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学園にて(夕)

土日は遊んでしまいますねー

致し方なし!

 夕暮れ。

 放課後、セラスに図書館での勉強に誘われ。

 有意義な時間を過ごした後、名残惜しそうなセラスと別れてそう経たないうちに異変は起こった。


 メアンに不意に突き飛ばされた時。フレイアは一瞬、状況を飲み込めなかった。

 一拍おいて先ほどまで自分の居た場所に水の塊が降り注ぐのを見開いた眼で見て漸く。どこかから水が自分にぶちまけられたことを知る。

 足元で跳ねた水球は靴と制服の裾を濡らす。

 メリナ・アンクレー伯爵令嬢として令嬢らしからぬ動きをするわけにはいかなかったのだろう。濡れた足元を見たメアンが下唇を噛むのが見えた。


 『ギフト』だ。

 そう思った時にはふたつめの水球が目の前に迫っていた。

 今度は避ける間もなくばしゃりと頭から被る。

 反射的に目を閉じてすん、と鼻を鳴らして少し安堵する。

 今日も何らかの汚水ではなさそうだ。

 冬ならともかく夏なら体に障ることもない。

 それにこの水は普段家で身を清めるためにわざわざ用意されている水よりは遥かに心地よい温度だ。

 身を竦めるほどの冷たさもないのでむしろ暑さを紛らわせるには少し物足りないくらいだ。


 とはいえこの場で問題なのは『ルーンベル伯爵令嬢』が『ギフト』による能力で水を掛けられたこと。

 昨日までの……後ろ盾のない、両親からすら関心を抱かれていないルーンベル伯爵令嬢ならある意味問題ないが。今日はそうはいかない。

 水を掛けられるのは初めてではないが水を掛けた相手の今後の為にも立場を明確にしておかなければいけないだろう。


 そう思ったところでフレイアはどういった態度を取ったらいいのかわからなくなった。

 ルフェウスは自分にどんな役回りを期待しているのだろう。


 ただ黙って以前のように振舞うことを求めているのなら増長させるだけ増長させるためにいまこの場で以前と違う行動を取るべきではない。

 もしくは明確な囮としての行動を期待しているのなら『第一王子に見初められた伯爵令嬢』として相手の負の感情を煽るべきだろう。

 その辺りの話し合いを十分にしてから学園に登校すべきだった、と思いながら。フレイアは何やら笑いながら悠々と歩み寄ってくる何人かの生徒達をぼんやりと眺めていた。


 隣のメアンが眉を顰める気配がする。

 その気配には戸惑いも不安もない。ただ純粋な怒りが伝わってきて。フレイアはそれがほんの少し不安になる。

 こんなにもわかりやすい構図で囲まれたことがないのでメアンは、自分が嫌がらせを受けていることは知っていてもこうも大人数によるあからさまなものだとは知らなかったのかもしれない。


「大変、手が滑ってしまいました、濡れてしまいましたね? ルーンベル伯爵令嬢」


 言葉とは裏腹に笑いながら声を掛けてきたのは妹と懇意にしている伯爵令息だ。


「お着替えを手伝います。さぁこちらへ」


 言葉の前に他の侯爵令嬢やら男爵令嬢やらに腕や髪や服を引っ張られ。その際に強引に前身頃を掴まれたせいで制服の胸元のボタンに圧がかかった。


「ミッド伯爵令息の『ギフト』の不正使用及び制御の不安定性をエストゥル長官にお伝えしておきます。あと、もう放課後ですし着替えは王城にて行いますのでお手伝いは不要です、アルム侯爵令嬢、ヴァイニ伯爵令嬢、マーク男爵令嬢……それにしてもあなた方の侍女はそんなにも粗暴な方法であなた方に接するのですか。お可哀そう。朝の支度も夜会などでのドレスアップも一苦労ですね」


 人目のある場所でこうも強硬な方法で嫌がらせを受けるとは思いもせず。

 なにより隣のメアンが爪先に重心を移すさまを見て。フレイアはよどみなく告げた。

 初めて言い返されたこと。及びその内容が予想外だったのだろう。

 人垣がたじろぐ。

  

「私があなた方を認識していないとお思いなら貴族に向いていないと思います。この学園は貴族社会の縮図。あなた方はひとりひとり、家名を背負っていることをお忘れなく。いまの私には守るべき肩書があります。今後は容赦いたしません」


