第二話 光と闇
第二話 光と闇
それから一ヶ月が経った。
見えない何かは、毎晩現れるようになった。
千佳は、眠ることができなくなった。毎晩、見えない足音に怯えながら、誠一に抱きしめられていた。
誠一も、疲労が限界に達していた。毎晩、見えない何かと戦う。それを繰り返していた。
彼の見えない体は、傷だらけになっていた。見える世界には映らない、見えない世界の傷。だが、その痛みは、確かに存在していた。
千佳は、誠一の変化に気づいていた。
「誠一さん...」
彼女は、ある夜、呟いた。
「あなたは...何と戦っているんですか...」
誠一は、長い沈黙の後、答えた。
「...俺たちと同じように、見えない存在がいる。だが、それは人間ではない。もっと...古い。もっと...汚い。」
「怖いんですね」
千佳の言葉に、誠一は息を飲んだ。
「君の前では...強くいようとしてた。だが...本当は...怖い。あいつに君が連れ去られることが。君が傷つけられることが。」
千佳は、見えない存在の手を握った。
「誠一さん。私も怖いです。毎晩、眠る時が怖い。朝が来るのか、来ないのか。あなたがいるのか、いないのか。」
その時、見えない何かが、再び現れた。
だが、今度は違う形で。
誠一を通じて。
見えない何かが、誠一の体を乗っ取ろうとしていたのだ。
誠一の体が、痙攣した。見えない体が、見える地面に影響を与え始めた。空気が、歪む。
「ああ...ああ...」
誠一の口から、別の声が出た。見えない何かの声。複数の声。
「君を...傷つけたい...」
その声は、誠一のものではなく、見えない何かのものだった。
千佳は、その言葉を聞いて、叫んだ。
「誠一さん!」
她の叫び声が、見えない世界に響いた。
その瞬間、誠一の意識が、戻ってきた。
見えない何かを、押し出した。
自分の体から。自分の心から。
「俺は...お前ではない...」
誠一は、千佳の前に立ちはだかった。
「俺は...君を愛している...」
その言葉が、見えない世界を貫いた。
見えない何かは、悲鳴を上げた。人間のものではない、不気味な悲鳴。
そして、消えた。
だが、完全には消えたわけではなく。見えない世界の奥へ、後退していった。
誠一は、千佳に抱きついた。
「ごめん...ごめん...怖い思いをさせて...」
千佳は、その見えない存在を抱きしめた。
「誠一さん...一人ではありません。私がいます。」
だが、その夜以降、状況は急速に悪化していった。
見えない何かの攻撃は、激化した。
誠一との戦闘の時間が、長くなっていった。
一時間。二時間。三時間。
毎晩、誠一は、見えない何かとの戦いに費やしていた。
そして、千佳は、その間、誠一が戻ってくるのを待っていた。
だが、ある夜、誠一は戻ってこなかった。
朝になっても。昼になっても。
千佳は、パニックに陥った。
「誠一さん!誠一さん!」
彼女は、ビル中を探した。だが、どこにもいない。
仕事先のビルに行った。夜間清掃の場所。
彼女は、見えない何かの気配を感じた。
深い暗さ。見えない世界の暗さ。
「誠一さん!」
千佳が呼びかけた時。
その何かが、動いた。
見えない足音。見えない呼吸。
だが、それは、誠一ではなかった。
「ああ...人間の少女...」
見えない何かが、語った。
「お前が...透明人間の心を支えている存在か...」
千佳は、恐怖に包まれた。
「誠一さんを...返してください...」
「返す?ああ...もう、返せない。透明人間は、見えない世界に沈んだ。お前の愛の重さに、潰されて。」
見えない何かの言葉は、千佳の心を切り裂いた。
「嘘です...」
千佳は、叫んだ。
「誠一さんは、もっと強い...」
「強い?透明な存在が、見える世界の少女への愛で、自分の世界を失ったんだ。」
見えない何かが、近づいてきた。
千佳は、後退した。だが、その何かは、彼女を追ってきた。
「お前も...見えない世界に...」
その時。
光が、見えない世界を貫いた。
金色の光。それは、誠一の体から放たれていた。
見えない存在だった彼が、可視化されていく。
黒い髪。静かな瞳。整った顔。
