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アストライア



この体に――この世界に転生してから、三年が経った。


驚くほどに、自分はこの世界に適応してしまった。

クソ女神から与えられた知識は、まるでアストライアという世界の基礎を丸ごと叩き込まれたかのようなものだった。


アストライア。

それがこの世界の名前。

この世界にある国家のひとつ、ローズレッド王国。

その王都パルキノンから遠く離れた辺境地、フィギル子爵の領地――。

その片隅にある小さな村、オルババ村で、アイオン――俺は、家族と暮らしている。


村の人口は、ざっと二百人ほど。

三年前、前世で一度も触れたことのなかった農業に苦戦したが…今ではすっかり慣れた。


「お疲れ様ーっ!」


元気な声が畑に響いた。


「お、ナリア!もう昼か?」


低く落ち着いた声が返ってくる。


「うん! お父さんとアイくんを呼んできてって、お母さんが言ってたよ」


「おぉ、そうか! 母さんの手伝いをして偉いぞ〜、ナリア!」


小さな少女が抱き上げられ、その顔がぱっと輝く。


「アイオン! ここまでだ、帰って飯食うぞ、飯!」


「…はい。ラクトさん」


どこか他人行儀な返事が口をつく。

この体に入ってから、ずっと申し訳なさでいっぱいだった。


元のアイオンを知らない自分は、この人たちの知っている「アイオン」ではない。

どう振る舞えば違和感がないのかもわからず、ただ困惑させてしまうだけなのはわかっていた。


三年経っても、距離感はつかめなかった。

それでも、この人たちは俺を――家族として受け入れてくれている。


「いこう、アイくん!」


ラクトから降りたナリアが、満面の笑みで自分に手を伸ばす。


「……ごめん。行こう」


その笑顔を、いつまでも真正面から受け止めることができないままだった。



「お、ラクト! 終わりかい?」「もっと働けよ〜」「ナリアちゃ〜ん! 結婚して〜!」


「俺の目が腐っても、お前にはやらん!」


「ははっ! 子離れしろ〜」


笑い声が畑に響く。

村の人々が気さくに声をかけてくる。

ラクトは、この村で本当に慕われている。


もとは王都で兵士をしていたが、村娘に惚れ込んで農民に。

最初は馴染めなかったそうだが、村人では対処できない魔物や野盗から村を守る力を評価され、受け入れられたという。


今では自警団を結成し、村の守護を担う――まるで駐在兵のような立ち位置だ。



「お母さん、ただいま〜!」


「おかえりなさい。お疲れ様でした」


玄関のドアが開くと、笑顔の女性が迎えてくれる。


「ただいま、セアラ! 働いてきたぞ!」


「それが仕事ですよ。おかえりなさい、アイオン」


「…ただいま帰りました、セアラさん」


母のセアラは、にこやかに食卓の支度を進めていた。

それを手伝うナリア、褒めるラクト……そこには、暖かな家庭の光景が広がっていた。


だが、俺にとっては、未だに馴染みのない風景だった。



「ごちそうさまでした」


食べ終えた器を下げ、剣と盾を手にすぐに家を出る。

それが、いつもの流れだった。


「では、行ってきます」


「おう、気をつけろよ! このあたりの魔物は弱いが、油断だけはするな! …あの森には絶対に入るなよ!」


「気をつけてね、アイオン」


「いってらっしゃい! アイくん!」


逃げるように家を出て、森へと向かう。


「アイオン! …おい、アイオン!」


声が追ってくるが、無視して歩く。


「聞こえてんだろ! アイオン!!」


仕方なく足を止め、ため息混じりに振り返る。


「…なんですか、カーラさん」


「お前くらいだぞ、私にそんな態度するの…」


「それはそれは…。ご機嫌よう」


「だから待てと言うに!!」


声を荒げて服を掴んできたのは、村の美少女――カーラ。

その外見とは裏腹に、男勝りな性格で、よく兄のゼアスと喧嘩をしていた。


「…ゼアスさんなら、まだ帰ってきません。夢の兵士生活、充実してるようで。次に帰ってくるのは冬の休暇ですって」


「誰があいつの話なんてしてるかーっ! …それより、お前また一人で狩りに行くのか?」


顔を赤らめながら、話題を逸らしてきた。


「…ラクトさんから許可は得ていますし、村長も認めてます。魔物被害を減らすのは、村としても重要です。魔物肉は売れるし、小銭も稼げます。それが店の収益を上げ、酒場に金が落ち、新たな行商が来る。俺は装備を新調し、また商品が流通する。金が巡って、村が潤う。…世界が、潤う」


