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第10章. 帝都の夜の誘惑と予想外の訪問者(2)

 ***


「こんにちは、フランツ、キルステン」

「来たか」

「半日ぶりだな、エカテリーナ。変わりはないか?」

「……半日で何か変わると思う?」

「正確には……十二時間ぶりだな……」


 はは……。みんな笑ってるけど、全然笑えてない。

 ……なんで涙が出そうなの?

 そう、『押し寄せる仕事』の前では、

 国籍も年齢も性別も関係なかった。


 まさか一週間で、

 アルブレヒト皇子の部下たちと、呼び捨てで話す仲になるなんて。

 彼らは皆、軍人らしい引き締まった体格で、見事な美形揃いだけど……。

 残念ながら、今は何の関係もなかった。


 私たちの間にあるのは、皇子にこき使われて死にかけたことで芽生えた

 ――謎の同志愛だった。

 私は幸い帰宅できたけど、何人かは城で仮眠を取ったらしい。

 もう、ブラック職場すぎない!?


 ――でも、あの人たちは元軍人でしょ? 体力あるんでしょ?

 私はそうじゃないの!


「思ったより人数が少ないね。他の皆は?」

「マティアスはそろそろ来る。バルデマーは軍務で今日は不参加だ。エーリヒは内務省に用があったが、今ごろ終わっているだろう」

「……みんな忙しいのね。じゃあ、ユルゲンは?」


 キルステンの端正な顔が、わずかに歪んだ。


「知らん。どうせあの陰気なやつ、開始直前ぎりぎりに出てくるさ。

 お前も物好きだな、あんな不気味なやつを気にかけるなんて」

「だって同僚でしょ?」

「同僚だと? 馬鹿げてる! あんなやつは――」


 ――ガチャリ。


 扉が開いた。現れたのは、まさにそのユルゲンだった。

 乱れ一つない灰色の髪。冷たく光る眼鏡。両腕いっぱいの書類。

 完璧に『冷徹な軍師』そのもの。


「……」


 今の会話を聞いてたはずなのに、

 まるで他人事みたいに無表情で席に着いて、書類を読み始めた。


「こんにちは、ユルゲン」

「……」

「ほら、返事くらいはしてくださいよ」

「……そうだな」


 渋々って感じで、仕方なく相槌を一つ。またすぐに、視線は書類に戻る。


 ――こういうの、なぜか放っておけないんだよね。

 側にいた二人は、眉をひそめたけど、何も言わなかった。


 やがて他の者たちも、続々と集まってきた。

 そして最後に現れたのは、秘書を伴ったアルブレヒト皇子。

 全員と視線を交わしつつ、なぜか私の目だけは、避けた。

 ……少しぐらい良心の呵責、感じてくれていますか?

 ――ひどい。私の安息の日々を返してください、皇子様!


「――それでは、次の案件に移る。昨年の貿易収支は……」

「経済活性化のための新たな施策ですが……」

「アーベルブラウ地方で不穏な動きが……」


 ……ねえ、毎日三時間は会議してるのに、

 なんで次から次へと問題が湧いてくるの!?


 経済、社会、治安、福祉、教育に外交。

 ――私は誰? ここはどこ? 眠い。脱走したい……。

 帝国で食べたいスイーツが山ほどあるのにーっ!


 ……でも、そんな現実逃避すら許してくれないのが――アルブレヒト皇子。


 少し俯いて書類を読む、その横顔の角度まで完璧。

 前髪を払う仕草すら、絵になるんだから。

 本人は『皇族は髪を長く伸ばせ』という規律に、

「本当ならバッサリ切りたい」ってブツブツ言ってたけど……。


 帝国の皇子でありながら、生き残るため軍門(ぐんもん)に入ったと聞いた。

 けれど、その経験こそが、逆に彼の武器となった。


 ……彼は、軍略(ぐんりゃく)の天才だった。しかも、希代の。

 そして彼を支える七人の部下たち。

『アルブレヒトの七本の剣』と呼ばれる精鋭集団。


 ……でもね、反対派がつけたあだ名は――『アルブレヒトと七人の小人』。

 ぷっ……。あっ、やば……いま笑ったら絶対怒られる!