そして、その身体は、傷だらけだった。見えない世界との戦いの傷。血。痛み。すべてが、可視化されていた。
だが、その瞳には、千佳への深い愛が刻まれていた。
「千佳...」
誠一が、声を出した。彼の声は、弱々しかった。だが、確かに存在していた。
「俺は...消えはしない...どんなに、見えない世界が俺を引っ張っても...お前がいる限り...」
誠一は、見えない何かに立ち向かった。
見える身体で。見える心で。
光と闇が、衝突した。
見える光。見えない闇。
ソウタの愛が、見えない何かの悪意を押し返した。
見えない何かは、悲鳴を上げた。
「何だ...この光は...透明人間が...見える世界の光を...」
見えない何かは、消えていった。
誠一の光に、焼かれていった。
その姿は、誰の目にも見えなかったが、千佳は感じた。
見えない何かが、完全に消える瞬間を。
誠一は、その光の中で、崩れ落ちた。
見える身体が、見える地面に倒れた。
「誠一さん!」
千佳は、彼に駆け寄った。
初めて、彼女は、誠一の体を見ることができた。
見える手で、見える身体を。
彼は、生きていた。だが、消耗していた。見えない世界との戦いで、ほぼ全てを失っていた。
血。傷。痛み。すべてが、見える世界に現れていた。
「ここにいるよ...」
誠一が、呟いた。
「ずっと...ここにいる...」
千佳は、彼を抱きしめた。涙を流しながら。
「誠一さん...誠一さん...」
彼女の声は、喜びと、安堵と、恐怖が混ざった声だった。
光が、やがて消えた。
だが、誠一の姿は、消えなかった。
彼は、見える存在になっていたのだ。
完全に。永遠に。
見えない世界との最後の戦いで、彼は見える世界に、完全に根付いてしまったのだ。
朝日が、ビルの床に注ぎ込んだ。
見える男と、見える女。
千佳は、初めて、誠一の顔を見た。日光の中で。
涙を流しながら。
傷だらけの顔。だが、その顔には、彼女への深い愛が刻まれていた。
「誠一さん...」
「ここにいるよ...」
誠一は、彼女の手を握った。見える手で。
「もう、どこにも行かない。見えない世界にも。君の側を離れない」
千佳は、その言葉を信じた。
見える存在だからこそ。見える身体だからこそ。
彼女は、その手を、永遠に握り続けることができるのだから。
だが、その時。
誠一は、何かに気づいた。
見えない世界の奥から、まだ何かが聞こえる。
見えない足音。見えない呼吸。
見えない何かは、完全には消えていないのだ。
倒されたのだ。だが、消えたわけではない。
見えない世界の、さらに奥に。
もっと深い暗さに。
そこで、待っている。
誠一が、また見えない世界に堕ちる日まで。
誠一は、その恐怖を隠した。
千佳の前では、強くいなければならない。
彼女を守るために。
彼女の笑顔を守るために。
「もう大丈夫だ」
誠一は、千佳に言った。
だが、彼自身は、知っていた。
これは、終わりではないということを。
見えない世界の脅威は、永遠に、彼に付きまとうということを。
そして、いつか、また現れるということを。
もっと強い形で。
もっと危険な形で。
千佳は、誠一を抱きしめた。
彼女は、その恐怖を感じていなかった。
ただ、彼が生きていること。彼が、見える存在になったこと。
それだけで、満足していた。
だが、誠一の心は、既に、見えない世界に引き裂かれていた。
彼の愛する者を守ることと、自分の存在を保つことの狭間で。
彼は、永遠に戦い続けるのだろう。
見えない世界との戦いを。
見えない何かとの戦いを。
そして、いつか、その戦いに敗れる日が来るのだろう。
その時、千佳は、誠一を失うことになるのだろう。
誠一は、その日を遅らせるために、毎日、戦い続けるのだ。
見える世界で。
見える身体で。
見える心で。
朝日は、ビルを照らし続けた。
見える男と見える女。
だが、その男の心は、いつも、見えない世界を見ていた。
見えない足音を聞いていた。
見えない呼吸を感じていた。
見えない何かが、ずっとそこにいることを。
終わり
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