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キラリ転生☆アイドル無双 ~歌声チートでドキドキ学園ライフ~  作者: 一宮九葉


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第10話「ラグナの訓練場見学ツアー」

 窓の外では、春告鳥うぐいすがさえずっていた。

 吹き込む風も緩やかで、穏やかな午後の日差ひざしがレースのカーテン越しに、室内の絨毯じゅうたんへ複雑な陰影を描いている。

 私は読みかけの本を膝に置き、ふう、と小さく息を吐いた。

 病床から離れ、こうして安楽椅子に座っていられる時間は確実に長くなっている。だが、刺激がない。退屈という贅沢ぜいたくな悩みを抱けるようになったのは回復の証拠だが、それでも暇なものは暇だ。


 コン、コン。

 規則正しく、控えめながら意志の強さを感じさせるノックの音が響いた。


「サフィア様、ラグナでございます」

「どうぞ、入って」


 許可を出すと、重厚な扉が音もなく開く。

 現れたのは、アスコット家の執事長しつじちょうラグナ・バルゼルドだ。背筋を定規で引いたように伸ばし、表情筋が死滅しているのではないかと疑うほど整った無表情。だが、その瞳の奥には私への過保護とも取れる親愛の情が見え隠れしているのを、私は知っている。


「失礼いたします。……顔色はよろしいようですね」

「うん。熱っぽさもないし、体の節々も痛まないよ、今日のところは」

「それは重畳ちょうじょう。……そこで、ハロルド医師より許可が出ましたので、ご提案がございます」


 ラグナは一度言葉を区切り、もったいぶるように――いや、私の反応をうかがうように言った。


「もし体調に不安がなければ、本日は中庭を抜けて、裏の訓練場まで出てみませんか?」

「訓練場?」


 思わず声が上ずる。

 この屋敷の裏手には、西の国境を守護するアスコット家が誇る騎士団の訓練施設がある。窓を開ければ掛け声や剣戟けんげきの音が風に乗って聞こえてくることはあったが、病弱だった私がそこへ足を踏み入れることは、これまで無かった。


「本当にいいの? お父様やお母様は?」

「旦那様と奥様には、私が説得いたしました。『遠くから見るだけなら』と、渋々ですがご了承いただいております」


 ラグナの口元が、数ミリだけ緩んだ気がした。

 私の両親――豪快な父と包容力のある母は、私に関しては心配性が過ぎるところがある。ラグナが間に入ってくれなければ、私は成人するまで綿に包まれて暮らすことになったかもしれない。


「行きたい。ぜひ連れて行って」

「承知いたしました。では、上着を羽織りましょう。風はまだ冷とうございますから」


 私は立ち上がり、ラグナが差し出した腕に手を添えた。

 久しぶりの『遠出』だ。胸の奥で、小さく心臓が跳ねた。


   *   *   *


 部屋を出て廊下を歩く。

 ふかふかの絨毯が敷かれた私室とは違い、廊下の床は磨き上げられた硬い寄木張りだ。靴底がコツ、コツ、と立てる乾いた音が、静寂な屋敷内に反響する。

 以前は、この廊下を歩くだけで息が切れ、視界が明滅した。けれど今は、ラグナの腕という支えがあるとはいえ、自分の足でしっかりと床を踏みしめている感覚がある。


 角を曲がるたびに、窓から差し込む光の角度が変わる。

 それにつれて、空気の味も変わっていくようだった。屋敷特有のワックスとリネンの清潔な香りから、どこか土っぽい、力強い匂いが混ざり始めてくる。


「……聞こえますか」

「うん。すごいね、活気がある」


 近づくにつれ、腹の底に響くような野太い号令が明確になってきた。

『ハッ!』『セイッ!』という気合の声。木と木が激しくぶつかり合う打撃音。時折混じる、金属質の高い擦過音さっかおん

 それは、私が前世の記憶の中でしか知らなかった『物語の中の音』であり、同時に、この世界で生きる荒々しい現実の音でもあった。


 勝手口のような木戸をラグナが開け放つ。

 途端に、視界が白く弾けた。


「――っ」


 まぶしさに目を細める。

 春の風が、容赦なく私の銀色の髪を巻き上げた。頬をでる冷たい感触に、生の実感を得て身震いする。

 少し遅れて、鼻孔を満たしたのは濃厚な鉄と土、そして男たちの汗の匂いだった。決してかぐわしいものではないが、消毒薬と香油の匂いに閉じ込められていた私には、それがたまらなく新鮮で、芳醇ほうじゅんにすら感じられた。


