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ルミルの物語 起

ほんの少しずつ挟まる物語

恐らくこちらが王道かもしれないと書きながら思いました(笑)

 どこに出しても恥ずかしいブラック企業に勤める私は、ある日、死ぬんじゃないかと思うような頭痛に苛まれ。このまま目覚めないんじゃないかという覚悟を決めながら自室のベッドの上で意識を失った結果……目を覚ますと知らない場所に居た。


 半狂乱になりながら見たことがないほど豪華な、天蓋付きのベッドから飛び出し、おおきな姿見の中の姿を見て。私は思わず鏡に手をついてまじまじと『自分』の顔を見つめた。


 鏡の中に居たのは滑らかな黒髪を流した、蒼い眼の儚げな美少女。

 最も嵌ったゲームと言っても過言ではない乙女ゲームの悪役令嬢に酷似していた。


「フレイアちゃん……? これは夢? 夢じゃなかったら私、死んだっていうこと……? うわぁ、夢であってくれ」


 鏡の前で膝をつき、ふわふわの絨毯に埋もれながら私は頭を抱えた。

 頭をよぎるのは置いてきてしまった仕事と就職してから会わなくて久しくなった家族の顔。そしてクローゼットの衣装ケースの中に隠している、如何わしい本の行く末や、遊ぶために買ったけれど最後までやり遂げられなかったゲームのこと。

 夢なら覚めてほしいと思ってしばらくじっとしていたけれど、どうにも目が覚める気配はないし、脚も痺れてきた。

 仕方がないのでよいしょっと立ち上がった私は鏡の前に立って、ぽかんとした顔すら可愛い、美少女を矯めつ眇めつした。


「あー……やっぱ可愛い。でもなんか幼い? やっぱ人違いかも」


 そんなことを呟きながらふっくらとした頬を押さえ、凹凸のない胸から腰を撫でおろしていると人の気配がした。


「ルミル様、お目覚めでしたか! 良かった!」


 鳶色の髪をきれいに結い上げた侍女が駆け寄るように入ってきて。頬や額に触れてくる。

 遠慮がないけれど労わるような手つきに身体から自然と力が抜けた。


「お熱はないようですね。けれどまだ油断は禁物です。お医者様がお昼前に来られますので安静に致しましょうね」


 そんな言葉と共に有無を言わさず抱き上げられ。ベッドに横たえられる。

 特に体の不調は感じられなかったけれど動くことは許されない気がして。私はおとなしく横たわっていた。

 吸い飲みで水を飲み、されるがままに粥と、甘い果実のようなものを食べさせてもらいながら。私は考えた。




 フレイア・ルーンベルは乙女ゲーム『恋を知るまでの物語』の悪役令嬢だ。

 主人公はフレイア・ルーンベルの異母妹のリーナ・ルーンベル。

 ゲームはなんでもありのシミュレーションRPGだが一定以上のポイントを稼ぎ、イベントを起こしていないとバッドエンドになるという一風変わったゲームだった。

 自由度の高い乙女ゲームというだけあって攻略対象もまた自由で同性の友人やモブと恋人になるルートまである。

『恋を知るまでの物語』というだけあってひとりのキャラクターと恋人になっても『失恋する』ことができ。条件を満たしていれば何人ものキャラクターと付き合って別れたり、更に厳しい条件を満たしていれば二股をかけることもできるという……わりとぶっ飛んだゲームだった。

 勿論、攻略を想定されたキャラクターが何人か居て。そのキャラクターとイベントを起こすとスチルや専用台詞が解放されたりするのだ。

 その自由度の高さから様々な遊び方を試すプレイヤーが現われ、ほどほどに流行った一作だ。


「それにしてもフレイアちゃんかー……」


 フレイアは悪役令嬢という肩書通り、主人公リーナをいじめたり、邪魔をしてくる。

 異母姉で同じ屋敷に住んでいるのでかなり執拗に……

 けれどフレイアは完全にシナリオの犠牲者だ。

 母を亡くした後、継母と年子の異母妹を連れてくる父親が悪いという意見がプレイヤーの間で大半を占めていた。

 一時期『伯爵粛清プレイ動画』が流行ったこともあったくらいだ。

 かくいう私はフレイアが一番の推しというほどではないけれど、むせび泣きながらフレイアのスチルを数多のデッドエンドも含めすべて回収し、幸せな結末の二次創作を漁りまわる程度にはファンだった。

