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残る影響と旅立ちの予感

少しの熱が森を満たしていた。


陽光は木々の隙間から降り注ぎ、湿った土にまだらな光を描く。


その静寂を裂いたのは、甲高い風切り音――。


「――っ!」


アイオンは身をひねり、頭上を掠めた影を見上げた。

枝葉を弾きながら降下してくる黒い影――ハーピーだ。鋭い爪が喉元を狙い、弧を描いて迫る。


一歩、前へ。

双剣が陽光を弾き、銀の軌跡を残す。


乾いた音とともに、ハーピーの片翼が宙を舞った。絶叫が森に響くより早く、アイオンは二撃目で喉を断つ。


血飛沫を避けるように後方へ跳び、肩越しに死骸を一瞥する。


「…1体目」


その瞬間、足元が揺れた。

――来る。


地面が裂け、土と草を弾き飛ばして現れたのは巨大な蜘蛛、アーススパイダー。

大地を踏み鳴らし、牙を剥いて迫る。

同時に、ねっとりとした糸が空を走った。


アイオンは片足を滑らせ、風を纏って横へ跳ぶ。

糸が木々に絡み、きしむ音を立てる。


「まだ来る―!」


言葉の途中で背筋が粟立った。

黒い影――ダスクナーガ。


闇色の巨蛇が木陰から飛び出し、しなやかな体で締め付けに来る。


咄嗟に片手の剣で蛇の顎を受け、もう一方で鱗を裂いた。

だが巨体は止まらない。腕に伝わる重圧が骨を軋ませる。


「鬱陶しい!」


息を吐き、大地を蹴り上げる。

風が爆ぜ、砂が舞った。

視界が霞む。


アイオンの姿が掻き消える。

次の瞬間、蜘蛛の糸が空を切り、蛇の締め付けは虚空を抱いた。


残像も残さず、双剣が稲妻のように閃く。

ダスクナーガの首が一閃で落ち、血が木肌を濡らした。

振り返ると、アーススパイダーが突進してくる。


迫る牙。

アイオンは身を沈め、すれ違いざまに両刃を交差させた。

斬撃は8本の脚を裂き、巨体が無様に地に伏す。


――静寂。


アイオンは剣を払って血を飛ばし、深く息を吐いた。

死骸に視線を落とし、額の汗を拭う。


「…多すぎるな」


こういう魔物が増えている。

賊どもが森に持ち込んだせいで、均衡が崩れたままだ。


木漏れ日の中で、アイオンは目を細めた。

小さく息を吐く。


「まだ、足りないな」


双剣を拭って鞘に収める。

足元には、切り伏せたハーピー、脚を断たれたアーススパイダー、首のないダスクナーガ。

血の匂いが夏の熱気に混じる。


しゃがみ込み、3体の胸部に刃を差し込む。

――淡い光を帯びた石が、血に濡れた肉から覗いた。


アイオンは無言で取り出し、布でざっと拭う。

掌に残った魔石は3つ。

そのうちひとつは、ほんのり鈍い輝きだった。


命をストックした影響か――おそらくそうだろう。

これまで何体か狩ったが、こんな色は初めてだ。


(…弱い魔物からのストック率は下がる、か)


3つ並べ、視線を落としたまま息を吐く。

素材は放置だ。この魔物の解体方法も知らない。


肉になるホーンラビットなら解体するが、こいつらは無理だ。


「――お前さ」

背後から声が飛んできた。

振り返ると、イザークが立っていた。

その隣で、少女――エリーが柔らかく笑っている。


「覗き見は悪趣味ですよ」


「わかってたろ? しかし、こいつらじゃ相手にもならねーな」


イザークはにやつきながら近づき、死骸を見下ろした。


「連携も意に介さずに、余裕だったな」

「まだまだです」


「素直じゃねぇなぁ…で、魔石だけか?」

「ええ。少ない荷物で済みます」


アイオンは腰のバッグを示す。

中には血のついた魔石が数個。


イザークは額に手を当て、大げさにため息をついた。


「お前さ…それ、めっちゃ損してんぞ」

「損?」


「素材だよ、素材!ハーピーの翼膜とかナーガの皮とか、ギルドに持ってけば金になる。俺らなんて物によっては解体に半日かけるぞ」


「村にギルドなんてないですし、面倒なだけです」

「うわ、出たよ。面倒で済ませるなよ…」


イザークは呆れ笑い、指を突きつけた。


「冒険者登録!まだしてねぇだろ?」

「する場所がないんで。今のところ、理由もないですし」


「バルナバに行きゃあるだろ!それに理由しかねぇよ!宿の割引もあるし、情報も手に入る。魔石の買取もギルドのがダントツで高い!なにより、他の街に入る時は身分証代わりになる!」


エリーが口を挟む。


「確かにバルナバまでは3日かかるけど…休憩施設もできたし、前よりマシだよ?行ったことないって聞いたし、いい機会だと思う」


「元々、最短距離を走っていけば1日かかりません。それに、なるべく村の収入にしたいんですよ。個人で稼ぎたいわけじゃない」

「わかってねぇな〜!」


イザークが声を張った。


「もうお前がこの村にいる意味ってないだろ?政策のおかげか領地の評判も上がって、人もオルババ村に増えて、村全体の畑仕事を手伝ってる。だからお前は、こうして外の脅威排除に専念できてるんだ。それに対する正当な対価を貰えって話!…燻ってた冒険者も、新しい魔物目当てで増えた。そいつらの餌場をお前が刈り取ってる形だ。それはギルド的にも都合が悪い」


アイオンは視線を逸らし、剣の柄に指をかけた。


「…俺は、ただ村の安全のためにやってるだけです。誰かの都合なんて、どうでもいい」


「正直、こんだけ繁殖してるとは思わなかったから困っちゃいねぇだろうがな…でも、この地方じゃもう、お前の力は伸ばせねぇよ。…それは、ライアさんの意思にも反するんじゃねーか?」


アイオンの手が止まる。

――あの人の声が、微かに蘇る。


《この場所じゃ、あなたはこれ以上伸びない。もっと広い世界を見なさい》


「……」


その様子を見て、エリーが優しく続けた。


「ね、悪い話じゃないと思う」


しばしの沈黙。

アイオンは短く息を吐き、魔石を袋に放り込んだ。


「…オルババに戻って、ラクトさん達に一言言ってからです。許可が取れなきゃ、やめます」


イザークの顔がぱっと明るくなる。


「よっしゃ!決まりだな」


エリーは微笑みながら問いかける。


「じゃあ、簡単に解体も教えよっか?自分がどれだけ無駄にしてたかわかるよ?」

「ダスクナーガだけ。ハーピーとアーススパイダーは…いいです」


イザークとエリーは笑う。

初心者にありがちな苦手意識をアイオンも持っていた。


そんな笑い声を無視し、解体用ナイフを取り出すアイオン。


「さぁ、やりましょう」

「はいはい!しっかり教えてやるよ!…3体ともな!」


「イザークさんは結構です。エリーさん、お願いします」

「はいはい」


軽口を交わしながら、3人は魔物の解体に入った。

風が木々を揺らし、音をぼかしていく。


――旅立ちの日は、近かった。

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