 ひとりひとりと目を合わせてから微笑むと何人かは恐れをなしたかのように去っていった。

 漸く『第一王子に寵愛されている伯爵令嬢』に嫌がらせをした結果、降りかかる諸々について考えが及んだようだ。


「実の妹を嵌めるなんて! 恥を知りなさい! リーナはあんなことをする子じゃない。ライアスと結ばれて幸せそうだったのに……いったいどんなひどい手を使ったの」


 喧嘩腰で声を上げたのはアルム侯爵令嬢だ。


「聞こえております。そんなにも大きな声を張り上げていたら喉を傷めてしまいますわ」


 振り上げた拳の行き先が迷子になったのだろう。

 アルム侯爵令嬢はフレイアの長い髪を掴んだままだ。


「妹に何をしたかと訊かれれば『何も』としか答えようがありません……そしてあなたは私の言葉など信じないでしょう」

「当然よ! あなたのことはリーナから聞いているもの!」

「私が、彼女を虐げている、と?」


 フレイアが静かな声で問いかけるとアルム侯爵令嬢の、髪を掴む手に力が籠った。


「そうよ。何故実の妹にあんなにもひどいことができるの!」

「妹は、私に何をされたと言ったのですか」

「白々しい!」

「私は妹があなたに何を言ったか知りません。教えてください」


 フレイアは髪を引っ張られる痛みに顔を歪めそうになりながらも冷静に問いかけた。

 いつしか周りは固唾を飲んで自分とアルム侯爵令嬢とのやり取りを見守り。一方のメアンは『アンクレー伯爵令嬢』としてぎりぎりの剣呑な視線をアルム侯爵令嬢に向けている。


「そりゃ……いろいろよ。アクセサリーを次から次へと盗まれる……」

「はい。盗まれました。私が持っているものはこれが最後のひとつです」


「そんなの嘘よ。リーナはあなたのセンスが絶望的だから周囲がどれだけ勧めてもその首飾りしか付けないと言ったわ! それに家では何年も、夜も満足に眠れないほど多くの雑用を押し付けたり料理人に命じて食事を粗末なものにしたりしているそうじゃない! ライアス様に愛されることを妬んで舞踏会のためのドレスだって破いたことだってあるって……生粋の貴族であることを笠に着て……!」

「ふふ、そうですか。妹は家で十分に休息や食事を摂れていない、と。それにしても奇妙なお話です。何故私の婚約者だったライアス様が妹へドレスを送るのでしょうか。それに恐ろしいことを聞きました『私が侯爵令息であるライアス様からの贈り物を故意に損なったことがある』と……何故、私がそのことを知らないのでしょう」


 真っ直ぐ目を見て問いかけるとアルム侯爵令嬢の手がほんの少し緩む。

 毅然としたフレイアの態度にほんの少し、不安を抱いたらしい。


「そ、そうよ……あの子、よく体調を崩していたわ。授業も休みがちで……」

「それは心配です。学校でそんな状態になっていたことなど、私も父も存じておりません。ちゃんと父に伝えてお医者様に罹らなくてはいけませんね……あぁ、でも今は西の塔でした。きっと普段の体調不良も診ていただけますし。そもそも昨夜の『不可解な言動』が『何等かの外部からの干渉があった』かどうかも調べていただけるはずなので安心ですね」


 フレイアが微笑むと、とうとうアルム侯爵令嬢が怯んだ眼をした。

 以前からちいさな違和感はあったのかもしれない。


「妹がずっとどんな状態だったのかとても気になるので一度、王城にて証言いただいてもよろしいでしょうか。勿論あなたは妹が何を言い、どんな行動を取っていたかをお伝えいただけるだけで良いのです。その真偽がどうあれあなたは騙されていたのですから咎められません……これ以上何もしなければですが」

「わ、私は……リーナを信じているのよ。そうよ、あなたは『ギフト』を使ってリーナを虐げていたそうじゃない!」


「私は『ギフト』を持っておりません。『ギフト』については王立協会にて記録があるので間違いありませんし……『ギフト』の申告逃れは重罪です。奇妙なお話ばかりですね。私はもしかしたら『ギフト』を持っているのでしょうか。無自覚に『ギフト』を行使して妹を虐げていたのでしょうか。それも確かめていただかなくてはいけません」

「あの、私、もしかして……とんでもないことをしたかしら……?」


 震え始めるアルム侯爵令嬢にフレイアは微笑んだ。

 温度を感じさせない笑みだったせいかもしれない。

 アルム侯爵令嬢がとうとう、二、三歩あとじさる。

 いつの間にか人垣、と呼べるほどの妹の信奉者はどこかへ消えていた。


 とんでもないタイミングですらりとした男がふたり、此方に向かって歩いてくる。

 ひとりは衛兵の姿をしたイーグでもう一人は文官のようだ。

 深紫色のマントから高位と知れ、左肩に輝く金のブローチは国の調査組織『鷲の眼』の一員であることの証だ。

 どんな方法でかはわからないがメアンが呼んだのだろう。


「わ、わたし……」

「まだ何もひどいことにはなりませんよ。『正直に』普段の妹の言動や行動を教えていただければ」

「いえ、わたし、あなたにひどいこと……」

「それはまぁ……そうですね。謝罪は不要です。アルム侯爵に何らかのお話は『第一王子に仕えるいち臣下』としてさせていただくでしょうがそれだけです」


 丁重な態度で文官に声を掛けられたアルム侯爵令嬢は言葉を失い、血の気を引かせたまま連れていかれた。

 去り際、イーグがメアンを咎めるように見やり。メアンは無力感を持て余した顔をして俯いた。

 フレイアはそんな様子を眺めながら。自分がどんな行動を取るべきなのか、第一王子の目的を支障のない範囲で確かめなくてはいけないと考えた。

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