幕間 父の心子知らず
青い空を、ぼんやりと見上げていた。
―いや、別にのんびり昼寝してたわけじゃない。
息子にぶっ倒されたからだ。
「父さん! 大丈夫!?」
ゼアスの心配そうな声。兵士志望の息子に負けるなら納得もいくが……。
「…これで良いですね? ラクトさん。約束は守ってもらいます」
もう一人の息子――アイオンが、淡々とした声で釘を刺してくる。
(なんでそんな冷静なんだお前…!?)
立ち上がり、尋ねるラクト。
「お前、いつの間に訓練してたんだ? その身体強化のやり方…誰に教わった?」
「…夜に村の空き地で。独学です」
「独学!? 嘘つけ!お前、絶対誰か師匠いるだろ!」
「いませんよ。…ラクトさんより強い人、この村にいないでしょ」
さらりと返すアイオン。まったく悪びれない。
褒められて悪い気はしなかったが。
「なっ! お前、夜に出歩くのはレア様の手伝いだって言ってただろ!」
ゼアスが噛みつく。
俺もそう聞いてたし、実際レア様もそう言ってたんだが…。
「嘘は言ってません。“手伝い”の後に訓練してただけです。『すぐ帰れ』とは言われてませんでしたよね?」
屁理屈炸裂。
ゼアスの顔が真っ赤になる。
「お前なぁ! 父さんと母さんを騙してるだろ!」
「騙してません。“伝えてなかった”だけです。それに朝は畑もやってますよ。逆に寝坊して畑をサボってるゼアスさんに、僕が怒られる理由ありますか?」
論点をすり替えるのも一級品だ。
誰に似たんだコイツ。
「俺は父さんに許可を取ってる! 話を逸らすな! それに母さんはお前の帰りを待ってるんだぞ! 心配させてるの、わかってるだろ!」
(……ゼアス、意外と口が立つな)
「大事なのは“結果”ですから。時間の作り方について文句を言われる筋合いはありません」
――するりと議論を抜けるアイオン。
ゼアスは「ぐぬぬ…」としか言えない。
「まあまあ、その辺にしとけ。二人とも」
「父さん!」
「ゼアス、お前の言いたいこともわかる。だがな、アイオンの言い分も―まあ、屁理屈だけど―理解はできるだろ?」
二人が黙る。
…よし、いい雰囲気になったな。
「アイオン! もう一回勝負してくれ!」
「…チャンスは一回。負けても文句なし。それが約束でしたよ?」
「わかってる! だが頼む! もう一回! …セアラに叱られるんだよ俺がぁっ!!」
胸を張って堂々と情けないことを叫んでしまった。
ゼアスが横で「あきれた…」って顔してる。
「…ふっ」
アイオンが軽く笑った。
それだけで、なんだか救われる。
「はぁ……わかりました。じゃあ最初の約束通り。勝ったら午後の自由行動を認めてください。森に入ってもお咎めなしで」
「よしっ! 男に二言はない! 俺が勝ったら諦めろ!」
再び剣を構える。
なんだかんだ言って、楽しい時間だ。
「ゼアス! 合図!」
「…これって二言目じゃないの?じゃあ――始めっ!!」
――そして、再び空を見上げていた。
これは、アイオンが死んで生き返ってから――2年が過ぎた頃の出来事だった。




