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キラリ転生☆アイドル無双 ~歌声チートでドキドキ学園ライフ~  作者: 一宮九葉


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第2話「水底で出会う『神様っぽい誰か』」

 深く、深く沈んでいく感覚があった。

 身体からだの重さを感じるような、あるいは逆に重力から解き放たれて浮遊しているような、曖昧あいまいな心地よさ。

 耳の奥で、ぼこぼこと泡の弾けるような音がする。


(……また、水っぽい感覚。さっき目覚めたときも、そんな感じだったわよね)


 サフィアの意識は、とろりとした微睡まどろみの底で、ぼんやりと周囲を探っていた。

 まぶたを開こうとしても、そもそも今の自分に「瞼」という器官がついているのかどうかも怪しい。

 視界は暗く、ただ頭上のはるか高いところに、ゆらゆらと揺れる淡い光の膜が見えるだけだ。


(ここ、さっきの部屋じゃないわね。インテリアに凝った天蓋てんがい付きベッドも、心配性な家族たちの気配もない。ってことは、たぶん夢。夢のまた夢)


 状況を把握するのは早かった。

 なにせ、一度死にかけて(あるいは死んで)、異世界で目覚めるなどというトンデモ展開を受け入れた直後だ。

 今さら水の中に沈んでいたくらいで動揺するほどヤワな精神メンタルはしてない。

 むしろ、現実の身体のダルさがない分、こちらのほうが快適かもしれないとさえ思う。


(さて、このパターンだと、そろそろ誰かが話しかけてくるはずなんだけど……)


 私が内心でそうつぶやいた、まさにそのタイミングだった。


『――サフィア』


 遠くから、鈴の音を水に溶かしたような、不思議な響きの声が届いた。

 性別はわからない。老人にも子どもにも、男性にも女性にも聞こえる。


『……あかね……』


 続いて聞こえた名前に、サフィアの意識がぴくりと反応する。


(どっちで呼んでるの? ていうか、やっぱり私の正体バレてるわね。まあ、そりゃそうか)


『聞こえるかい。やっと、つながったね』


 ゆらゆらと揺れる光の向こうから、その「声」は語りかけてきた。

 姿は見えない。ただ、光の粒子が人の形に集まっているような、曖昧なシルエットがそこにある気がするだけだ。


(出たわね、ありがちな謎空間と謎の声。これ、だいたい「あなたは死にました、残念でした」って言われるか、「魔王を倒してください」って言われるかの二択なんでしょ?)


 サフィアは内心で盛大にため息をついた。

 深夜アニメの第1話冒頭のような展開だ。

 あまりにもテンプレすぎて、逆に清々《すがすが》しい。


「……聞こえています。その節はどうも」


 サフィアは意識の中で返事をした。

 夢の中だからか、口を動かさなくても話そうとしたことが、そのまま言葉として伝わるらしい。


「それで? ここは三途さんずの川の支流か何かですか? それとも、転生特典の説明会場?」


『ふふ。君は、思ったよりも元気そうでよかった』


「声」は、サフィアのとげのある返しを気にする風でもなく、穏やかに笑った。

 その笑い声には、どこか悪戯いたずらっぽい響きと、底知れない慈愛のようなものが混ざっている。


『驚かせてしまったね。時間があまりないから、簡潔に説明させてもらおう』


(うわ、本当に条件説明タイム始まった。夢のくせに仕事みたいな口ぶりね、この人)


『君は、あちらの世界で……よく働いていたね。少し、無茶をしすぎたようだ』


「声」のトーンが、わずかに沈んだものになった。

 同情というよりは、壊れた玩具おもちゃを惜しむような、静かな事実確認。


『君の魂は、休息を必要としていた。あのままあそこで終わらせるには、少し惜しい輝きを持っていたからね』


「……やっぱり、倒れたんですね、私」


 サフィアの脳裏に、積み上げられた書類の山と、鳴り止まない通知音がフラッシュバックする。

 ああ、やっぱり。

 あのめまいと浮遊感は、そういうことだったのだ。


(あの書類の山のことまで覚えてるとか、どれだけ根に持ってるのよ。ともかく、過労死認定されたってことね)


 ずきり、と胸の奥が痛んだが、不思議と涙は出なかった。

 ただ「ああ、終わったんだな」という、乾いた納得だけがある。


『そして、こちらには……「空になってしまった器」があった』


「声」がつむぐ言葉が、水の波紋のように広がっていく。


『この身体の持ち主だった子は、生まれつき身体の中の巡りが悪くてね。内側に溜め込みすぎた力が暴走して、その魂は……少し前に、燃え尽きてしまったんだ』


(……え?)


 サフィアの思考が一瞬止まる。

「燃え尽きた?」

 それはつまり、本来の「サフィア」という少年は、もういないということだ。


(それが、今の私の身体ってこと? なんというか……事故物件への居抜いぬき入居、みたいな説明ね)


『身体は生きていたけれど、中身が空っぽだった。そこへ、君の魂を招き入れたんだよ。サイズも、波長も、ちょうどよかったからね』


「サイズが合ったって……。私、あっちではアラサーのOLだったんですけど」


『魂に年齢はないからね。それに、君は言っていたじゃないか。「男に生まれたかった」と』


「……はい?」


 予期せぬ指摘に、サフィアは素っ頓狂そっとんきょうな声を上げた。


『前の世界で、君は何度もそう願っていただろう? だから、希望を叶えてあげようと思ってね。アスコット侯爵家の三男。由緒正しい武門の家の、男の子だ。これなら君も満足だろう?』


「声」は、まるで「良いことをした」と胸を張るような、誇らしげな響きを含んでいた。

 しかし、サフィアの方は開いた口がふさがらない。


(ちょっと待って、それ、字面だけ抜き出したでしょ!?)


