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バルナバ到着

揺れる荷馬車の上で、アイオンは小さく息を呑んだ。

視界の先に、バルナバの石壁がそびえている。


――でかい……。

田舎の街でも、こんなに立派なのか。

――村の木の柵なんて、比べものにならない。


だが、それ以上に目を奪ったのは、その手前に広がる光景だった。


「……なんです、あれ?」


つい声が漏れる。


バルナバの外に、無数のテントが張り並んでいた。

赤や青の布、ボロ切れを継ぎ接ぎしたものまで雑然と並び、あちこちで焚き火の煙が立ちのぼる。

人の声、子どもの泣き声、家畜の鳴き声――ごちゃ混ぜの喧騒と匂いが、風に乗って流れてきた。


カーラも驚いたように目を見開く。


「こんなの……前に来たとき、なかったよな?」


春先に納税で来たときは、こんな光景はなかった。

カーラの声に、驚きがにじむ。


御者台で手綱を握るイザークが、短く言った。


「ウルとオニクから聞いてたが、想像以上だな」


「そうね。全員、他領からの移住者。―街に入るお金すらない人たちよ」


荷台から顔を出したエリーが、低く呟いた。


「テントは街が貸し出してるらしい。炊き出しもやってるそうだ」


イザークは淡々と答えるが、その目は鋭い。


「急な発展は、こういう連中を呼ぶ。……治安は悪くなってるだろうな」


アイオンは二人の言葉を聞きながら、心の中で数を数える。


(オルババ村で200人くらい……ここにはそれ以上か? どれだけ困ってここに来たんだ)


荷馬車はやがて城門前の列に加わった。

門前はさらに混雑している。

兵士たちが声を張り上げて列を整理し、怒号が飛び交う。


荷車を押す男、泣き叫ぶ子を抱いた母親、痩せた老人。

汗と獣の臭い、そして焦げた匂いが鼻を突いた。


「……半年で、こんなに変わるんだな」


カーラがぽつりと呟く。

アイオンはただ目の前の現実に圧倒されていた。



イザークが御者台から声を張る。


「お、あの人は……ちょっと門番に声をかけてくる! お前らは荷台で待ってろ」


そう言って馬を進め、列を抜けて門番の前に出た。


「よう、久しぶりだな!」

「ん? おお、イザークじゃねぇか! 久しぶりだな」


門番が顔を上げ、にやりと笑う。

そして荷台に目をやる。


「エリーも元気そうじゃねぇか。他にもいんのか。オルババの子か? 嬢ちゃんは見たことあるが」

「ちょっと事情があってな。それより――これは何だ?」


イザークが顎で後ろのテント群を示す。

門番は肩をすくめ、ため息を吐いた。


「見りゃわかるだろ。街に入りきれねぇ移民さ。領主様が村を作らせてるが、完成まではここで暮らすしかねぇ」


「すげぇな。ここまでとは」


「……大半は王都からだ。なんでもジーナ王女殿下が、王都の貧民を自費で送り出したらしい。ここは土地が余ってるからな。人手はいくらいても困らねぇが……限度ってもんがある」


門番が小さく愚痴る。


「なるほど……。“遊行”の結果か。悪いことじゃねぇけど、働き口は?」


「動ける奴は村作りに駆り出されてる。ここにいるのは、老人や女子供、怪我人だ。領主様も仕事を作るのに必死さ」


「抱えちまったなら、そうするしかねぇな」


イザークが肩をすくめる。

門番は次に、荷台に目をやった。


「で、その二人は?」

「冒険者希望だ」


「身分証は?」

「ねぇよ。登録しにきたんだ」


門番は深いため息をつき、木札を取り出す。


「なら、入場料だ。一人30G」


カーラが思わず声を上げた。


「30G!? 前は10Gだったよな?」

「前はな。今は違う。街を維持するのに金がかかるんだよ。文句あるなら帰れ」


門番は淡々と言い放ち、付け加えた。


「盗みも喧嘩も厳禁だ。やったら牢屋行きだぞ」


イザークがアイオンに視線で合図する。


「ここ払わなきゃ、入れないぞ」

「わかってますよ」


アイオンはバッグを開き、お金を数えた。

二人分で60G。重い出費だ。


門番は金を受け取り、木札を二枚渡す。


「よし、バルナバへようこそ! その札は失くすな。冒険者登録が済んだら、ギルド員に渡せ。ギルドは――言わなくても平気か。ま、精々頑張れよ!」


「ありがとうございます」


アイオンは頭を下げた。


カーラが小声で囁く。


「……自分の分は、自分で払えたのに」 

「パートナーでしょ? なら二人のお金です」


「……ありがと」

「気にすることないですよ」


アイオンは微笑んだ。

胸の奥で、不安と高鳴りがせめぎ合っている。


(なんにしても……ここからだ)


