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キラリ転生☆アイドル無双 ~歌声チートでドキドキ学園ライフ~  作者: 一宮九葉


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第1話「銀の目覚め」

 深い水底みなそこに沈んだ眠りのふちを、遠いさえずりがかすかに震わせた。

 それは風が木々を揺らす音にも似た、どこか懐かしいような、けれど聞き覚えのない穏やかな音色のよう。

 導かれるまま、微睡まどろみが泡となって立ち上り、キラリと光射す現実へと引き上げられていった。


 身体が、重い。

 まるでなまりを詰め込まれたかのように、指一本動かせない。

 のどが焼けるように渇いている。


(……あれ、私、生きてる……? てっきり、あのまま終わったのかと思ったのに)


 意識の霧が少しずつ晴れていくにつれ、思考がゆっくりと回り始める。

 最後に覚えているのは、会社のデスクに積み上げられた書類の山と、納期に追われる焦燥感しょうそうかん。そして、視界がぐらりと揺れた浮遊感だ。

 だからてっきり、過労で倒れてそのまま……だと思っていたのだが。


(ここ、どこ……会社でも病院でもない……インテリア、やたら凝ってるわね)


 目を開けると、視界に入ってきたのは無機質な天井ではなかった。

 重厚な木彫りの装飾が施された天蓋てんがい。上質な布地のドレープ。

 どう見ても、日本の一般的な様式ではない。


(天国にしては生活感があるし、地獄にしては快適すぎる。……状況が読めないわね)


 とりあえず、この乾いた喉をどうにかしたい。

 私は力を振り絞り、唇を動かした。


「……お水、欲しい……」


 かすれてはいたが、その声は驚くほど高く、澄んでいた。

 自分の喉から出たとは信じがたい音色に、私自身がぎょっとする。


(声、高っ……! これ、聞き覚えのない音程なんですけど)


 その声に弾かれたように、ベッドの脇に控えていた人影が動いた。


「サフィア様……! サフィア様、お目を、お開けになりましたか?」


 視界の端に、若い女性が入り込む。

 メイド服のようなものを着た彼女は、震える手で水差みずさしをつかむと、慌ててコップに水を注ぎ始めた。

 水差しとコップがカチャカチャと音を立ててぶつかり合っている。


(すごく動揺してる……。それに『サフィア様』って言った? え、何? この名前、キラキラネーム?)


「喉が渇いておいでですか? お水を……はい、少しずつ、口を開けてくださいませ」


 女性の手助けで上体をわずかに起こされ、冷たい水が唇を濡らす。

 口の中に広がる清涼感は、確かに現実のものだった。

 夢ではない。

 水を飲みながら、私は何気なく自分の手元に視線を落とし――そして、飲んでいた水を吹き出しそうになった。


(手、小さい……いや、小さいのはいいとして、この華奢きゃしゃさ何?)


 視界にあるのは、透き通るように白い肌と、折れそうなほど細い指。

 どう見ても大人の手ではない。それどころか、健康な子どもの手ですらない気がする。

 さらに視線を少し横に滑らせれば、シーツの上に広がる長い銀色の髪が目に入った。


(髪、長いし……しかも銀色。これって……)

 窓ガラスに、うっすら映る自分の姿。


(完全に二次元ヒロイン枠じゃない!)

 色素の薄い銀髪に、神秘的な紫の瞳。

 病弱で、はかなげな美少女がそこにいた。


(中身・スペック:元OL/見た目:美少女。……どう考えてもネタみたいな状況に放り込まれてるわね)


 私が呆然ぼうぜんとしていると、水を飲ませ終えた侍女じじょは、コップを置くや否や、弾丸のように部屋の扉へ駆け出した。


「奥様! 旦那様! サフィア様が……サフィア様がお目覚めになりました!」


 廊下に響き渡る叫び声。

 バタバタと遠ざかっていく足音を聞きながら、私は一人、広いベッドに取り残された。


(……行っちゃった。今のうちに整理しようにも、情報がなさすぎるわ)