 確かに言った覚えはある。

 お見合い写真を持って迫ってくる祖母から逃げたくて、「男だったらこんな苦労しなくて済んだのに」と愚痴ったことは一度や二度ではない。

 だがそれは、あくまで「あの家」と「あの祖母」から逃れるための方便であって、心から性別を変えたいと熱望していたわけではないのだ。


(正しくは『お祖母ちゃんの干渉から逃げたかった』であって、別に男になりたかったわけじゃ……! しかも、よりにもよって『侯爵家の三男』って!)


 サフィアは現実世界での鏡像を思い出した。

 銀髪、紫の瞳、フリルの似合う可憐な少女の姿。

 そして周囲から投げかけられる「息子」「弟」という言葉。


(希望を叶えた結果が、あの「見た目は美少女、設定は三男」のカオス空間なわけ? あんたのカスタマーサポート、どうなってるのよ!)


「あの、その、『男に生まれたかった』っていうのは、若気のいたりというか……正確には、祖母の干渉から逃げたかっただけで……」


『おや、そうだったのかい? まあ、細かいことはいいじゃないか。器としては最高峰さいこうほうだよ』


「声」はあっけらかんと笑い飛ばした。

 どうやらこの存在にとって、人間の細かい事情やニュアンスは「誤差」の範囲らしい。


『それに、せっかくの新しい生だ。手ぶらで送るのも忍びないからね。少しばかり、私の方で手を加えさせてもらったよ』


「……手を加えた?」


 嫌な予感がする。

 勝手に性別(の器)を変えられた時点で大概だが、これ以上何をされたというのか。


『元の身体にも強い力が宿っていたけれど、そこに私の力も少し混ぜておいた。特に、声と魔力に関してはね』


「声」の主が、楽しそうに言葉を弾ませる。


『君の声は特別だ。その歌声は、きっと多くの心を揺り動かすだろう。魔力の扱いも、まあ、少し練習すれば常識外れなことができるようになるはずだよ』


(つまり、ったのね? いろいろと)


 サフィアは半ば呆れ、半ば感心した。

 いわゆる「チート能力」というやつだ。

 ラノベ好きとしては心が踊らないわけではないが、その分、面倒ごともセットでついてくるのがこの手の相場である。


(いや、嬉しいけど、その分面倒も増えるやつじゃない、それ。歌で何かできるっていうのは、ちょっとロマンあるけど……)


『ただし』


「声」が少し真面目なトーンに戻る。


『すべてを今、覚えておく必要はない。目覚めれば、この会話のほとんどはかすんでしまうだろう。夢の端に、何かを見た記憶が残るくらいでね』


「は? はっきり覚えてられない仕様なの!?」


 サフィアは思わずツッコんだ。


「そこはちゃんとマニュアルとして持たせてくれません? チュートリアルスキップさせるゲームじゃないんだから」


『ふふ。必要なことは、必要なときに思い出すようになっているよ。最初から答えを知っていたら、つまらないだろう?』


(……出たよ、神様視点のエンタメ思考)


 サフィアはため息をついた。

 まあ、細かいマニュアルを暗記させられるよりはマシかもしれない。「現場で覚えろ」というブラック企業体質を感じなくもないが、もはや抗議したところでどうにかなる相手でもなさそうだ。


『そろそろ、時間のようだ』


 水底の光が強くなる。

 ゆらゆらと揺れていた水面が、激しく波打ち始めた。

 遠くから、現実世界の音がノイズのように混ざり込んでくる。

 鳥の声。風の音。

 そして、誰かの温かい手が、自分の手を包み込んでいる感覚。


(……ああ、戻るんだ)


 不思議と、恐怖はなかった。

 前の人生は、終わったのだ。

 そして、ちょっと手違いや勘違いはあったものの、新しい人生が用意された。

「空っぽの器」に入った異分子だとしても、あの家族たちは「生きていてくれてよかった」と泣いてくれた。

 それだけで、もう十分な気がした。


『ただ、これだけは覚えておきなさい』


 薄れゆく意識の中で、「声」が最後に、はっきりと言葉を残す。


『今度の人生は、君の望むように生きていい。誰かのためではなく、君自身のために』


 光が視界を埋め尽くしていく。


『そして、できれば――君の声で、たくさんの人を笑顔にしておくれ』


(……笑顔、ね)


 サフィアの意識が、水面へと一気に引き上げられる。

 重力が戻ってくる。

 手足の感覚が、鮮明になる。


(望むように、か……じゃあとりあえず、この家族をこれ以上泣かせないところから、かしら)


 たくさんの人を「笑顔に」とか言われても、どこまでのことができるかわからない。

 けれど、あの家族が向けてくれた無償の愛には、何かでむくいたいと思う。


(……それにしても、本当にテンプレな夢だったわね。誰かに話したら笑われそう)


 そんな感想を最後に、サフィアの意識は夢の世界から現実へと切り替わった。


   *   *   *


 現実の寝室で、サフィアは小さく寝返りを打った。

 閉じた瞼がぴくりと震え、唇から微かな吐息が漏れる。

 喉の奥に、何か温かいものが残っているようなかすかな違和感と、身体が以前よりもほんの少しだけ軽くなったような感覚。

 それが「神様っぽい誰か」からの贈り物だとは気づかないまま、サフィアは朝の光の中で、穏やかに目覚め始めた。

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