イザークが手綱を鳴らした。


「おし、中に入るぞ!」


荷馬車はきしむ音を立てながら、ゆっくりと門をくぐった――。



門を抜けた瞬間、アイオンは思わず立ち止まった。

目の前に広がるのは、石畳の大通りと整然と並ぶ家々、そして人の波。

木と白壁の建物に瓦屋根が連なり、軒先には看板や布が風に揺れている。


前世で見た街並みには及ばない。

だが――


(……想像以上に立派だ)


鼻をくすぐるのは香辛料や焼き菓子の匂い。

耳を打つのは人々の喧騒と馬のいななき。

胸の奥が熱くなる。


「……すごい。こんな街だったんですね」


自然に漏れた言葉に、イザークが笑う。


「だろ? 田舎でも中心地はそれなりに整ってるさ。まあ、公爵領や王都を見たら“やっぱ田舎だな”って思うだろうけどな」


「でも、活気は王都より全然あるよね」


エリーが微笑む。


確かに、大通りには鎧をまとった戦士や杖を抱えた魔術師、毛皮姿の狩人たちが行き交い、屋台からは肉と香辛料の匂いが漂っていた。

荷車を押す男の怒鳴り声、楽器の音、子どもの笑い声――すべてが渦のように押し寄せてくる。


(……これが、オルババ村の外の世界か)


立ち止まりたい衝動を押さえ、アイオンは息を整えた。

イザークが手綱を引き、馬車を大通りの端に寄せる。


「さて、ギルドに行く前に荷馬車を預けるぞ。……あそこだ」


指差したのは、木柵で囲まれた大きな厩舎。

干し草と馬の匂いが風に混じってくる。


「ここに預けるんですか?」


アイオンが尋ねる。


「ああ。路上に置くわけにゃいかねぇ。……ただし有料だ」

「え、有料? いくら?」


カーラが眉を上げる。


「一日30G。馬と馬車でな」


「30……? 三日預けたら90G!? 高っ!」


「街中で預けるんだ。盗まれたらもっと損だろ! まぁ、この荷馬車と馬は俺が貰った物だからな! 俺が出すさ」


イザークは肩をすくめ、馬を進めた。


厩舎の前では、がっしりした男が声を張る。


「らっしゃい! どうぞこちらへ!」

「世話になる。……3日かな? 馬と荷馬車を預けたい」


「はい、喜んで! 90Gです!」

「はいよ」


イザークはランクカードを取り出し、水晶に手をかざした。

男が確認を終えると、従業員が馬を引き取っていく。


「はい、確かに! ではお任せを!」

「おう、頼んだ!」


そのやり取りを見ながら、カーラが小声でぼそり。


「……今ので会計済んだのか?」

「そうだよ。冒険者は大体これよ」


イザークはカードをひらりと見せる。


「これは身分証にもなるし、こうやって金のやりとりにも使える。ギルドと提携してる店限定だけどな」


アイオンはその仕組みを見て、心の中でつぶやく。


(……やっぱりキャッシュカードだ)


「あの、なくしたら中身没収の上、ランクも最初からやり直しなんですよね? ……厳しすぎません?」


「……は? そんなルールねぇよ」 


「え?」


アイオンは目を丸くする。


「再発行に金はかかるが、それだけだ。他人が拾っても悪用できねぇしな」


「なんで?」


「作る時に自分の血を入れるんだよ。使うには魔力が必要で、本人以外じゃ反応しねぇ。血と魔力は切っても切れねぇ関係だからな」


「じゃあ、私は持てないってこと?」


カーラが尋ねる。


「ううん、魔力が使えない人は、その都度血をカードに通すの。カーラも後で作ることになるよ」


エリーが優しく補足する。


「使うたびに血か……。でも便利だな!」


イザークが顎をしゃくる。


「まあ、詳しいことはギルドで説明されるさ! 行くぞ!」


三人が歩き出す。

アイオンも遅れて足を進めた。


(……さすがライアさん)


この場にいない師を、心の中で褒める。

いつかの駆け引きは、どう転んでも完敗だった。


(次会ったら……文句言ってやる)