口早にまくし立てる。

こういうのは、勢いとへ理屈で押し切るのが肝心だ。

だが、目の前の怒りに燃える人間には通じなかった。


「ごちゃごちゃうるせぇ! たまには家族と過ごせ! ゼアスが村を出てから、セアラさんもナリアちゃんも気落ちしてるんだぞ! お前はただでさえ死にかけて、心配かけたんだ。少しは家族孝行をしろ!」


顔を真っ赤にして叫ぶカーラ。

あたりに人が集まり始める。


(…さっさと逃げよう)


「ゼアスさんが村を出たのは一年前。手紙も来るし、今はそれほどでもないですよ。…まぁ、善処して検討します。では、ご機嫌よう」


言い切ると、魔力で身体を強化し、一気に駆け出す。


「あっ、おい! 待て、逃げるな! シスターも心配してるぞーーーっ!!」


背後からの声には、もう振り返らなかった。



「…ガァァアッ!! あのクソ野郎!!」


カーラが地団駄を踏む。

彼女は“今の”アイオンに惚れていた。


ゼアスに相談したところ、「お前が妹になるのは嫌だ」とふざけた返事をされたため、喧嘩が絶えなくなったのだ。

だが、アイオン本人はずっと勘違いしたままだった。


「カーラ…それはねぇべ」「…魔獣の咆哮だ…」「自警団を呼べー! A級の魔物が出たぞー!」「全く、素直じゃないねぇこの子は…」「あれは簡単には落ちんぞ?」「俺にしとけ〜カーラちゃ〜ん!」


なぜか周囲にはバレている。

本人だけが気づいていないのだ。


「たまには素直になるのがいいよね〜」「ギャップよ! ギャップに弱いんだよ、男は!」「それであんたは旦那捕まえたものね〜」「カーラにもいいギャップあるだろ?」「あるな! 男勝りな奴は大体胸はあるんだよ! でもあいつはA級よ、A級!」「魔物はEから弱い順なのに、なんで胸はAからなんだろうな?」「知らね〜!」


村人たちの無駄に賑やかな会話に、カーラの怒りが爆発する。


「うるせえぇぇええ! 散れぇぇええ!!!!」


近くにあった箒を振り回し――蜘蛛の子を散らすように、村人たちは逃げていった。



森へ向けて走る。

人混みを抜け、静かな緑の中へと踏み込む。


この辺りには、食用にもなる低級魔物が生息しており、村の食料調達場としても使われていた。


「…無駄に魔力を使ってしまった」


一息ついて森に入る。

この世界には、当たり前のように魔物がいる。


ランクはEからA。

数字ではなく、アルファベットで示され、強さもそれに比例する。


村の周辺に出るのは大抵E級かD級。

弱いが数が多く、畑を荒らす厄介な存在だ。


そういった魔物を狩りながら、小銭を稼ぎ、魔力の扱いを体に覚えさせてきた。


「さて、と。簡単に見つかるといいんだけど…」


慎重に足を進める。

少し歩くと、狙っていた魔物が3体、姿を現した。


ホーンラビット。

角を持ったウサギ。食用として飼育されることもあるが、年間の死者数は意外と多い。


魔力を巡らせ、一気に斬りかかる。

こちらに気づく前に、まず1匹。

突進してくる2匹目を盾で受け止め、そのまま斬る。

最後の1体と、正面から向き合う。


俊敏な動きで突進してくるが、全てがスローに見える。

回避し、刃を振る――首を跳ねる。


「あと3匹くらいは欲しいかな」


血抜きをし、解体。

バッグに詰め、再び森を進む。


昼まで畑を手伝い、日が暮れるまで狩りをする。

それが、この世界に転生してからの日常だった。



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