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火急

地元のお祭りが楽しいです

一年の楽しみと言っても過言ではありません

 ほとんど折り返しのようにフレイアの侍女のメアンから『フレイアが倒れた』という報せがもたらされた時。スカーレットは嫌な予感を噛み殺しながら最低限の用事を済ませ、馬を駆ってルーンベル領に向かった。

 その道すがら、バスラットの件の保護施設に隔離されている調査員から『激しい咳が呼吸を儘ならなくし、夫婦が死に瀕している』という報せと『死に瀕していた夫婦の咳が緩やかに収まり、小康状態を保った』という知らせがほぼ同時に届いた時。既に予感は確信に変わっていた。

 極めつけは流行り病に感染し死線を彷徨っていたはずの調査員のひとりが『神の奇跡』のように症状が軽減したと直接連絡を寄越した。


「フレイア……!」

  

 何が起こったかなど、明白だった。

 フレイアは『言霊』を使って流行り病を抑えようとしたに違いない。

 一体何を『現実にした』のか。

 底なしと言っても良いフレイアの魔力が尽きるほどの『言霊』だ。

 恐らくフレイアはこの流行り病に関することを願ったに違いない。

 聡明だが悪く言えば甘く、よく言えば慈悲深いフレイアに釘をさしておくのだった。

 

 そんな後悔に苛まれ、焦る心のまま。ルミル直伝の『近道』でルーンベル伯爵邸にたどり着いたスカーレットは、ベッドに横たわったフレイアを見た。


 顔色、呼吸……と反射的に眼を配って肩の力を抜くものの。

 フレイアはぞっとするほど血の気の失せた顔をしていて。

 咲き初めの薔薇の花弁を思わせる唇もいまは色を失っている。


「魔力切れ、とのことです」


 部屋の空気をそっと揺らすように脇に控えたメアンが呟く。


「そのくらいで済んで重畳だ」

 

 心配と憤りと、言いようのない苦々しい気持ちを奥歯で噛みしめたスカーレットは右眼の眼帯をずらす。

 隣に居たメアンは思わず息を飲む。

 スカーレットの右眼は眼球が宝石になってしまったかのような姿をしていたからだ。

 ただの義眼であったなら、メアンは驚かなかっただろう。

 その紅玉を思わせる真っ赤な義眼はそれそのものが遠い星のように淡く輝いていて。虹彩にあたる場所が炎のように小さく揺らめいていた。


「気になるかい?」

 スカーレットはメアンの反応に慣れている様子で肩を竦めた。

「あたしの右眼は特別製でね。これは『遺物』なんだ」

 そう言って事も無げにぐるりと右眼を回してみせる。


「別に秘密ってわけじゃない。この眼はいろいろと便利なんだけれど、色々見えてしまうから疲れるんでね」

 

 そんなことを言いながら。スカーレットがフレイアを『見る』

 メアンは固唾を飲んでスカーレットの言葉を待った。

 伯爵家の主治医によるといまのフレイアは魔力が尽きており、疲労による半強制的な眠りについている状況とのことだ。


 十中八九、フレイアは件の流行り病に関して『ギフト』を使い……結果魔力を使い果たして昏倒したのだ。

 フレイアが『言霊』を使っていろいろなことをするのを見てきたが。こんな状況になったのは初めてだ。

 故にフレイアがいったい何を願ったのか、その損耗が魔力だけにとどまっているのかが心配でたまらない。

 メアンにとってフレイアは主であり同僚であり友人だ。

 これまで苦労した分、幸せになってほしいと心底願っている。


「うん……寿命などを削ったわけではなさそうだが……衰弱している。命に別状はないようだがその精神がかなり深い場所で眠りについているから、目覚めるのに時間がかかるかもしれない」


 スカーレットは疲労したように右眼を瞑ると眼帯を直しながらメアンに伝えた。


「第一王子に報せは?」

「はい。流行り病のお話と同時に……フレイア様の状態についても既に」


 流行り病の情報についてはユリシスの報告と前後したようだが、フレイアの状況については王都に居る『自分』がほぼ同時刻に伝えている。

 ルフェウスの反応は予想に反して冷静だったがとんでもない勢いで仕事を片付けている。

 これは近日中に此方に来る、とメアンは確信していた。


「随分早いね。鳩や『遺物』を使っても即日情報を伝えることなどできないだろうに」

 スカーレットの言葉にメアンは曖昧に頷いた。

 どう言い逃れしようか、と考えていると。俄かに屋敷が騒がしくなった。


 こんな状況だというのに来客があったようだ。

 フレイアの親戚筋だとしたら厄介だ。

 目覚ましく発展しつつあるルーンベル領。

 先代が裁かれた際、凡その親族が何らかの形であがなうことになったが、存命の親族もいる。

 本家の令嬢であるフレイアが冷遇されていることを知りながら見殺しにしてきた面々だ。

 碌な人間が居ない。

 当主が倒れたと知れば面倒なことになる。

 だがいまこの屋敷を取り仕切るのはエマとルミルの腹心とも言われていた執事長のテオドールだ。

 当主に仇なす存在は頑として通さないだろう。

 いまはもう夜と言ってよい時間だ。

 そもそも屋敷を訪れるのが常識外れである。

 

 ……と思っていたのだが。

 やり取りする声が近づいてくる。


「フレイア!」

 王城からルーンベル邸まで。陸路で十日。船を使っても五日。

 昼夜を問わず馬を駆り、馬を何頭も乗り換えて移動しても四日は掛かる。

 だから。今この場所に居るはずがないのだ。

 けれどどんな手段を使ったのか。

 最低限の仕事を片付けて。

 第一王子ルフェウスはフレイアのもとに駆け付けた。

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