やまびこ広場では、児童生徒に自分の名前を呼ばせないこと。
二 やまびこは一人ずつ行わせること。二人以上で同時に呼ばせないこと。
三 呼んでから返るまでの秒数を、必ず計り、実施記録に記入すること。
四 三秒を下回った場合は、その班の利用を、ただちに終了すること。
五 日没後は行わせないこと。
██県立██少年自然の家、職員用の手引きの、やまびこ広場の項である。全文で五条ある。理由は、一つも書かれていない。並びは、加わった順ではない。
私は、この施設で二十二年、指導員をしている。第四版からあとの改訂は、私が書いた。
手引きは、職員が一人一冊持つ。着任のときに渡され、退職のときに返す。改訂は、差し替えの頁が配られる形で行われる。私の手元にあるのは、差し替えを重ねた一冊である。第七版の頁は、四年前に自分で刷った。
以下は、来年度の第八版に添えるつもりで書いた説明である。
この項は、初版では一行だった。開所は三十四年前である。
「谷に向かって声を出させる。よく返る。」
第二版で、一行は条書きに改められた。日没後の禁止と、返ったものに返事をしないこと。二条になった。二十九年前である。
第三版で、自分の名前を呼ばせないこと。二十四年前。
第四版で、秒数の計測。十八年前。
第五版で、三秒を下回った場合の終了。十二年前。
第六版で、同時に呼ばせないこと。八年前。
条は増える一方だった。減ったのは、第七版が初めてである。四年前、私は一条を削った。
どの版にも、改訂の理由を書く欄がある。開所以来、この項について、その欄が埋まったことは一度も無い。埋まっていない版のうち、四つは私が書いた。
第三版が入ったのは、二十四年前の十一月である。その年度の実施記録は、四月から十月までの分が、やまびこ広場の実施の有無を書く欄だけ空欄である。日付も、学校名も、班の人数も、埋まっている。書き忘れではない。欄の枠だけが、七か月ぶん、白い。
記録の上では、その七か月、広場は使われていない。同じ年度の利用申込書には、やまびこ広場の希望が二十二件ある。
私は、二十四年前には、ここにいない。
やまびこ広場は、施設の東側の尾根にある。柵の向こうは谷で、対岸の斜面までは五百四十メートルある。開所のときの測量図に、そう書いてある。
音は、一秒で三百四十メートル進む。往復で千八十メートル。返るまでは、三・二秒である。
計測は第四版から義務になった。十八年分ある。
平均は、三・一秒から三・二秒の間に収まっている。気温で少し前後するが、その範囲を出ない。
出るものが、ある。
昨年度の計測は四百二十七回。うち、三秒を下回ったのが十一回。一・九秒、一・八秒、一・六秒、一・二秒。残る七回は、いずれも二秒台である。
十一回のうち九回について、引率の先生に照会した。学校の側にも記録が残っている。
九名とも、その一年のうちに、身近な人を亡くしていた。祖父が五名、祖母が二名、母が一名、兄が一名。
残る二回は、照会していない。学校が、もう無い。
声の大きさは関係がない。大きく呼べば大きく返る。早くは返らない。音の速さは、声の大きさで変わらない。
返ってくる声は、その子の声である。呼んだ言葉も、そのまま返る。十八年の記録で、そうでなかったのは一件だけである。
距離も変わっていない。測り直した。五百四十メートルのままである。
早く返った子は、近いところから返してもらっている。
十八年分を並べると、年ごとの平均は動いていない。動いているのは、三秒を下回った回の数である。
最初の五年は、年に一回か二回だった。十年目で四回。五年前に六回。昨年度が十一回である。
利用の回数は、この十八年で変わっていない。年に三十回ほどの団体が来て、呼ぶ子どもは四百人を超える。
七月から八月にかけて、ここは学校の団体で埋まる。谷から蝉の声が上がってくる。柵の前に日陰は無い。子どもたちは帽子をかぶって並び、順番に前へ出て、両手を口に当てて、大きく息を吸う。
その様子を、二十二年、横で見ている。うち十八年は、ストップウォッチを持って立っている。
私が計っているのは、音が谷を渡る時間ではない。
第五版で「三秒を下回ったら終了」を入れたのは、十二年前の一件による。
二・〇秒だった。当時の指導員は、珍しいと思って、もう一度呼ばせた。
二度目は、返らなかった。谷は静かだった。班の十二名が、柵の前に並んで待っていた。指導員は五秒まで数えて、次の子に代えさせようとした。
三度目に、返った。
呼ばせたのは「やっほう」である。返ったのは、その子の名前だった。
実施記録には、そう書いてある。その子がその後どうなったのかは、書かれていない。頁は、その日の欄で終わっている。次の頁は、翌日の分から、普通に始まっている。
当時の指導員は、その年度限りで辞めている。私はその日の当番ではない。この一件について私が確かなこととして書けるのは、実施記録にあることだけである。辞めるとき、理由は何も言わなかった。
第七版で削った一条は、初版の次に古い二条のうちの一つである。第二版から第六版まで、こう書いてあった。
「返ったものに、返事をしないこと。」
守らせようがなかった。返るのは三秒あまり後である。その三秒のあいだ、子どもは黙って待っている。返れば、笑う。笑うのは返事である。手を振るのも返事である。
書いてあると、守れなかったことになる。だから削った。
削れば、違反も消える。消えるのは記録の上だけだが、この手引きに書けるのは記録の上のことだけである。
規則に反したことが、一度ある。
昨年の夏、日が落ちてから、私は一人で広場に立った。柵の緩みを見て回る点検である。
自分の名前を呼んだ。理由は、うまく書けない。二十二年、毎年四百人を超える子どもに呼ばせておいて、自分は一度も呼んでいなかった。それだけである。
ストップウォッチは持っていた。押していない。
押す前に、返った。
柵の向こうは暗かった。谷の底までは見えない。
私は、返事をしなかった。第七版で自分が削った条を、そのとき守った。
この手引きに、照会の様式が一枚、挟んである。
差出人は██課である。当施設のやまびこ広場に関し、記録の写しがあれば送られたい、とある。日付は二年前。返信用の封筒が付いている。
どういう課なのかは、様式に書いていない。照会は、この一枚だけである。督促は来ていない。
書いたのは、この文である。
封はしてある。出していない。
出せば、誰かが読む。読めば、いつか、来る。来れば、呼ぶ。
第八版には、一条を戻すつもりでいる。第七版で私が削ったものである。
主語だけ、書き直す。
「呼ばれた者は、返事をしないこと。」
これも、守らせようがない。名前を呼ばれたら、人は振り向く。振り向くのは返事である。
それでも書いておく。守れなかったことになっても、書いておく。
広場は、いまも使っている。谷は、よく返る。




