ギルド長、来訪
「一体、何が原因だったのでしょうね」
辺境伯家の居城の中庭に積み上げられた翼をもつ獣の姿を見たフレイアは思わず声を潜めてルフェウスに問いかけたがルフェウスもまた肩を竦めた。
「グラルフ山脈で何かが起こって逃げてきたのか……それにしては魔物達の行動にはこちらへの害意が明確にあるように感じられた」
「魔物により国が滅んだことはこれまでありましたか」
「いいや。でも『今回はそう』なだけなのかもしれないから……何とも言えないかな」
声を潜めて話をしていると肩で風を切って辺境伯が現れた。
穏やかな表情は引き締まっているが、その眼には揺らぎがなかった。
「お騒がせして申し訳ない。おふたりともお怪我は」
上に立つ者の空気というものなのだろうか。
見知っている辺境伯とは違う雰囲気にフレイアは思わず息を詰めながらも首を横に振った。
「なによりです」
無傷のふたりを見た辺境伯は微笑み、鋭利な雰囲気を和らげる。
「辺境伯。こういったことは頻繁に起こるのか」
「はぐれた魔物が城近くの森に現れることはありますがこのような群れで、というのは……」
「そうか。よく撃退できたものだ。あの、光の弓のような『遺物』は……?」
ルフェウスの質問にフレイアはそれが恐らく辺境伯の口にしていた『月女神の弓矢』だと思った。
魔物が押し寄せてきた時、空に眩しい光を見た。
恐らくそれが『遺物』の効果だったのだろう。
「それは辺境伯家に代々受け継がれるものでしてな。不思議なことにその弓は使い手を選ぶのですが長らく使い手が見つからず、死蔵していたようなものだったのだが……当代でリオンとアルテが選ばれたのです」
「『遺物』に選ばれる……?」
『遺物』は魔力を込められたものであるが、それは『物』でしかない。
ルフェウスは眉を顰め、フレイアは辺境伯の言葉を待った。
知らず、首飾りに指先で触れる。
封印が解けないのは自分が選ばれていないからではないかと思った。
「左様。リオンは魔力を持たないが『弓』を操ることができ。アルテは潤沢な魔力を『矢』に代えることができる。不思議なことに『弓』は、アルテが持っても動かすことができない……元々相性の良い二人一組で使う『遺物』なのかもしれないが、いかんせん『月女神の弓矢』を使ったという記録もなく」
滔々と語る辺境伯はふと優しい目をして付け加えた。
「そう。この弓矢をリオンとアルテに持たせてみようと提案してくれたのもルミルだった。今思えば彼女には何か、見えていたのかもしれない」
結果的に『月女神の弓矢』は城塞都市を魔物の群れから護った。
けれどその指示が『正史』を守るためにいまもなおルフェウスを脅して暗躍している『亡霊』の望みを叶えたものだったとしたら……
母を疑いたくはないが母の行動に裏がないか、考えてしまう。
「グラルフ山脈で何が起こっているのか……原因を探らなければいけないのだが前人未踏の山を調査してくれるような稀有な者は見つからないだろう。念のため、ギルドの長官に相談はしてみますが……」
「ギルド」
フレイアはちいさな声で反復した。
ギルドのことを考えると気が重くなる。
辺境都市バスラムにあるギルドは国内最大かつ最古のギルドだ。
フレイアがルフェウスと共にバスラムを訪れたのは、ルーンベル領の治安を回復させるための助力をギルドに求めるためでもある。
だが傾いたルーンベル伯爵家に潤沢な予算はない。
引き換えにできるものといえば数少ない鉱山の採掘権くらいのものだ。
その交渉も翌日に迫っている。
だが魔物の襲撃が起こった。
ギルドは多忙を極めているだろう。
もしかすると日程が変わる可能性も考えておかなければいけない。
「我が領のギルドは傭兵が大半を占めるので……探索を得意とする冒険者や旅人はあまり所属していない。ギルド長に掛け合って南や西のギルドに依頼を出すことにするつもりです」
ルフェウスは辺境伯の言葉に頷いた。
「その必要はありません」
まるで切り裂くように凛とした声が響いて。フレイアとルフェウスは振り返った。
真っ先に目に飛び込んできたのは炎のような豊かな紅い髪。
豊満な肉体に乗馬服を思わせる凝った意匠の衣服を纏った女性がひとり、こちらへと歩み寄ってくる。
年齢は三十路を過ぎたほどか。
右眼に眼帯をした彼女は紅い口紅を引いた唇をくっとつり上げて優美に一礼した。
「ルフェウス殿下、ルーンベル伯爵、此方が我が領のギルドを総括するギルド長だ」
「お初にお目にかかります。私に名はありません。『紅』……スカーレットとお呼びください」
ギルド長、スカーレットはつかつかと歩み寄ってくる。
すべてを見定めるような鋭い眼差しは鷹のようで。実際彼女は鷹を思わせる金色の虹彩を持っていた。
「この度の襲撃の原因を探るため、既にギルド内で探索隊を組みました。山岳地帯に住んでいた民を途中までの案内役とし、明朝発つ予定です」
「おぉ、そうか。それにしても何故ここに?」
辺境伯が問いかけるとスカーレットが浅く頷いてフレイアを見つめる。
「僭越ながら探索隊を送るにあたり、ルーンベル伯爵に助力願いたく。『ギフト』の力を借りたく存じます」
予想だにしなかったことを言われ、フレイアは呆然とした。
いまギルド長は『ギフト』と言っただろうか。
「どういうことだ? 何故、フレイアの『ギフト』について知っている」
同じように驚いている様子のルフェウスが問いかけるとスカーレットは目を瞬かせた。
「ルーンベル伯爵の母君、ルミル様とは旧知の仲でした。フレイア様と邂逅し、いざという時はその力を頼って良いと言われていたのですが……」
「あの、申し訳ありません。私、自らの『ギフト』が何かわからず使えないのです。『ギフト』があることを知ったのも最近で……私の『ギフト』について何かご存知なら教えていただけないでしょうか」
フレイアがそう返すとスカーレットは納得したように頷き、辺境伯に向き直った。
「辺境伯、ルーンベル伯爵をお借りしても」
「待て、僕も……」
「ご遠慮ください。無礼を承知で申し上げます。『ギフト』はルーンベル伯爵の能力。どのような力なのか明らかにするのも本人の意志で行われるべきこと」
フレイアを気遣ってだろう、声を上げかけたルフェウスにスカーレットは有無を言わせない口調で告げ。気圧されたルフェウスは浅く頷いて口を噤んだ。
「西の客間を使うと良い。人払いをさせる」
辺境伯の言葉を皮切りに一礼したスカーレットは歩き始め。フレイアも一礼して彼女に続いた。




