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キラリ転生☆アイドル無双 ~歌声チートでドキドキ学園ライフ~  作者: 一宮九葉


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幕間「厨房の戦乙女と、執事長の密かな企み」

 アスコット侯爵家の厨房ちゅうぼうは、今日も戦場のような喧噪けんそうと、どこか不思議な高揚感に包まれていた。

 リネン室から抱えてきたシーツの束をかごに放り込み、若いメイド――彼女はひたいの汗を手の甲でぬぐった。

 窓から差し込む陽射ひざしは穏やかだ。だが、彼女の太ももは、まるで長距離を走り抜いた翌日のように悲鳴を上げている。それなのに、身体からだは羽根が生えたように軽かった。


「……変な感じ」


 彼女は独りちて、持ち場である芋の皮むきをする定位置へと戻った。

 シンクでは、冷たい水が勢いよく流れる音が響いている。包丁がまな板を叩くトントンという軽快なリズムに混じって、大鍋で煮込まれているスープの濃厚な匂いが漂ってきた。


「ねえ、やっぱりあんたも?」


 隣で人参を洗っていた同僚のメイドが、悪戯いたずらっぽい目配せをしてきた。


「え?」

「筋肉痛よ。それも、嫌な感じじゃないやつ」


 図星を指され、彼女は苦笑しながらうなずいた。


「やっぱり? 私だけかと思った。なんだか、妙に身体が軽いのよね。昨日の夜、あんなに遅くまで働いたのに」

「そうそう! 私なんて、あんな時間から廊下の拭き掃除を始めちゃってさ。気づいたら東棟を往復してたわ」

「私はリネン室の整理よ。シーツの山があっという間に片付いちゃって、自分でも怖いくらいだった」


 二人は顔を見合わせ、声を潜めた。


「やっぱり、あのお歌のせいよね」


 昨夜のことだ。

 夜番よばんの騎士たちの休憩用夜食を運んでいた時、屋敷の静寂を破るようにして、ある歌声が響いてきた。

 以前、使用人たちの間で話題になった、あの優しくとろけるような子守歌ではない。

 もっと激しく、魂を直接揺さぶるような、アップテンポで熱い旋律。

 サフィア様だ。

 銀髪に紫の瞳を持つ、アスコット家の美しい三男様。かつては病の床についておられたが、最近ではその姿をよく見かけるようになった。


「前のお歌はさ、こう……極上の羽根布団に包まれてるみたいだったじゃない?」


 同僚が夢見るような顔で言う。


「偏頭痛持ちの洗濯係の子なんて、『天使が舞い降りて頭を撫でてくれた』って泣いてたし」

「そうだったわね。『この屋敷には小さな天使がいる』って、みんなで噂してた」

「でも昨日のあれは違ったわ。天使っていうか……」


 同僚は適切な言葉を探すように宙を仰ぎ、そして拳を握った。


「戦乙女? いや、軍神? とにかく、『行けーッ! やっちまえーッ!』って背中を叩かれた気分だったのよ!」

「わかる。私、あの歌を聞いた瞬間、無性にモップがけしたくなって……気づいたら一心不乱に床を磨いてたもの」


 彼女が深く同意すると、奥の調理台で肉を叩いていた恰幅かっぷくのいい料理人が、包丁を持ったまま会話に割り込んできた。


「俺なんて鍋磨きだぞ。二十年来の焦げ付きが、昨日の夜だけでピカピカになっちまった。見てみろ、あの輝きを」


 料理人があごでしゃくった先には、新品同様に光り輝く大鍋が鎮座している。


「すごい……」

「だろ? しかも不思議なことに、いつもなら翌朝腰に来るんだが、今日は痛むどころか絶好調だ。サフィア様のお歌の前には、ポーションなんか目じゃないぜ」


 料理人は豪快に笑い、また肉を叩き始めた。その手つきは、確かにいつもより軽やかだ。


 厨房のあちこちで、似たようなささやきが交わされていた。


「昨日の夜番の騎士様たち、見た?」

「見た見た! 『もう一周!』とか叫びながら、中庭を走り回ってたわよ」

「隊長さんなんて、目が爛々(らんらん)と輝いてて怖いくらいだったわ」

「でも今朝、すれ違ったら生まれたての小鹿みたいに足がプルプルしてたけど」


 くすくすと笑い声が起きる。

 サフィア様の歌には、不思議な力がある。

 それはもう、この屋敷の使用人たちにとって「公然の秘密」になりつつあった。

 いやしの歌で疲れを取り、激しい歌で活力を与える。


「ねえ、もしかしてさ」


 ジャガイモの芽を取りながら、別のメイドが真剣な顔で言った。


「サフィア様のお歌があれば、私のこのお腹のお肉も消滅するんじゃないかしら」