 天井を見つめ、記憶の糸を手繰たぐり寄せる。

 自分が「以前、大人の女性だった」ことは覚えている。

 社会人として仕事に忙殺され、幼少時には厳しい祖母にしつけられた記憶もある。

 だが、そこから先がぷつんと途切れていて、今のこの「サフィア」としての記憶とまったく繋がらない。


(記憶の編集、雑じゃない? まあ、今の体力じゃ深く考えるだけで熱が出そうだから、保留にするしかないけど)


 そうこうしているうちに、廊下から複数の足音が近づいてきた。

 ドタドタという慌ただしい音と共に、部屋の扉が勢いよく開かれる。


「サフィア!」


 飛び込んできたのは、きらびやかな衣装に身を包んだ男女だった。

 優美なドレス姿の美女、威厳ある体躯たいくの紳士、そしてまだあどけなさの残る美少年。

 後ろには、先ほどの侍女と、いかにも仕事ができそうな初老の執事しつじが控えている。


(……美人さんとイケおじとイケメン男子、勢揃せいぞろいって何この豪華キャスト。これで『あなたの家族です』って言われたら、普通はドッキリを疑うところよね)


 サフィアの内心のツッコミをよそに、美人さん――母が、涙を溜めた瞳でベッドに駆け寄り、サフィアの頬をそっと包み込んだ。


「サフィア……わかる? 母さんよ」


 その手は温かく、震えていた。

 演技ではない、心からの安堵あんどと愛情が伝わってきて、サフィアの胸の奥が不意に締め付けられる。

 知らない人のはずなのに、身体がこの温もりを覚えているような、不思議な感覚。


 続いて、イケおじが枕元にひざをつき、安堵に緩んだ顔でのぞき込んでくる。

 その厳格そうな風貌ふうぼうが、今はただ心配性の父親の顔になっていた。


「サフィア……よく、戻ってきてくれた。私の息子よ」


(……ん?)


 サフィアの思考が一瞬停止した。

 今、なんて言った?


(息子? ……え、娘じゃなくて?)


 混乱するサフィアに追い打ちをかけるように、イケメン男子が身を乗り出した。


「サフィア! 本当に……本当に目を覚ましたんだな! 心配させやがって……! 俺は……俺はもう、二度と弟と遊べないのかと……!」


(弟って、私のこと? いやいや、ちょっと待って)


 サフィアは内心で激しく首を横に振った。

 どう見ても、自分の身体は華奢な少女のものだ。

 服装だって、フリルのついた可愛らしい寝間着を着ている。

 なのに「息子」で「弟」?


(中身はどう考えても女なんだけど……いや、ここで『実は中身お姉さんなんです』はさすがに言えないわよね。それ以前に、この見た目で男扱いされてる状況がカオスすぎる)


 しかし、目の前の家族たちの表情は真剣そのもので、冗談を言っている雰囲気ではない。

 彼らは本気で心配し、本気で泣いているのだ。

 その真っぐな愛情を前にして、サフィアは困惑しつつも、正直に答えることを選んだ。

 嘘をついて取りつくろえるような状況ではないし、何より、この人たちをこれ以上(あざむ)くのは気が引けた。


「……ごめんなさい。ここがどこなのかも、皆さまがどなたなのかも、よくわからなくて」


 サフィアは、意識して丁寧な言葉を選んだ。

 中身が大人である以上、幼児のようなしゃべり方はできないし、今の混乱した状況では丁寧語の方がボロが出にくいだろうという計算もあった。


「私、自分が『サフィア』だと……言われれば、そうなのだと思うのですけれど……。変なことを言っていたら、本当にすみません」


 サフィアの告白に、部屋の空気が一瞬凍りついた。

 だが、すぐに執事が一歩前に出て、落ち着いた声でその場を収める。


「サフィア様、ご気分はいかがでございますか。お名前と、今の年齢はおわかりになりますか?」


「……いいえ、なにも」


 サフィアが首を横に振ると、執事は深くうなずき、家族たちに向き直った。


「長い高熱の後でございますし、記憶が混乱しておられるのでしょう。まずは医師に診ていただきましょう。皆様、まずはサフィア様に静養せいようをお与えくださいませ。驚きと安堵で、お疲れでございましょう」