何を言われるか、大体予想はつくが――


「おい、アイオン! 早く来いよ!」


カーラに急かされ、小走りになる。

ニヤついたライアの顔を思い浮かべ、つい笑みがこぼれた。



大通りを歩くアイオンたちの前に、軒を連ねる店々が現れる。

武器屋、道具屋、宿屋、屋台――どこからともなく肉の焼ける匂いが漂ってきて、腹を刺激した。


カーラが立ち止まり、ショーウィンドウを指差す。


「おい、あれ! 剣、めっちゃカッコいいな!」


そこには光を反射する片手剣がずらりと並んでいた。


アイオンも足を止め、ガラス越しに剣を凝視する。


「買うのは後にしとけよ」


イザークが肩を叩く。


「良いのが売れちゃうんじゃ?」


「冒険者需要が上がってるし、良いものは買われるだろうけど、冒険者になったらランクによって割引されんだよ。そうなってから買った方が得だ。それに、職人も良い使い手には特別な武器を見せてくれる。店頭に並んでないのをな。認められれば格安で売ってもらえる。オニクが持ってる魔導杖なんて、俺たちのランクじゃ絶対買えねぇ品だ」


「へぇ」


「お前ならそういう武器、見せてもらえるさ! ―今の俺もな!」


エリーが笑った。



何軒かの武器屋を離れると、今度は道具屋の看板が目に入った。

棚には回復薬や干し肉、ロープ、地図、火打ち石が整然と並ぶ。


「ちょっと入ってみよっか」


エリーの提案で、みんなで中に入る。


「いらっしゃい! 今日はお買い得な回復薬が揃ってるよ!」


元気な店員の声に迎えられ、カーラはきょろきょろと品を見渡す。


「回復薬って……こんなに種類あるのか?」

「魔力回復用や外傷回復用だけじゃねぇからな。解毒、気付け、あと強制的なスタミナ回復なんてのもある」


イザークが説明する横で、アイオンは値札を見て目を丸くした。


(回復薬、中瓶で150G……高っ! 効果がわからないけど……。携帯食料の方は安いけど、それでも一袋20Gか)


カーラが苦笑する。


「……こりゃ、冒険者は金がいくらあっても足りないな」

「だから稼ぐんだよ。命と引き換えに、な」


イザークがあっさり言い切る。


結局なにも買わずに出るのは申し訳ないので、干し肉を買った。


(……ブライさんより美味いのには、早々には出会えないな)


匂いでわかってしまうのは、やはりあの干し肉が特別だからだろうか。



店を出ると、日が傾き始めていた。

イザークが通りの先を指さす。


「宿はあそこだ。“銀の鹿亭”。安くて飯がうまい。俺たちもよく使う」


二階建ての大きな建物から、明かりと賑やかな笑い声が漏れていた。

木製の看板には銀色の鹿の絵。扉を開けると、香ばしいシチューの匂いがふわりと漂ってきた。


「はぁ……もう幸せ」


カーラが腹を押さえて笑う。


「宿屋の前に、ギルドで登録を済ませるぞ」


イザークの言葉に、カーラが小さくうめいた。


「えー……先に飯食わせてよ」

「バカ、登録しないと宿の割引も使えねぇんだよ」


イザークは肩をすくめながら、指で通りの奥を指した。


「ほら、あそこだ」


視線の先に現れたのは、ひときわ大きな建物だった。

石と木で造られた二階建て。

入口の上には交差した剣と盾の紋章が掲げられている。

扉の向こうからは、酒場のようなざわめきと、笑い声、木卓を叩く音が混じって聞こえてきた。

鼻をくすぐるのは、酒と肉の匂い――だが、ただの飲み屋ではない熱気が漂っている。


「……これが、冒険者ギルド」


アイオンは自然と息を呑む。

胸の奥で、緊張と高鳴りがせめぎ合った。


イザークが振り返り、口の端を上げる。


「さぁ、ここからが本番だ。覚悟はいいか?」

「――もちろんです」


アイオンはしっかりと答えた。


カーラがニヤッと笑い、背中を軽く叩く。


「じゃ、パートナーに恥かかせんなよ!」

「そのつもりです」


アイオンは扉に手をかけ、深呼吸を一つ。

――ギィィ……と重い音を立てて扉が開く。


瞬間、熱気と喧騒が押し寄せた。

無数の視線と笑い声、杯がぶつかる音。

その中心に掲げられたのは、巨大な依頼掲示板――ぎっしりと張られた羊皮紙が、冒険者たちの熱気に揺れていた。


(これが……冒険者の世界)


アイオンは一歩を踏み出した――。

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