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アストライア

この体に――この世界に転生してから、3年が経った。


驚くほどに、自分はこの世界に適応してしまった。

クソ女神から与えられた知識は、世界の基礎をまるごと叩き込まれたようなものだった。


アストライア。世界の名。

その一国、ローズレッド王国。

王都パルキノンから遠く離れた辺境、フィギル子爵の領地。

その片隅にある小さな村―オルババ村で、俺は“アイオン”として暮らしていた。


村の人口は200人ほど。

前世では農作業などやったこともなかったが…今ではすっかり慣れていた。



「お疲れ様ーっ!」


畑に元気な声が響く。


「お、ナリア!もう昼か?」

「うん!お父さんとアイくんを呼んできてって、お母さんが!」

「おぉ、母さんの手伝いか!偉いぞ〜」


今世の父、ラクトに抱き上げられ、少女は顔を輝かせる。


「アイオン!ここまでだ、帰って飯食うぞ!」

「はい、ラクトさん」


どこか他人行儀な返事が口をつく。

この体に入ってから、ずっと申し訳なさでいっぱいだった。

それでも、この人たちは俺を家族として受け入れてくれている。


「いこう、アイくん!」


妹であるナリアが笑顔で手を差し伸べてくる。


「…ごめん。行こう」


その笑顔を、未だ正面から受け止められないままだった。



村に戻る道すがらも、ラクトは村人たちに声をかけられる。


「ラクト!仕事終わりか?」「もっと働けよ〜」

「ナリアちゃ〜ん!結婚して〜!」


「俺の目が腐ってもやらん!」


「ははっ!子離れしろよ!」


笑い声が弾む。

元兵士だったラクトは、今では自警団を率いて村を守る頼もしい存在として、村人に慕われていた。



ナリアが元気よく家のドアを開ける。


「お母さん、ただいま!」

「おかえり、ナリア」


母セアラが笑顔で迎えてくれた。


「ただいま、セアラ! 働いてきたぞ!」

「それが仕事ですよ」

「…ただいま帰りました、セアラさん」

「おかえり、アイオン。お疲れ様」


その柔らかな微笑みにも、応えられないままだった。


母を手伝う妹、褒める父。

段々と暖かな家庭の光景が広がっていく。

だが俺にとっては、まだ馴染みのない風景だった。



食事を終え、剣と盾を手にする。


「では、行ってきます」


「おう!油断するなよ!」

「気をつけてね、アイオン」

「いってらっしゃい!」


"家族"の声に振り返る事もなく、逃げるように家を出た。



村の出口付近。


「アイオン! …おい、アイオン!」


声が追ってくるが、聞こえないふりで歩き続けた。


「聞こえてんだろ! アイオン!!」


根負けして足を止め、ため息混じりに振り返る。


「なんですか、カーラさん」


「お前くらいだぞ、私にそんな態度するの…」


「それはそれは―。では、ご機嫌よう」


「だから待てと言ってんだろ!!」


ぐい、と胸倉を掴んできたのは村一番の美少女――カーラ。

外見は華やか、性格は剣呑。兄のゼアスと喧嘩三昧の少女だ。


「ゼアスさんなら、まだ帰ってきませんよ。夢の兵士生活、順調らしいです。次に帰ってくるのは冬の休暇ですって」

「誰があいつの話なんかしてるかーっ! それよりお前、また一人で狩りか!?」


赤面しながら話題を逸らすのが、逆に分かりやすい。


「ラクトさんから許可は得ています。村長も認めてますし。魔物被害を減らすのは村にとって重要です。魔物肉は売れる、小銭も稼げる。店の収益が上がり、酒場に金が落ち、行商人も来る。俺は装備を新調し、また商品が流通する。金が巡って、村が潤う。…つまり、世界が潤う」


まくしたてる俺。

だが、怒りに燃えるカーラには微塵も効果がなかった。


「屁理屈こねてんじゃねぇ! たまには家族と過ごせって言ってんの! ゼアスが村を出てから、セアラさんもナリアちゃんも気落ちしてんだぞ! お前は一度死にかけてるんだ! 少しは親孝行しろ!」


顔を真っ赤にして怒鳴るカーラ。

その声につられ、村人がわらわらと集まってくる。


(…面倒な)


「ゼアスさんが村を出たのはもう一年前です。手紙も届きますし、今はそこまででもない。…まあ、善処して検討します。それでは」


言い切ると同時に魔力で身体を強化し、一気に駆け出す。


「あっ! 待てコラ! 逃げんな! レア様も心配してんぞーー!!」


背後の声を振り切り、森へ走った。



「ガァァァッ!! あのクソ野郎!!」


カーラは地団駄を踏む。

彼女は“今の”アイオンに惚れていた。

だが当の本人は、なぜか勘違いしたまま。


ゼアスに相談したところ「お前が妹になるのは嫌だ」と冗談めかされたせいで、以来喧嘩が増えたのだ。


そこへ野次馬たちの合いの手が飛ぶ。


「カーラよぉ、それはねぇべ!」

「素直になれって!」

「俺にしとけー! カーラちゃーん!」

「いやいや、あれは簡単に落ちんぞ!」


なぜか村人にはバレバレ。

アイオンだけが気づかない。


「ギャップだって! ギャップに男は弱ぇんだ!」

「カーラにもあるだろ、ギャップ!」

「あるある! 男勝りな奴には胸があるもんだ!」

「でもあいつはA級よ! A級!!」

「魔物はEから弱い順なのに、なんで胸はAからなんだろうな?」

「知るかバカ!」


「ギャハハハ!」と盛り上がる野次馬たち。


「うるせえぇぇええ!! 散れぇぇぇええ!!!!」


カーラが近くの箒を振り回すと、村人たちは蜘蛛の子を散らすように退散した。



森へ入る。


この辺りには低級の魔物が魔物が生息しており、食料や稼ぎ場として利用されていた。


「…無駄に魔力を使った」


一息つき、魔物を探す。

やがて角を持つウサギ、ホーンラビットが三体姿を現した。


「…ちょうどいい」


魔力を巡らせ、一気に斬りかかる。

一匹目を瞬殺。二匹目の突進を盾で受け止め、そのまま斬り伏せる。

最後の一体と正面から相対し、俊敏な動きを回避して首を跳ねた。


「幸先いいスタートだ」


血抜きをし、解体。バッグに詰める。

朝は畑を手伝い、日が暮れるまで狩りをする。

それが、この世界に転生してからの“日常”だった。


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