「足元にお気をつけください。こちらの観覧席へ」


 ラグナに導かれたのは、訓練場を見下ろす高台にしつらえられた石造りのテラスだった。

 ベンチにはすでに分厚いクッションが置かれているあたり、用意周到だ。私はそこに腰を下ろし、眼下に広がる光景をむさぼるように見つめた。


 広い。

 乾いた砂地が広がる訓練場では、数十人の騎士たちが隊列を組み、あるいは個別に打ち込みを行っていた。

 日の光を反射して輝く鎧。砂煙を上げて踏み込まれるブーツ。張り詰めた空気は、遠目に見ているだけでも肌が粟立あわだつほどの緊張感をはらんでいる。


「あれは第一隊の鍛錬でございます。実戦を想定した基礎訓練ですね」

「基礎……あれで?」


 目にも留まらぬ速さで木剣を振るう姿のどこが基礎なのか。

 だが、ラグナの眼差まなざしは厳しい。


「実戦では、泥の中、雨の中、あるいは数日不眠不休の状態で剣を振るわねばなりません。平らな地面で型通りに動けるのは、呼吸をするのと同じレベルまで落とし込む必要があります」


 さすがは元騎士団長。言葉の重みが違う。

 私の隣に立つラグナの気配に気づいたのか、訓練場にいた騎士たちの数名がこちらを見上げ、ギョッとしたように動きを止めた。


「げっ、バルゼルド相談役……!?」

「それに、隣にいるのは……サフィア様か?」

「おい、姿勢を正せ! 見られているぞ!」


 さざ波のように動揺と緊張が走る。

 私の存在というよりは、ラグナという鬼教官(推測だが間違いないだろう)の視線に怯えているようにも見えるが、それ以上に彼らの視線には、何か熱っぽいものが混じっていた。

 最近、私が歌う鼻歌が使用人たちの肩こりを治したとか、庭師の腰痛を消したとか、尾ひれがついた噂が流れているらしい。騎士たちの間でも「サフィア様の歌を聞くと傷の治りが早い」なんていうオカルトめいた話になっていると聞いたことがある。

 ……まあ、あながち間違いではないのが、この身の特殊なところなのだが。


 私は手すりから身を乗り出すようにして、一人の若い騎士に目を留めた。

 他の騎士に比べて線が細く、まだ鎧が体に馴染んでいない新米らしき青年だ。彼は一心不乱に木人もくじんを叩いているが、どうにも音が軽い。


(……踏み込みが浅いな)


