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幕間 奇跡の日

「力及ばず、ごめんなさい」


シスター・レアが深く頭を下げる。

その後ろで、シスター・ベティも肩を落としながら頭を垂れた。


「どうすることもできなかったです…」


「あ、あなたたちのせいではありません」

涙をこらえ、母セアラが必死に言葉を返す。


子どもにだけ発症する奇病。

生存率は極めて低く、発症すれば死を覚悟しなければならない。

事前に、レアからそう聞かされていた。

同じ病にかかり、亡くなった子も村には多い。


「そうです。よくしていただきました。…最後は苦しむことなく、アイオンは女神様のもとへ帰りました」

父であるラクトが、妻の肩を支えながら声を絞り出す。


「アイオン…」

長男のゼアスが、弟の傍で小さく名前を呼んだ。


「アイちゃん?」

妹のナリアも、兄を呼ぶ。

けれど“死”を理解するには、幼すぎる。


セアラの目に涙がにじむ。


「…泣いても、いいのよ?悲しいときは、泣いていいの」

レアのやわらかな声が、最後の堤防を崩した。


「うぅっ…うわぁぁああっ!!」

「セアラ!セアラ!…くそっ! くそぉ!」

「うわーん!アイオンが…アイオンがぁ!」


もう二度と、アイオンは目を開けない。

その現実を理解できる者たちは、ただ泣くしかなかった。

喪失感が胸と体を深く抉っていく。


――そのとき。


「アイちゃん!」

ナリアが突然、声を上げた。


「ナリア……アイオンは、もう――」


この子は本当にアイオンに懐いていた。

剣に夢中だったゼアスよりも、よく遊び、よく面倒を見てくれたアイオンを。


「アイちゃん…泣いてるよ?どうしたの?いじめられたの?」


……?

全員が、アイオンを見る。

―目を、開けている…?


「…アイオン?」


セアラが恐る恐る声をかける。

さっきまで呼吸も止まっていたはずの息子が――


「…ごめんなさい」


声を発した。


レアとベティは絶句する。

アイオンはゆっくりと体を起こし――


「…ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい―」


何度も、謝罪を繰り返した。


セアラは思わず抱きしめる。

その体は小刻みに震えていた。


「大丈夫! 大丈夫よ、アイオン!」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい―」


アイオンが眠りに落ちるまで、震える体を抱きしめ続けた。



「…みんな帰った。“助かってよかったな”って」


ラクトが呟く。

セアラは頷き、二人の頭を撫でた。


泣きながら眠るアイオンの隣を、ナリアは離れない。

ゼアスはベッドの縁にもたれ、目をこすっていた。


やがて、レアとベティが戻ってくる。


「…前例がないわ。確かに心臓は止まっていた。呼吸も」


「そうですね〜。この病気で生き残った例は多少ありますけど、心臓が止まって数分後に蘇ったなんて、聞いたことがありません〜」

「…奇跡としか言いようがないわ」


―奇跡。


「女神様の奇跡でしょうか? 私たちの祈りが、届いたのでしょうか?」


「わからない。そうとしか…でも、もしそうだとしても」


「軽はずみなことは言えませんよ〜」


ベティが珍しく真顔で言った。


「これが女神様の救いだとしたら、教義に反します〜。死は次の世界へ旅立つための通過儀礼。それを否定するような行為を、女神様がなさるとは思えません〜」


「そうね。…軽率に判断しては駄目だわ」


レアは頷き、表情を引き締める。


「このことは、誰にも話さない方がいい。見ていなければ誰も信じない。…無駄な憶測が広がれば、危険に繋がる」


セアラとラクトは息を呑み、尋ねる。

「…誰にですか?」


レアはため息混じりに答える。

「“女神の奇跡”と呼ばれて困る連中よ」


すかさずベティが和やかに補足する。

「つまり!あの俗物集団ですね〜」


「やめなさい、ベティ…」

「失敬〜」


ベティは舌を出し、自分の頭を軽く叩いた。

二人のやりとりに少しだけ、重い空気が和らぐ。


「…わかりました。ゼアスが目を覚ましたら話します。ナリアは…大丈夫かと」


「そうね。“元気になった”だけ伝えればいいわ」


やがて、レアたちは教会へ戻っていった。


「俺たちも休もう。ここ数日ろくに寝てなかったしな」

ラクトがセアラに声をかける。


「…ねぇ、ラクト」

「ん?」


「…この子は、誰に謝っていたのかしら?」


セアラの視線の先で、眠るアイオンの表情はまだ泣いていた。

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