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控室にて

お付き合いいただきありがとうございます

ぼつぼつ楽しんでおります

「いやはや、馬鹿な身内を持つとお互い苦労するね」


 話し合いに相応しい場所……控室として用意されていた、それでも十分に豪奢な王城の一室に案内され。椅子に座るや否や第一王子は微苦笑を浮かべた。

 テーブルには瀟洒なティーセットや見惚れてしまうような細工があしらわれたお菓子が用意され。

 ドアとテラスに面した入り口にそれぞれ二人の近衛兵。

 ワゴンの傍にひとり、壁際にふたり、侍女が控えている。


 大広間でのやり取りを思い出してこめかみがまた、痛む。

 今回の痛みは『既視感』ではなく心労だ。

 何がどう狂ったのか、こうして第一王子と話をした記憶は一度もない。


「この度は、誠に申し訳ありませんでした」


 身内の不始末は詫びなければいけない。

 そう思いながら頭を下げたフレイアは『君は何も悪くないでしょう』という第一王子の言葉に促されてまた顔を上げた。

 

「僕の耳は特別製でね。盗み聞きをするつもりはなかったんだけど……いろいろと聞こえてしまって。まぁ、今ここに僕が居るのは野次馬根性だけどちょっと気が変わった」


 第一王子は微笑んでフレイアを見つめる。


「僕は没落確定の伯爵家とかどうでもいいけどさ。君のことは気になったから……フレイア・ルーンベル。僕に仕えない? 僕は第一王子だけど王位は弟が継ぐ予定だし。ちゃんとお仕事をしてくれるなら、あの家から出られて不平等な婚姻も拒否できる立場になれるよ」


 軽い口調で第一王子は信じられないことを言うので。フレイアは思わずじっと第一王子を見返した。

 第一王子は鷹揚な笑みを浮かべていて。その眼に嘘をついている様子はない。

 そのことに気づいた途端、胸の奥がぐっと膨らむような気分になる。


 膨らんだのはあの家から結婚以外の方法で出られるかもしれないという期待と高揚だ。けれど同時にフレイアは心の中で膨らみかけた風船がしぼむような心地を覚えながら俯いた。


「それは大変光栄なご提案ですが……私はこれといった才のない凡人です。殿下の求められるお仕事をこなせるかは……」


「そう言わないで。社交界の噂はどうあれ君は学園一の才媛だ。僕は人を見る眼は確かだという自負がある……何より、信頼できる相手が欲しいんだ。それに求めていることは君にとってそう難しいことじゃない。だって君……間違っても僕のこと好きにならないだろう?」


 にっこりと微笑んでこちらを見つめる第一王子はくらりとするほどにうつくしい。

 けれど長い睫毛の奥の眼には妙に冷静な色があって。フレイアは何か考える前に浅く頷いた。

 

 今日まで生きてきて。今日から先の自分の人生を『知って』なんとなくわかったことは。

 誰かに恋をしたり、誰かを愛したりする人生を歩むことはできないだろうということだ。

 純粋な気持ちで異性を想うには『知りすぎて』しまったし。そういった気持ちが育める環境にもいなかった。

 そしてそれはそんな過去や記憶がある以上、今後も大きく変わらないだろう。

 もしも奇跡的に自分が誰かを想うようになったとしても。目の前の彼であることはあり得ないとわかった。

 何故なら第一王子は驚くほど自分と似た色をした眼で笑っていたから。


「謹んでお仕えいたします」

 驚くほど凪いだ気持ちで返事をすると第一王子ルフェウスはひどく満足そうに笑みを深めた。




 願ってもないルフェウスの勧誘を受け入れたフレイアは『前回』と大きく変わった状況に安堵していた。

 けれど今日『以前』と同じようにマナーハウスへ戻ってしまうと自分は夜盗の襲撃に遭い、『令嬢』として死に。その不名誉な事実を隠蔽するために北部地方の修道院に送られ……そこで流行り病を得て呆気なく十八年の短い生涯を終えてしまう。

 どうにかして護衛を付けてもらうか城に留まる方法を考えなければいけない。

 だが今夜に限らず継母と異母妹が自由である限り、自分は狙われ続けるだろう。


 頼れる相手は侍女のマリアしかいない。

 そして例の『記憶』が正しいものならマリアもまた、修道院で自分と同じ病を得て自分より先に死んでしまうのだ。

 できる事なら彼女だけでも主として死の運命から逃がしたい。

 