「……そうだな。ラグナの言う通りだ」


 父が大きな息を吐き、サフィアの頭を不器用にでた。


「ここはアスコット侯爵家の屋敷だ。お前の家だ。記憶のことは、しばらくは気にするな。お前が生きていてくれるだけで、十分だ」


「覚えていなくてもいい。私はローレン、お前の兄だ。それだけ、覚えてくれれば今は十分だ!」


 兄ローレンも涙目で力強く頷く。

 母は何も言わず、ただ優しくサフィアの手を握りしめていた。


(……温かいなあ)


 状況は謎だらけで、「息子」呼ばわりされていることへの疑問も尽きない。

 けれど、彼らの愛情が本物であることだけは、痛いほど伝わってきた。


(記憶喪失ってことになっちゃったけど、誰も責めないどころか、生きてるだけでいいなんて……私には思いもよらない待遇だわ)


 執事のラグナが医師を呼ぶ手配のために部屋を出て行き、父とローレンも名残惜しそうにしながら退室した。

 部屋には母と侍女だけが残り、サフィアの汗ばんだひたいぬぐったり、乱れた寝具を整えたりと甲斐甲斐かいがいしく世話を焼き始める。


 侍女が、枕元にあった手鏡をそっとサフィアに渡してくれた。


「サフィア様、顔色が少し戻られましたね。本当に、よろしゅうございました……」


 サフィアはお礼を言って鏡を受け取り、そこに映る自分自身の顔をまじまじと見つめた。


(……だから誰、この美少女)


 鏡の中には、陶磁器とうじきのように白い肌と、神秘的な光を宿す紫の瞳を持つ、可憐かれんな子どもが映っていた。

 まばたきをすれば、鏡の中の少女も瞬きをする。

 頬をつつけば、柔らかい感触と共に鏡像も動く。


(いや、さっきから私の動きと完全に同期してるんだから、これが今の『私』なんだけど)


 鏡の中の自分は、どこからどう見ても愛らしい少女だった。

 これを「息子」と言い張る侯爵家の方針には、疑問符しか浮かばない。


(侯爵家の息子って言われてるのに、見た目これって……性別と役職、噛み合ってないにもほどがあるわ。将来、社交界とかでどう説明するつもりなんだろう)


 ため息をつきたい気分だったが、鏡の中の美少女がうれいを帯びた表情になると、それはそれで絵になってしまうのが余計に始末が悪い。

 サフィアは鏡を置き、ふう、と小さく息を吐いた。


 自分の置かれた状況は、不可解で、突っ込みどころ満載で、おそらく前途多難だ。

 けれど、鏡の向こうの侍女が安堵の涙を拭い、母が愛しげに微笑んでいるのを見て、サフィアの中にひとつの思いが芽生えた。


(事情はさっぱりだけど……この家族をこれ以上泣かせるのは嫌だわ)


 せっかく拾った命だ。

 それに、こんなにも自分を大切に思ってくれる人たちがいる。

 性別の謎や記憶の問題はさておき、まずはこの世界とこの身体に慣れることから始めよう。


「……少し、眠くなってしまいました」


「ええ、無理もありません。ゆっくりお休み」


 母に布団を掛け直され、サフィアは再びまぶたを閉じた。

 意識が沈んでいく微睡みの中で、どこか懐かしいような、それでいて人ではないような不思議な声の残響が、耳の奥で微かに聞こえた気がした。

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