「あ、それいい! 燃焼系の歌なんでしょ?」

「じゃあ、もしかして……」


 料理人が自らの薄くなった頭頂部をでながら、期待に満ちた眼差まなざしを向けてくる。


「……毛根にも、活力が……?」

「いや、それはさすがに」


 彼女がツッコミを入れようとした、その時だった。


「――楽しそうだな、お前たち」


 低く、しかしよく通る声が厨房の空気を切り裂いた。

 全員の動きが、凍りついたように止まる。

 入り口に立っていたのは、アスコット家執事長、ラグナだ。

 元騎士団長という経歴を持つ彼は、ただそこに立っているだけで歴戦の猛者のような威圧感を放っている。鋭い眼光が、使用人たちを端から順に射貫いぬいていた。

 料理人が慌てて肉叩きの手を止め、居住まいを正す。


「し、執事長! これはその、業務の確認を……」

「鍋の輝きについては評価しよう。だが、口より手を動かせ」

「は、はいっ!」


 ラグナはカツカツと足音を響かせて厨房の中へ進むと、彼女たちの前で立ち止まった。


「……それで? 昨夜の『歌』について話していたようだが」


 彼女は背筋を伸ばし、恐る恐るラグナの顔を見上げた。

 怒られるだろうか。サフィア様のことを勝手に噂したととがめられるかもしれない。


「は、はい。その……昨夜、サフィア様のお歌が聞こえまして」

「ふむ」


 ラグナは表情を変えずに頷いた。


「昨夜の歌を聞いて、身体に異変を感じた者は?」


 隠しても無駄だ。彼女は正直に手を挙げた。

 周囲を見ると、料理人も、同僚のメイドたちも、おずおずと手を挙げている。ほぼ全員だ。


「具体的には?」

「やる気が……その、湧いてきました。仕事がしたくてたまらなくなって、身体が勝手に動くような」

「朝起きたら筋肉痛でしたが、気分は爽快です」

「鍋がピカピカになりました」


 それぞれの報告を聞き、ラグナは「やはりか」と小さく呟いた。

 その瞳には、呆れとも感心ともつかない色が浮かんでいる。


「……サフィア様には、少々特殊な才がおありだ。お前たちが感じた効果は気のせいではない」


 厨房にどよめきが走る。

 あの厳格なラグナが、公式に認めたのだ。


「だが」


 ラグナが一度手を叩くと、場が静まり返った。


「この件を屋敷の外で面白おかしく吹聴ふいちょうすることは禁ずる。サフィア様はまだ幼い。余計な耳目を集めれば、あの方の平穏を脅かすことになりかねん。その意味はわかるな?」

「はい、もちろんです!」


 使用人たちが一斉に頷く。

 彼らにとってサフィア様は、守るべき愛らしい主人の一人であり、日々の疲れを癒やしてくれる「小さな天使」なのだ。そんな天使様を危険にさらすような真似をするはずがない。


「よろしい」


 ラグナは満足げに頷き、きびすを返そうとした。

 だが、去り際にふと、独り言のように呟いた言葉を、彼女は聞き逃さなかった。


「……しかし、これほどの効果があるのなら、騎士団の訓練時に限定すれば……あるいは、遠征前の士気高揚に……」

「……え?」


 彼女と思わず目が合ったラグナは、ほんの一瞬だけ決まりの悪そうな顔をして、咳払せきばらいをした。


「なんでもない。仕事に戻れ」


 そう言い残し、執事長は足早に去っていった。


 厨房には、微妙な沈黙と、その後の爆発的な興奮が残された。


「聞いた? 今の」


 同僚メイドが目を輝かせて彼女の袖を引く。


「聞いた。『士気高揚』って言ったわよね?」

「執事長まで、サフィア様のお歌を戦力として数え始めてる……!」

「やっぱり『小さな天使』様は、ただの天使様じゃなかったのよ」

「癒やし担当で、時々、軍神?」

「やだ、サフィア様かっこいい!」


 クスクスという笑い声が、さざ波のように広がる。

 彼女は、まだかすかに筋肉痛が残る太ももをさすりながら、遠く離れたサフィア様の部屋の方角を見上げた。


(サフィア様、ご自身が思っている以上に、すごいことになってますよ)


 癒やしのバラードで安眠を与え、激しい歌で活力をみなぎらせる。

 次にサフィア様が歌う時、この屋敷にはどんな奇跡――あるいは騒動――が巻き起こるのだろう。


「……さて、仕事しよっか」

「そうね。なんだかんだで、まだやる気残ってるし」


 彼女は皮むき器を握り直した。

 手の中のジャガイモが、昨夜の余韻か、それともただの気のせいか、いつもより少しだけ軽く感じられた。

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