 フレイアは優美な柄がうつくしい絨毯を見つめて下唇を噛んだ。

 つくづく自分は無力で何も持っていない。

 折角死ぬ運命からほんの少し遠のいた気がしたのに、このままでは何も変わらない。


「殿下。厚かましいとは存じておりますがひとつ、お願いがございます」


 『以前』の自分と、そしてこれまでの自分と大きく変わったことは何の因果か第一王子に仕えることになったことだ。

 不敬と思われない程度に力を借りるしかない。 


 そう思って目を上げるとルフェウスはまるで察していたかのように目が合うと微笑んだ。


「君のマナーハウスまで護衛をつけようか。正直、この状況でマナーハウスには帰らない方がいいと思うけれどね」


 すべてを察しているような眼をしてルフェウスは肩を竦め。フレイアは浅く頷いた。


 第一王子の言うとおりだ。

 不始末を起こしたのは妹だが、父と継母に責められるのは想像に難くない。

 理不尽に責められることを想像するだけで胃が痛む。


「僕としては学園卒業後に滞りなく仕事に就いてもらいたいし、君が望むなら城に部屋を用意するけれど……どうかな」


 姿勢を保ったまま考えていると事も無げにルフェウスが告げてくる。

 願ってもない言葉に胸の奥がほんの少し軽くなる気持ちを持ちながら。フレイアはいろいろなことを察した。


 才媛と称される程度に勉強ができるだけの自分が第一王子に誘われた理由。

 それは今夜、婚約破棄をされたからだ。

 第一王子には現在、婚約者がいない。

 婚約者を探す舞踏会の夜に婚約破棄された伯爵令嬢を連れ出して傍に仕えさせるようになる。

 その上、その伯爵令嬢を城に住まわせる……客観的に見れば明らかにその伯爵令嬢が第一王子に寵愛されているようにしか見えないだろう。

 しかもその伯爵令嬢の実家は才覚のない領地経営により財政が思わしくなく、妹は不敬罪により軟禁。

 伯爵令嬢自身も華やかな容姿とは程遠く、勉学こそ秀でてはいるが社交界の評判は妹やその取り巻きがばらまいた噂により最悪と言って差し支えない状態だ。

 要するに、第一王子側に婚姻を結ぶ利点がなにひとつない。


 自分でいうのもなんだが、あまりにもわかりやすい囮だ。

 第一王子はあぶり出したい政敵でも居るのだろうか。

 そんな目的があるのなら自分は間違いなく適任だ。

 誰もが見惚れてしまう第一王子と噂になって意識しない妙齢の令嬢は居ないだろうから。

 必要とあらば婚約の提案までされる可能性もある。

 そうなれば数多の令嬢からの嫉妬や謗りなど可愛いもの。

 命の危険が生じる。

 第一王子は王にならないと断言し王位継承権を放棄しているけれど将来的には王兄として公爵となるのだから。


「願ってもないお言葉です……お城で過ごす間にも私に護衛は付くのでしょうか」


「ふふ、察しがいいね」


 フレイアが問いかけるとルフェウスが満足げに笑って左手を軽く上げる。

 すると部屋の隅に佇んでいた侍女のひとりと入り口の傍に立っていた近衛のひとりがいつの間にか目の前で跪いていた。


「近衛のイーグと侍女のメアン。彼らは僕の腹心だ」


 目で追えなかったほどの身のこなしに背筋に冷たいものを感じながら、フレイアは頷いた。

 近衛らしい逞しい体つきのイーグは場違いなほど明朗な笑みを浮かべ。

 しっとりとしたなめらかな黒髪と泣き黒子が目を惹くメアンは優しげに微笑む。

 そんなふたりに会釈を返しながら。フレイアはふたりが『第一王子の腹心』であることを肝に銘じることにした。

 いざという時は……必要とあらば見捨てられる可能性もあるという事を忘れてはいけない。


「誠にありがとうございます、殿下」


 自分は『以前』よりも多少ましな末路に向かっているだろうか。

 疑問に思いながらフレイアはルフェウスに深々と一礼した。


「礼には及ばないよ。僕は君にこれから頼るんだ、このくらい当然のことさ」


 ルフェウスが微笑みながら腕を差し出す。

 話は終わったということだ。

 立ち上がり、エスコートを受けながら。その整った横顔に浮かぶ嫣然とした笑みを見て。これから大広間に戻ることを察した。

 不始末を起こした令嬢の姉が第一王子と共に大広間に現れる……上手く取り入ったと周囲に思われるに違いない。


 見る目がないとルフェウスの評価も下がりそうなものだが。ルフェウスは気にしていないのだろう。

 フレイアは胃の奥がまた重苦しくなるのを感じながら背筋に力を入れ、滑るように歩き始めた。


 ワゴンの傍に立っていた、うつくしいけれど能面のように『無表情』な侍女がその背を見つめる。

 当然のように控室に設えらえた菓子や茶にはルフェウスもフレイアも手を付けていなかった。

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