いつか王子様と
わー胸糞悪い―と思いながら書きました
あなたは望まれて生まれてきた子なのよ、というのが甘やかしてくれる時のお母さまの、最も甘い声でいわれる言葉だった。
お父さまとお母さまが愛し合って。その結果わたしがうまれた。
お父さまは何故か一緒には暮らしていなかったけれど街のはずれの小さなおうちは何でもそろっていて居心地が良かったことをうっすら覚えている。
おとぎ話の悪い魔女のような女に邪魔をされてみすぼらしい生活を送っていたとお母さまは言っていたけれど。八歳になって間もない頃にお父さまと一緒に暮らせるようになるとその意味がわかった。
お父さまのおうちはお城のように広かったのだ。
そんなおうちを知ってしまうとわたしが住んでいたおうちはお父さまのおうちの庭の物置程度の大きさだった。
だから、本当に悪い魔女は居たのかもしれないと思った。
お母さまは魔女が死んだから一緒に暮らせるようになったと嬉しそうで。
わたしも幸せそうな顔をしているお母さまが物語のヒロインのようで。
わたしもいつか、わたしを愛してくれる人と今より大きな家に住みたいと考えた。
そう。
そうだった。
そのおおきなお城のようなおうちには魔女の息子と娘がまだ住んでいた。
お父さまと魔女はなんと結婚していたというのだ。
わたしは魔女を愛していたのか一度だけお父さまに訊いたことがある。
お父さまにぶたれたのはその時、それきり。
怖かったし痛かったけれど。同時に魔女の力に逆らえなかったお父さまが可愛そうだと思った。
魔女の息子……お兄さまはお父さまにそっくりなのにつまらない人で。
魔女の娘……お姉さまはまったくお父さまに似ていないけれど。綺麗なドレスとアクセサリーをつけていた。
けれど本当に血の繋がりがあるのはお兄さまだけではないかとお母さまが言っていて。わたしもそうなんじゃないかと思った。
だって、お姉さまは肖像画に描かれている魔女にそっくりで。お父さまとは全然似ていなかったから。
きっと魔女がお父さまを裏切った結果生まれてきた、お父さまに望まれていない子供なのだとわかった。
かわいそうなお姉さま。
お母さまはそんなお姉さまが嫌いなようだった。
魔女にそっくりだからだろうと思った。
黒い長い髪に、深い海のような色をしたおおきな眼。
空に浮かぶ月みたいな、白い肌。
表情はぱっとしなくてずっと何か考えてるみたいで、鬱陶しい。
綺麗なアクセサリーが似合うわけがないと思ったからある日お姉さまが付けているアクセサリーを引っ張って壊して取り上げたらお母さまにものすごく褒められた。
お姉さまは驚いてこちらを見つめていた。
魔女の娘なら呪いを掛けられるんじゃないかと思って。正直その夜は怖くて眠れなかったけれど。お姉さまにそんな力はないみたいだった。
わたしを怖がらせたお姉さまが悪いと思ったから。次の日はドレスを破いた。
お姉さまは抵抗しなかった。
当然だと思った。
わたしたちをあんな小さなおうちに追いやった悪い魔女の娘なのだから。
奪われて当たり前だと思った。
お母さまはわたしよりもお姉さまを嫌っていた。
まるで魔女そのものを見るような眼でお姉さまを見て。
不思議なことにお父さまもお姉さまを責めるようになった。
あっという間にお姉さまのお部屋はわたしのものになり。
お姉さまは使用人と同じような屋敷の端っこのちいさなお部屋で寝起きするようになった。
わたしは覚えきれないほどのドレスやアクセサリーを持っていたし。侍女も七人ついていたけれど。
お姉さまのドレスは私のおさがりでアクセサリーは魔女が残した粗末な硝子玉のネックレスだけで。侍女は使用人の中でも一番愚図でのろまなマリアという侍女だけ。
お母さまに用事を言いつけられるせいでお姉さまの髪や肌は傷んでいったし。
食事は一日一食。