 全員百八十センチ超えで、キルステンに至ってはほぼ二メートル。

 どこが小人なのよ!


 ――あれ? じゃあ、『七人の小人』なら、

 アルブレヒト皇子は……『白雪姫』?

 いやいや、この冷酷皇子様が白雪姫なんて――笑い死にする。


「一か月後の冊封(さっぽう)式の準備はどうなっている?」


 ……あ、重要な話題来た。気を引き締めなきゃ。


「滞りなく進んでおります。

 招待状を送った各国からも出席の確約を得ており、使節団の規模も数百名に及ぶ見込みです」

「名簿は入手したか? 各国の使節が集う場だ。

 アウフェンバルトの名に恥じぬよう万全を期せ」

「はっ!」


 ……リュネの日の件もあったし、今度こそ失敗は許されない。

 鋭い眼差しで全員を見渡す皇子に、皆が一斉に頭を垂れる。


 オブロフ? 私がいるから追加派遣はないって、大使が答えてた。

 即位式でもないし、父がわざわざ来るほどの格じゃないしね。


 ……でも、なんで私、大使より働いてるの?

 あの人はすっかりリバウンドして優雅に過ごしてるのに!


 諦めたら楽になる――そんな悪魔の囁きが聞こえたけど、無視する。

 逃げるんだ、絶対逃げきってみせる……。

 だって、もう五時間も会議してるんだよ!? クワーッ!


「本日の会議はここまでとする。諸君の労に感謝する。解散せよ」


 ……やっと!


 五時間越えの地獄会議が終わり、皇子が立ち上がる。

 秘書役のシュレスホルツ令嬢も従った。

 彼女って侯爵令嬢だったっけ。

 そういえば、まともに話したこともない。内閣の女性って、私と彼女、たった二人なのに。


「殿下、次は二十三分後、公的支援関連の案件が――」

「分かっている。時間がない、すぐ移動だ」

「かしこまりました」


 ……今みたいに、会話する余裕すらくれないんだから。

 彼女は貴族令嬢にしては珍しく、短めの茶髪を低い位置でひとつに束ねていた。

 話すたびにその髪が揺れて、隣では皇子が足早に歩を進めていく。

 どう見ても、次の予定もびっしりのようだ。


 ――ほんと、疲れないの? 二人とも。本物の仕事中毒だよ……。


 私はムリ。

 そう思いながら、新調した真っ白なコートを合わせていると、フランツが声をかけてきた。


「エカテリーナ、この後、予定とかあるか?」


 銀髪に映える銀灰色のコートをぴしっと羽織ったフランツだった。


「ううん、特にないけど?」

「ちょうどいい。せっかくだし、夕食を一緒にどうかと思ってな。人数が集まれば賑やかだろう?」

「美味しい店なら?」

「もちろん」

「じゃあ、行こうかな」

「ははっ、気持ちいい返事だな。エーリヒ、お前は?」

「僕もいいよ」


 エーリヒが柔らかく微笑むと、

 フランツは嬉しそうに彼の肩をポンッと叩いた。


「最近あまりに忙しそうでさ、顔を忘れかけてたんだよ」

「会議で毎日顔合わせてるでしょ?」

「だから、ギリギリ忘れずに済んでるってわけだ」

「フランツの言う通りだな。会議以外じゃ、顔を合わせる暇すらなかった」

「じゃあ、五人だな。よし、行こう!」


 ――内戦で皇子を支えた、七人の小人……いや、『七本の剣』。


 皇都カイザースベルクで、彼らの顔を知らぬ者はいない。

 何しろ見た目からして、超目立つし。

 派手な制服でぞろぞろ歩けば、なおさらだ。


 ……レストランのオーナーからしたら、

 もはや災害級(さいがいきゅう)の迷惑集団よね。

 味に定評あるレストランは、夕食時で満席。

 なのに、私たちは一番良い席に通され、これでもかというほど丁重にもてなされた。


「二次会はどうする?」


 青ざめた店主を尻目に、フランツがにこにこと笑いながら言った。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

気づけばエカテリーナ、もうすっかり「ブラック内閣」の一員ですね……。

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