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キラリ転生☆アイドル無双 ~歌声チートでドキドキ学園ライフ~  作者: 一宮九葉


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第13話「魔力講義と、新たな習慣」

 乾いたノックの音が、静かな午後の室内に響いた。


「はい。どうぞ」


 サフィア・アスコットが椅子に座ったまま返事をすると、重厚な扉がゆっくりと開き、革靴が床を踏む規則的な音が近づいてきた。


「失礼します、サフィア様。体調はいかがですか」

「ええ、とても良いですよ。ハロルド先生」


 サフィアは努めて優雅に微笑んだ。

 ここはアスコット侯爵家本邸の一室。これまでは寝台の上で過ごすことが多かったサフィアだが、今日は窓際にしつらえられた書き物机の前に座っている。窓からは柔らかな陽光が差し込み、磨き上げられた木の天板と、そこに置かれたインク瓶を照らしていた。

 入室してきたのは、アスコット家付きの医師であるハロルドだ。彼はいつもの往診鞄おうしんかばんとは別に、数枚の厚手の紙と筆記用具を抱えていた。

 ハロルドがサフィアの向かいに腰を下ろす。机の上に紙が置かれると、コトン、と軽い音がした。


「では、本日は少し趣向を変えて、以前からお約束していた『講義』を始めましょうか」

「はい。よろしくお願いします」


 サフィアは膝の上で手を重ね、背筋を伸ばした。

 内心では、遠足前の子供のように胸を躍らせていた。これまでは自分の身体からだに起きている現象について、詳細な説明を受ける機会がなかったのだ。


(今日は治療じゃなくて、座学の日……ちょっとわくわくする。自分の身体の仕様書を読むみたいなものだしね)


 サフィアの中身である前世の記憶――元会社員としての感覚が、この状況を『新規プロジェクトのオリエンテーション』か『健康診断の結果説明会』のように捉えていた。

 ハロルドは一枚の紙を広げると、さらさらとペンを走らせた。インクの匂いがかすかに鼻をくすぐる。

 そこに描かれたのは、単純化された人の輪郭と、その中を流れる幾筋もの線だった。


「まず、この世界の根本的なことわりである『魔力』について整理しましょう」


 ハロルドの声は、診察の時と同じように落ち着いていて、よく通る。


「魔力とは、血液や気と同じように、生き物の体内を巡るエネルギーのことです。サフィア様も、呼吸をするたびに胸の奥が温かくなったり、指先がしびれるような感覚を覚えたりすることがあるでしょう?」

「はい。特に歌ったあとなどは、身体中がざわざわします」

「それが魔力の巡りです。通常、魔力には『総量』と『流れ』という二つの要素があります」


 ハロルドは人型の胸と腹の中間あたりに、丸い円を描き込んだ。


「ここに魔力の源――いわば『炉』や『心臓』に当たるものがあると考えてください。ここで生まれた魔力が、川のように全身を巡り、そしてまた還っていく。これが正常な状態です」


 サフィアは真剣な眼差まなざしで図を見つめた。


(なるほど。血液循環の図解とそっくり。心臓がポンプで、血管がその通り道……)


「魔力は多ければ多いほど良い、と思われがちですが、そう単純ではありません。川の水量が多すぎれば土手が崩れるように、魔力もまた、器に対して多すぎれば身体を壊します。逆に、流れが滞れば水は腐り、そこから病が生じます」

「量と流れ、両方のバランスが必要なんですね」

「その通りです。そしてサフィア様の場合、この『炉』の大きさが、常識の範疇はんちゅうを少々……いえ、かなり超えておりました」


 ハロルドは苦笑しながら、丸い円をぐりぐりと太く塗りつぶした。


(オブラートに包んでくれているけれど、要するに規格外のハイスペック・エンジンを積んでしまった軽自動車、みたいな状態だったってことよね)


 サフィアは内心で冷静にツッコミを入れる。高出力魔力炉心を搭載した欠陥住宅のようなものだろうか?

