ここにいるよ
朝日が差し込む実験室で、誠一は自分の手を見つめた。昨日までは、そこに手があった。茶色い肌。短い爪。毎朝ひげを剃る時に見ていた、ごく普通の手だ。だが今、そこには何もない。「被験者001、体調に異常はありませんか。」スピーカーから、白衣の研究員・田中博士の声が聞こえた。防音ガラスの向こうで、彼は隆々と映るモニターを睨んでいる。「異常があるに決まってるだろう。俺が透明になってる。」誠一は冷たく返した。彼は大手製薬会社の研究開発部門で働く会社員だった。給料が良い代わりに、月に一度は新薬の人体実験に参加する契約になっていた。いつもは湿疹程度だ。軽い頭痛。そんなものだ。だが、今回は違った。「ご安心ください。これは一時的な副作用です。おそらく24時間以内に治ります。その間に、データを取らせていただきたいのですが。」田中博士の言葉は、誠一の不安を拭い去らなかった。だが、契約は契約だ。彼は黙って、ベッドの上に横たわった。実験室の天井を見つめながら、誠一は考えた。透明人間。子どもの頃に読んだ小説に出てくる存在。それが自分に起こっている。まさか、本当に透明になるとは。