幕間 父の心子知らず
青い空を、ぼんやりと見上げていた。
――別に、それが目的だったわけじゃないのだが。
「父さん! 大丈夫!?」
息子の声が聞こえる。
兵士を目指してるこの息子に負けるなら…良かったんだがな。
「…これで良いですね? ラクトさん。約束は守ってもらいます」
もう一人の息子の声が、冷静に響く。
その声音に、自分の頭もより冷静になっていく。
上体を起こし、自分を倒したその息子――アイオンを見やる。
「…お前、いつの間に訓練してたんだ? そんな身体強化のやり方…誰に教わった?」
「…夜に村の中で。独学です」
淡々と、興味なさげに答える。
本当に訓練してたのか…?
だが、それにしては――。
「なっ! お前、夜に外出するのはレア様たちの手伝いだって言ってたじゃないか!」
ゼアスが怒鳴る。
俺もそう聞いていた。というか、レア様自身からもそう聞かされていた。
「…教会近くの空き地でやってたんですよ。薬の調合の手伝いや、勉強会の内容を考えた後で、だいたい一日一時間くらい。レア様は知りませんよ。終わったら、すぐ帰ってると思ってるでしょうし」
悪びれる様子もまるでない。
「嘘はついてません。俺は“手伝い”のために夜の外出を、ラクトさんとセアラさんに許可されてます。…終わった後にすぐ帰れとは言われてませんでしたよね?」
あくまで屁理屈で押し通す。
「お、お前なぁ! 父さんと母さんを騙してるだろ、それ!」
ゼアスの怒りは収まらないようだった。
「騙してません。“伝えてなかった”だけです。…それに、朝は早く起きて畑仕事の手伝いもしてます。逆に、遅く起きて訓練に出かけて、畑仕事をしないゼアスさんに、俺が非難される理由……ありますか?」
華麗に論点をすり替えていく。
「お、俺は父さんに許可をもらってる! お前の特訓は許されてないだろ! 話を逸らすな! それに母さんは、お前の帰りを待ってるんだぞ!? 心配してるんだ!」
(…意外に口が立つな。誰に似たんだ?)
「…大事なのは“結果”ですから。俺の訓練時間の確保の仕方について、とやかく言われる筋合いはありません」
一瞬で話題を本筋に戻し、議論からスルリと抜け出す。
ゼアスの顔は真っ赤だ。怒りのせいか、それとも呆れか。
…どっちも、大事な息子だ。
「――まあ、そこまでにしとこうか、二人とも」
「父さん!」
「ゼアス、お前の言いたいこともわかる。でもな、アイオンの言い分も、理解できるだろ?」
黙る二人。
よし、落ち着いたな。なら――
「アイオン! もう一度、やらせてくれ!」
「…チャンスは一回だけ、負けても文句を言わない。ラクトさんがそう言ったはずですけど?」
「わかってる! だがもう一回だけ頼む! …セアラに叱られるっ!!」
胸を張って堂々と情けないことを叫ぶ。
「…父さん…」
ゼアスが、呆れたような目でこちらを見てくる。
怒りがすっかり抜けてるようで、何よりだ。
「…ははっ」
アイオンが、ふっと笑った。
その笑顔を見ると、どれだけ他人行儀にされていても、やっぱり安心する。
「はぁ…わかりました。じゃあ、最初の約束どおり、勝ったら午後の行動の自由を認めてもらいます。森に入っても、お咎めなしで」
アイオンが、剣の切っ先をこちらに向ける。
「よしっ! 男に二言はないな!? 俺が勝ったら、まだ早い! 諦めろ!」
こちらも剣を構える。
「ゼアス! 合図を頼む!」
「…わかったよ。じゃあ――始めっ!!」
――
…また、空を見上げていた。
――
これは、アイオンが死に、そして生き返ってから…二年が過ぎた頃の出来事だった。