使用人の飲んでいる具のないスープと釘が打てそうな硬いパンだけだけれど。その顔は肖像画の中で微笑む着飾った魔女に似ていく一方で気味が悪かった。
八年が経つ頃には家でわたしたちに逆らえる者はいなくなっていた。
わたしはお姉さまの婚約者まで自分のものにして。毎日楽しく暮らしていた。
ライアス様は顔はいまいちだけれど出世頭だという。
侯爵家の跡取りではないのは不満だけれど婿入りしてくれるからとお父さまに勧められたので仕方なくお姉さまから奪った。
けれどやっぱり。
初めてルーンベル伯爵家に足を踏み入れた時の、お母さまの、物語のヒロインみたいな、輝くような笑顔を忘れられなかった。
幼心に思った『いつか、わたしを愛してくれる人と今より大きな家に住みたい』という願いがあることを忘れられなかった。
だから。
第一王子主催の舞踏会でお姉さまに婚約破棄を突き付けるライアス様と一緒にお姉さまにいつものように罰を与えていた時。
不意に現れた、見惚れてしまうほど綺麗な王子様に恋をしてしまったの。
物語に出てくる王子様よりも格好良くて。
第一王子だから将来は王様になって。わたしのおうちがこのお城になる。
そう思うと想いが止まらなくて。はしたないと思いながらも王子様と結婚したいと思ったの。
だってわたしには選ばれし者しか持てない『ギフト』がある。
それはわたしがお願いしたら誰だって私を好きになってなんでもいう事を聞いてくれる、すごい力で。
わたしの『ギフト』を知ったお母さまが『誰かにこのことを言ったら力を失ってしまうから誰にも言ってはいけない』と言ったから、ずっと誰にも秘密にしていた。
だから当然、第一王子ルフェウス様にも効くはずだった。
わたしを好きになって恋人にして、結婚して、王妃にしてくれるはずだったのに。
それなのに、それなのに、それなのに……!
「こんなのおかしいこんなのおかしいこんなのおかしい……」
西の塔。
貴族を軟禁しておくための部屋は整えられているが狭い。
しかも自分は年頃の乙女だというのに内鍵と外鍵の掛かった室内には男女の近衛兵が常に居て。着替えも入浴も一日一度だけ。
お茶は強請れば格子窓の向こうから差し入れられるがお菓子は一日二度だけ。
食事は食べられる味だがひとりきりで摂らされる。
自由を制限されるのは罰を受ける者が強いられることだ。
こんな屈辱は初めてでわたしはすべての元凶であるお姉さまを恨んだ。
第一王子はお姉さまに操られていたに違いないと思う。
だってお姉さまは魔女の娘だもの。
でもきっとお姉さまは昨日、ひどい目に遭ったはず。
お母さまが、婚約破棄された娘なんて伯爵家には住まわせないと言って。
次の『ふさわしい嫁ぎ先』を見つけやすくするためにお姉さまをひどい目に遭わせると言っていた。
よくわからないけれどお姉さまは舞踏会の帰りにあの愚図なメイドの手引きでひどい目に遭って。とうとう壊れてしまうかもしれないらしい。
その様を見られないのが残念だけれど。
どんなひどい目に遭ったのか考えるだけで溜飲が下がる。
かといってこの、虐げられている状態を許せるわけがないのだけれど。
それにしても。さっきからこっちを睨んでいる、格子の向こうに居る男は何者なのかしら。
わたしは何も話していないのにずっと羊皮紙に何かを書いていて気持ち悪い。
でもよく見たら顔は悪くないわ。
少なくともライアス様よりは格好いいかも。
黒髪は陰気で嫌いだけど眼まで黒いと素敵ね。
深紫色のマントは見慣れないものだけれど。左肩にある金のブローチは綺麗だと思うわ。
「調書はこれで十分です。あぁ、胸糞悪い。司法が仕事しないならオレが首を刎ねたいですよ」
「おいおい、問題発言するなよ。おまえ調査員だろ」
結局、男はそんなよくわからない会話を近衛の男の方と交わして出て行った。
物騒な一言が聞こえたけれど誰の話をしているのかしら。