 ハロルドは新しい紙を取り出し、今度は四つの炎やしずくのようなマークを描き始めた。


「次に、魔力の『質』と『扱い方』についてです。世間一般では、魔力を体外へ放出して現象化することを『魔法』や『魔術』と呼びます」


 彼はペンの先でそれぞれのマークを指し示した。


「炎、水、風、土といった元素に干渉する系統。身体能力を底上げする強化系統。傷を塞ぐ治癒系統。そして、心や感覚に働きかける精神・感応系統などが代表的です」


 ハロルドの説明は、子供向けにみ砕かれているものの、体系的で分かりやすい。


「たとえば、蝋燭ろうそくの火を大きくするのは炎の系統。井戸から水を汲み上げる手助けをするのは水の系統。アスコット家のような武門では、身体強化や防御の魔術が好まれます」


(ゲームのジョブやスキルツリーの説明を聞いているみたい。私の歌は、この分類でいくと……)


 サフィアは自分の手を見つめた。歌うと、周囲の空気が変わるような感覚がある。


「先生。私の歌は、どの系統になるんでしょう?」

「ふむ……。そこが難しいところであり、また興味深い点でもあります」


 ハロルドは少し考え込み、紙の余白に『魔術』『加護』『体質』という三つの単語を書き並べた。


「サフィア様。『魔術』というのは、理論と型を学び、練習して身につける技術です。対して『加護』は、神々や精霊といった上位存在から授かる性質のようなもの。そして『体質』は、生まれつき体得しているその人固有の能力です」

「魔術と、加護と、体質……ですか」

「ええ。サフィア様の歌が引き起こす現象――聴く者の心を揺さぶり、場の魔力を整える力は、魔術的な理論で説明するにはあまりに直感的すぎます」


 ハロルドは眼鏡の位置を直しながら、探るような視線をサフィアに向けた。


「おそらくは、サフィア様ご自身の『体質』と、何らかの『加護』が複合して起きている現象でしょう。誰かに習ったわけではないのに、歌うと自然に魔力が動く……それは、魔術師が何年もかけて習得する技術とは、根本的に異なるものです」


(やっぱり。私が前世の歌を歌えるのも、言葉が分かるのも、努力じゃなくて『翻訳』の加護があるからだものね)


 サフィアは内心で納得した。この世界に来てから、現地の言葉も前世の歌も、意識せずに理解し、発音できている。それは明らかに『チート能力』や『ギフト』と呼ばれるたぐいの力だ。


「サフィア様の場合、まずはその力を制御し、ご自身の健康を守ることが最優先です」

「はい。私も、また倒れて皆に心配をかけるのは本意ではありません」

「良い心がけです。では、以前のサフィア様がどういう状態だったのか、図で見てみましょう」


 ハロルドは最初の人型図に戻り、川の流れの一部に、黒い渦のようなものを書き足した。


「『魔力停滞症』。これが病名でした。本来流れるべき魔力が、何らかの原因でき止められ、行き場を失って渦を巻いていたのです」


 黒い渦が、図の中で不気味な存在感を放っている。


「出口のない水はあふれ、器を内側から圧迫します。サフィア様が高熱にうなされ、意識を失っていたのは、この圧力に身体が悲鳴を上げていたからです」


 サフィアはごくりとのどを鳴らした。あの時の、全身が焼けるような苦しさ。泥の中に沈んでいくような感覚。それがこの黒い渦だったのだと視覚的に示されると、納得以上の現実味があった。


(私は、ダムが決壊する寸前だったんだ)


「ですが、今は違います」


 ハロルドは力強い口調で言い、新しい図を描いた。

 それは、大きく蛇行し、あちこちで分流しながらも、決して止まることなく海へと注ぐ川の絵だった。


せきは取り除かれました。サフィア様の魔力は、一般的な人々よりもはるかに太く、複雑な経路を辿たどっていますが……確かに『流れて』います。流れてさえいれば、水は清らかさを保てます」