 ふと、そんな感想が頭に浮かんだ。

 前世の記憶。自身の剣術の経験や、動画サイトで見た達人たちの身体操作の理論が、知識として脳裏をかすめる。

 彼は剣を『腕で』振っている。だから、剣先の軌道がブレるし、打撃の瞬間に力が逃げているのだ。


「ラグナ」

「はい」

「あそこの、髪の短い彼……名前は?」

「テオですね。先月入団したばかりの新人です」

「テオ……彼、もう少し左足のかかとを外に向けた方がいいと思う。腰が浮いてるから、剣の重さに振り回されてる」


 私の言葉に、ラグナの片眉が器用に跳ね上がった。

 素人の、それも9歳の子どもの戯言ざれごとと聞き流してもおかしくない場面だ。だが、ラグナは私の瞳をじっと覗き込み、短く「なるほど」と頷いた。


「おい、テオ!」


 ラグナの声が、朗々(ろうろう)と訓練場に響き渡る。拡声魔法でも使ったのかと思うほどの通りが良い声だ。

 名指しされたテオという青年が、ビクリと肩を震わせて直立不動になる。


「は、はいっ!」

「剣先が遊んでいるぞ。左の踵を拳一つ分外へ。腰を落とし、丹田たんでんで振れ!」

「い、イエス・サー!」


 私の指摘を、瞬時に騎士向けの指導言語に翻訳して伝えたらしい。

 テオは慌てて足元を確認し、踵の位置を修正する。そして、グッと腰を沈めた。

 その姿勢は、先ほどよりも明らかに地面に根付いて見えた。


「セイッ!!」


 裂帛れっぱくの気合いと共に、木剣が横薙ぎにひらめく。

 ズドン、と。

 先ほどまでとは違う、芯を食った重たい音が木人から響いた。

 衝撃で木人が大きく揺れ、砂埃が舞う。


「……おぉ」


 テオ自身が一番驚いたように、自分の手と木剣を交互に見つめている。

 周囲で見ていた先輩騎士たちからも、「いい音だ」「化けたな」と感嘆の声が漏れた。

 テオがハッとしてこちらを見上げ、深々と頭を下げる。その顔は、汗と土にまみれながらも、興奮で紅潮していた。


「……サフィア様」

「ん?」

「あまり的確な助言をなさいませぬよう。彼らの訓練計画が狂ってしまいます」


 ラグナは真顔だったが、声色は明らかに面白がっているようだ。


「彼らは単純……いえ、純粋ですから。『サフィア様に見られている』というだけで、普段の三割増しの力を出します。そこに技術的な裏付けまで与えてしまっては、明日から全員が筋肉痛で動けなくなるやもしれません」

「ふふ、それは困るね……でも、すごかった。あんなに音が変わるんだ」


 私は手すりを握りしめたまま、高揚感に包まれていた。

 自分の言葉一つで、現実が動いた。

 剣を振るったのは彼だが、そのきっかけを作れたことが誇らしい。

 前世では、私はただの一般人だった。剣を振るうことも、魔法を使うこともなかった。

 けれど今、この知識と、この目が、誰かの役に立つかもしれない。


(もっと見ていたい。もっと、彼らの動きを目に焼き付けたい)


 そう思った瞬間、ふわりと視界が揺れた。

 膝の力が抜け、ガクンと体が沈みそうになる。


「――っと」

「サフィア様!」


 ラグナの手が、素早く私の肩を支えた。

 鋼のような安定感。その温かさに触れて、私は自分が冷や汗をかいていることに気づいた。

 気持ちはたかぶっていても、体はまだ病み上がりの子供だ。慣れない外気と、強い刺激に当てられすぎたらしい。


「……ごめんなさい。ちょっと、はしゃぎすぎたみたい」

「いいえ……顔色が少し白うございますね」

「うん……残念だけど、今日はここまでにしておく」


 まだ見ていたいという未練を断ち切るように、私は自分からそう告げた。

 ここで無理をして倒れれば、明日からの外出許可が取り消されてしまう。それは何としても避けたい。

 それに、楽しみは先にとっておくものだ。


「賢明なご判断です」


 ラグナが心底安堵したように、そして少しだけ誇らしげに目を細めた。


「ご自身の限界を見極め、引き際を決められるのは、立派な強さでございます。……さあ、お部屋へ戻りましょう。ミレア様が温かいお茶を用意して待っておいでです」

「うん……ラグナ、ありがとう。楽しかった」


 私はもう一度だけ訓練場を振り返った。

 騎士たちはまだ訓練を続けている。彼らの熱気と、舞い上がる砂煙。

 その光景を脳裏に焼き付け、私はラグナに抱えられて訓練場を後にした。


   *   *   *


 部屋に戻ると、静寂が再び私を包み込んだ。

 安楽椅子に深く身を沈め、用意されたハーブティーの湯気を吸い込む。

 温かい液体が喉を通り、胃に落ちると、張り詰めていた神経がゆっくりと解けていくのを感じた。


 ラグナは「何かあればすぐに」と言い残し、一礼して退室していった。

 一人になった部屋で、私は自分のてのひらを見つめる。


(今はまだ、見ているだけ)


 あの場所には立てない。まだ、剣も振れないし、魔法も満足に使えない。

 けれど、今日のテオの一撃は、確かに私の言葉が導いたものだ。

 私の『歌』と、前世の『知識』。そして、この『魔力』。

 それらを組み合わせれば、私はただ守られるだけの存在ではなくなれるかもしれない。


 いつか、あの訓練場へ自分の足で立つために。

 今は焦らず、今日みたいに少しずつ歩行距離を伸ばしていこう。

 そう決意して、私は窓の外、訓練場の方向へと視線を投げかけた。

 遠くでかすかに、また誰かが力強く踏み込む音が聞こえた気がした。

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