行使
あけましておめでとうございます
良い一年にしたいですね
ギルド経由で流行り病の噂を聞いた時、『ついに来た』と思った。
『案外、冷静だね』
表情に出ていたのだろう。
遠方の相手と話ができる『遺物』である水盆の中に映るスカーレットが怪訝そうに眉を寄せている。
「いいえ。症状及び発生場所はどちらでしょう」
フレイアは首を振って姿勢を正した。
「症状は意識が混濁するほどの頭痛と十数日に及ぶ高熱、解熱後は激しい咳。伝染病と判断されたのはバスラット北部にある戦災保護施設。最初はふたりだけだったのに蔓延して、今は医者にも被害が出ていてね……施設丸ごと隔離して治療を継続してはいるが、場所が悪いね。なにせバスラットだ」
スカーレットの苦々しげな顔に、フレイアは頷きを返した。
交易都市、バスラット。
国内有数の都市は品の流れも人の流れも盛んだ。
この病は王国全土に広がるだろうという嫌な確信があった。
流行り病の症状も自分が死んだときに苦しんだものと同様のものだ。
同じものと考えて間違いないだろう。
「調査にあたったギルドの人員にも感染者が出ている。感染から発症までの時間は定かじゃないが……恐らくすでに……街に感染者が居ると判断した方が良い」
「最初の感染者ふたりは、無事でしょうか」
「あぁ。まだ予断を許さないが峠は越えたそうだよ。ふたりは夫婦でルーンベル領、セルジュ河の支流、テパーク川沿いの水車小屋に住んでいたそうだが先代のゴタゴタで家を追われ、バスラットで生計を立てていたようだ」
フレイアは震える手を握った。
自分が救いきれなかった領民の存在を知ったのもあるが、自分が死んだ病が現われたと知って、震えが止まらなかった。
だが自分が死んだ時といまの自分が置かれている状況は全く違うし、後にルフェウスから聞いた発生時期ともずれが生じている。
過去のルミルの行動が影響している可能性もある。
長く息を吐いたフレイアはスカーレットと罹患した者への支援方法や流行り病の原因究明について話し合い、水盆での会話を終えた。
そして早急に領地の保管庫から流行り病の抑制につながるという、生前、母が領地で作られた低級のワインを限界まで蒸留した『アルコール』と資材を擲ってまで買い集めたという清潔な布や石鹸等をバスラットに送る手続きをし……躊躇いながら『言葉』を口にする。
「流行り病が東部で蔓延し、国中で流行ることはない」
まだそれほど流行り病が蔓延していないからだろう。
その言葉を口にしても大きな影響はなさそうだ。
フレイアは安堵して口元を緩めてから、まなじりを決した。
どこまで自分の『ギフト』で流行り病を抑制できるか。
やりすぎればきっと、魔力を使いすぎて倒れるか、死ぬかするので慎重にこなさなければいけない。
誰に知られなくても良い。
ただ苦しむ人をひとりでも減らしたい一心だった。
「流行り病は……バスラットの外で流行ることはなく、消える」
低い声で。
まるで自分の言葉が事実であると断言するかのように呟く。
目の奥が重くなった気がするけれど。深く息を吸って吐く。
「いま、流行り病に罹っていない人間が……流行り病に罹ることはない」
こうも自分の『ギフト』を行使することは初めてで。自分の限界を確かめるように言葉を紡ぐ。
今度は現実的に厳しい『言霊』だったせいだろう。
頭の芯が揺らぐような感覚がして。フレイアはテーブルについた手に力を込めた。
まだ、いけるだろうか。
ここで死んでしまったら元も子もないことはわかっている。
自分にはなすべきことがあるのだから。
けれど母は、きっと流行り病のことも知っていて、どうにかしようとしていたに違いない。
だから『アルコール』というものが多量にあり、父のせいでルーンベル領からは大半が居なくなってしまったけれど医師の補助も手厚く行っていたのだ。
けれどあの病は……あの病は……あの病で死ぬのは、とても、とても苦しかったのだ。
薬の効かない、眠ることは勿論、動くことすらできない、割れるような頭の痛み。
用便すらままならず、痛みのあまり吐き、水すら飲めずに弱っていく。
シーツを、ベッドを掴む手は枯れ木のようになり、爪が剥がれ。
熱が下がっても蝕まれた体力は戻らないまま、今度は痛んだ体を更に痛めつけるような、喉が切れても止まらない咳に苛まれる。
最期はもう、意識すらなく……
あんな最期、誰一人迎えてほしくない。
「この度の流行り病で……死ぬ人間は居ない……」
その言葉を口にした途端。
『やりすぎた』と思った。
フレイアは急激に暗くなる視界を持て余しながら執務机の真ん中にある水盆に指を掛ける。
スカーレットと話をするため人払いをしていたのでいま、執務室の傍には誰もいないが、異音がすればエマやメアンが駆けつけてくれる。
水盆が水をぶちまけながら絨毯を濡らして転がる音を聞きながら……フレイアは執務机に突っ伏し、意識を失った。