「……もう、堰き止められたりしないんですね?」

「ええ。定期的な管理と、無理な放出をしなければ、天寿を全うできるでしょう」


 サフィアは安堵あんどのあまり、ほう、と息を吐いた。身体の奥の緊張が少しだけ解けていくのがわかる。


「そこで、重要になるのが『歌』です」


 ハロルドは手元の資料――診察記録の束をめくり、いくつかの数値を指差した。


「このところの観察で分かったことがあります。サフィア様が歌っている時、脈拍や体温だけでなく、体内魔力の波形が明らかに変化しているのです」


(まるで、パフォーマンスモニタのCPU使用率グラフみたい)


 サフィアはのぞき込んだ紙に並ぶ数字の羅列と図表を、前世の仕事道具パソコンに見立てて理解しようとした。


「穏やかな曲を口ずさんでいる時は、波がぐように整います。逆に、少しテンポの速い曲や、感情を込めた歌の時は、魔力の流速が一気に上がります」

「流速が、上がる……」

「はい。とどこおりを押し流すという意味では有効ですが、やりすぎればパイプ――つまり血管や神経に負担がかかります。要は使い分けです」


 ハロルドはペンを置き、サフィアの目をまっすぐに見つめた。


「サフィア様。これからは、毎日の習慣として『魔力管理』を取り入れましょう。難しいことではありません。以前にも少しだけ呼吸についてお話をしたかと思いますが、今後は朝起きた時と夜寝る前、深呼吸をして、体内の流れをイメージするようにしましょう」

「イメージ、ですか?」

「はい。そして、自分の状態に合わせて歌う曲を選ぶこと。心がざわつく時は静かな歌を。身体が重い時は、少し弾むような歌を。歌は、サフィア様にとって魔力を調整する最高の『息抜き』になります」

「息抜き……」


 サフィアはその言葉を繰り返した。


「わかりました、ハロルド先生。私、やってみます。自分の身体ですから、人任せにするのではなく、自分で調整してあげなくては」

「その意気です。サフィア様なら、きっと優秀な魔力の使い手……いえ、素晴らしい歌い手になれるでしょう」


 ハロルドが満足げに目を細めた時、部屋の扉が再びノックされ、隙間から父グランと母ミレアが顔をのぞかせた。


「勉強中に邪魔をする、ハロルド。様子はどうだ?」

「お父様、お母様」


 サフィアが声のした扉の方を向くと、二人は安堵したような表情で部屋に入ってきた。


「旦那様、奥様。ご安心ください。サフィア様は大変に聡明そうめいです。ご自身の身体との向き合い方を、すぐにマスターされるでしょう」

「そうか、それはよかった。……難しい話は私にはよくわからんが、サフィアが元気ならそれでいい」


 父が豪快に笑い、母が「まあ、あなたったら」と苦笑する。

 その温かな光景を見ながら、サフィアは手元の図をもう一度見つめた。

 蛇行しながらも海へ向かう川。

 それは、前世とは違う世界で、これから自分が歩んでいく道のりのようにも見えた。


(これからは、歌うたびにこの図を思い出そう。私の歌が、このあふれ出しそうな力を正しい場所へ導いてくれるように)


 サフィアは心の中で小さく決意した。


「先生。今日のことを忘れないように、私、『魔唱ましょうノート』をつけてみようと思います。どんな歌を歌えば、どんな効果になるのか、記録しておくんです」

「ほう、魔唱ですか、確かにサフィア様の特別な歌にぴったりの呼び名と言えるでしょう。素晴らしい案です、その記録は私もぜひ見てみたい。医師としても貴重なデータになりますから」


 ハロルドが目を輝かせるのを見て、サフィアは思わずくすりと笑った。

 いつかサフィアが学園の門をくぐり、より高度な理論に触れる日が来たとき、きっとこの日の静かな講義を思い出すことだろう。

 すべては、この小さなテーブルと、数枚の図説から始まったのだと。

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