 

 悪役令嬢というだけあって、どのルートに入ってもフレイアはリーナが攻略対象と結ばれる時に断罪され、その後時期は様々だが悲惨な結末を迎える。

 北の修道院に送られて生涯をささげるのが最も平和なルートで。

 修道院で病を得て病死だとか、修道院に向かう途中に夜盗に襲われて行方不明だとか、通り魔に刺されて死ぬだとか、主人公が追っていた悪魔信仰組織の生贄にされて心臓を抉られるだとか、変態趣味の貴族に嫁いで発狂だとか……やたらとバリエーション豊かなデッドエンドばかりだった。


 もう本筋から関係のないキャラなのだからナレーションで片付ければよいものを、いちいちイベントが発生してスチルになるものだから、開発陣にフレイアに歪んだ愛情を注ぐスタッフがいたに違いないと噂になったものだ。

 なまじ美麗なキャラデザだったため、フレイアも半端なく人気があった。

主に同人誌的な人気が。

 正直、そういったものを嗜んだことがあるのでその気持ちはわからないでもないが。自分がフレイア・ルーンベルだとすると話は別だ。

 そんな結末は断固拒否しなければいけない。

 けれど今しがた呼ばれた名前はフレイアではなかった。

 もしかしてものすごく似ているだけで他人の空似で。この世界も自分の知るゲームの世界ではないのだろうか。


「貴族名鑑を持ってきてくれないかしら」

 それを確かめるためにも私は名前もしらない侍女に頼んだ。




 三日後。

 結果的にわかったことはこの世界は恐らく『恋を知るまでの物語』通称『恋シル』の世界であるということだ。

 この世界にはかつて魔法があったけれど廃れ。魔力を持つ者の中に『ギフト』という特殊能力を持つ者がいて。『遺物』と呼ばれるオーパーツが存在する。

 世界設定も乙女ゲームにありがちなドレスシャンデリアキラキラなのに妙に衛生的な世界観で。毎日お風呂に入ることができるしトイレも水流を活用したという清潔具合だ。

 流石に現代日本で食べられるようなものは存在しないがこの世界には『旅人』と呼ばれる異世界からの来訪者がいるらしく。

 モデルになっているらしい18世紀頃の欧州とはかなり異なる。

 この歪な発展はそのせいなのだろう。

 その割に医療技術は大して発達していないし、舗装の概念のない石畳を馬車が走っているけれど……こういうことはあまり深く考えてはいけないのだろう。


 色々と探りを入れてみたがゲームキャラの名前を発見することはできなかった。

 けれど自分の属するヴァーシュ侯爵家は『恋シル』の舞台であるリース王国にあったし。ルーンベル伯爵家は存在したし。辺境伯家であるバスラム家をはじめ攻略対象になっているキャラクターの家名もすべて存在するものだった。

 恐らく、いまは『恋シル』が始まる前の世界なのだ。

 となると十中八九、自分はフレイア・ルーンベルの母か祖母だ。

 絶対に血の繋がりがあると言い切れるほどに自分の姿はフレイア・ルーンベルにそっくりで。こっそり自室で『フレイアちゃんごっこ』をしたのは内緒だ。


 私の娘か、孫があんな目に……?

 自分の現状を把握すると今度はそんな考えが湧き上がってくる。

 脳裏をよぎるのはあまりにもバリエーション豊かなデッドエンド。

 私はこの場所に来る前、独身で恋人が居たこともなかった。

 だから子供だとか、更に孫だとか。そんな存在が自分の傍に居ることを想像することすらできないけれど。そんなことは許しがたいと思った。


「何年かかるかわからないけれど……私はフレイアちゃんを護ってみせる」

 取り敢えず憶えているうちにすべてを記録しておこう、と羊皮紙を引き寄せながら私は静かに唇の裏を噛んだ。

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