表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/180

対イザーク

陽射しが砂地をじりじりと照らす中、その中心では二人の少年が向かい合っていた。

――アイオンとイザーク。


少し離れた木陰にはカーラとエリーがいて、ライアは双剣を背負ったまま腕を組み、審判役として立っている。


「身体強化は禁止。使えば即終了よ」


ライアの声に、二人は頷いた。


「始め」


合図と同時に、空気が張り詰める。


イザークが先に動いた。

砂を蹴って一気に距離を詰め、斜め上から木剣を振り下ろす。


「ッ!」


アイオンは一歩引いて受け止め、力を逃すように剣を滑らせた。その勢いを利用し、即座に下段から斬り上げる。


イザークが半身をひねって回避し、腕で打ち払う。


「ほう、やるじゃねぇか!」

「遊んでたわけじゃないんで!」


そのまま連続の打ち合いへ。


木剣が乾いた音を響かせ、力と技がぶつかり合う。だが互いに決定打を与えるには至らない。


「アイオン、こんなに動けたっけ?」


エリーが木陰で呟く。

カーラは息を飲みながら見守っていた。


イザークの剣は重く無駄がない。

一撃ごとの圧と、経験に裏打ちされた間合いの掌握。振り下ろした直後には、すでに次の動きへと移っている。


だが、アイオンの剣筋も明らかに洗練されていた。細かい踏み込み、フェイント、斜めからの切り込み――別人のような緩急があった。


「そこっ!」


アイオンが横薙ぎに振る。イザークが受け止めた反動で、アイオンは体を回転させ背後を取ろうとする。その軌道は、肘、肩、首元と、数手先まで計算されたものだった。


「っの、器用な真似を!」


イザークは身を低くして後ろ蹴りを放つ。アイオンが跳ねてかわすと、間髪入れず接近戦へ戻る。今度は下から突き上げるような一撃。


イザークは横に体をそらし、腕で受ける――


「っぐ!」


一瞬、イザークの顔が歪む。


「今っ!」


アイオンが剣を振り抜く。だがその寸前――


「らああっ!」


イザークの突き上げがぶつかり、互いの剣が空中で激突。大きな音とともに二人は跳ね返され、距離が空いた。


「はあ、はあ……」

「……やるじゃねぇか、ほんとに」


二人の額には汗がにじんでいた。


「このくらいの力差なら、まだ追いつける……!」


アイオンの瞳が鋭く光る。

その視線に、イザークは口元をつり上げた。


「じゃあ見せてみろよ。全力で来な!」


再び、剣が交差する。


今度は速度が上がる。滑り込むようなアイオンの剣に、イザークは最小限の動きで応じる。


「お互い、引かねぇな」

「イザークの方が年上だからね。まだ意地を張りたいのよ」


剣の間に、火花のような緊張が走る。


斬り合い、避け、打ち込み、回避。手数は次第に絞られ、虚を突くよりも“隙を見抜く”戦いに変わっていった。


その刹那、アイオンが一歩踏み込み、地面を擦るような低い姿勢から鋭く突き出す。イザークが跳ねて避けるが、すぐに反転――逆方向へ一閃。


「っ、やりやがったな!」


ギリギリで木剣がそれを弾く。至近距離での連打。弾き、打ち、払い、踏み込む――一歩の狂いが命取りとなる激戦。


「――そこまで!」


ライアの声が飛ぶと、二人の剣が静止する。

どちらの剣も、互いの急所まで、ほんの寸前だった。


「引き分け、でいいわね?」


ライアに言われ、二人は剣を下ろす。


「あのままやってりゃ、俺の勝ちだったろ!」

「まさか。俺の方が優勢でしたよ」


互いに言い合いながらも、


「――でも、強かった」


アイオンの一言に、イザークはにっと笑う。


カーラが拍手をしながら叫ぶ。


「すごいじゃねえか!どっちも負けてなかった!」

「熱かった……」


エリーの声にも熱がこもる。


呼吸を乱しつつも、二人の顔には満足げな笑みが浮かんでいた。


「しかし、まいったな。まさかここまでやり合えるとはな」


イザークが額の汗を拭い、笑った。


「成長を実感できました。……楽しかった」


真剣勝負の末に得た奇妙な共鳴。


だが――


「あなたたち、まだ余力あるわよね?」


ライアが唐突に口を開いた。


「は?」

「え?」


二人が同時に声を上げる。

ライアはにやりと笑い、木剣の鍔を指で弾いた。


「次は、“身体強化あり”でやりましょう」


「え、いや!それはもう別の勝負じゃ?」


イザークが言いかけたが、ライアは構わず続ける。


「この訓練、アイオンのためでもあるけど、あなたのためでもあるのよ、イザーク。アイオンの成長は、あなたにとっても刺激になる。それに――」


ライアの視線がイザークに注がれる。


「彼との差を知ることは、今の自分の位置を知ることにもなる。興味、あるでしょう?」


「――なるほどね」


イザークは肩をすくめ、力を抜いた。


「アイオン、遠慮すんなよ。全開で来い」

「はい。――行きますよ」


剣が再び構えられた。先ほどとは違う空気を、カーラとエリーも無言で感じ取っていた。


ライアの口元が、ふっと緩む。


「第二戦、開始」


その声と同時に――風が変わった。


アイオンが動いた。いや、“消えた”。


地面を蹴ったのは一瞬。次の瞬間には、視界からその姿が掻き消えていた。


「っ、速ぇ!」


イザークは即座に身体強化を展開。筋肉が収縮し、神経が研ぎ澄まされる。全感覚が、直感に従って働く。


(正面……じゃねぇ。右後ろ!)


体をひねり、振るった木剣が、背後から迫る一撃を弾いた。硬質な衝突音。木片が飛び散る。視線の先には、いつの間にか回り込んでいたアイオンの姿。


「本当に、“消えて”見えるな!」


あの日、ライアと戦った時に見た“それ”。

今、それを真正面から受けている。


息を吐く間もない。次の瞬間、またアイオンが動いた。

一歩、二歩――それより速い。


見えているはずの動きが、実際の位置と一致しない。


(ちょっとでも判断を誤れば、首を飛ばされる!)


イザークは神経を張り詰め、攻撃の糸口を探る。

守りだけでは、いずれ突破される。


「――はあっ!」


アイオンが踏み込み、刃が一直線に突き出される。


反射で剣を振り、ギリギリでそれを逸らすイザーク。だが、腕がしびれる。重い。身体強化で増幅された速度と力に、身体が悲鳴を上げ始めていた。


(こいつ、ここまで来てるのか!)


だが、怯まない。

わずかな隙を狙い、足払い――


「……!」


アイオンが跳躍。空中で回転し、姿勢を立て直す。

その滞空の一瞬を狙い、イザークが全力の打ち上げを放つ。


「おらっ!」


しかし――


「っ!」


空中で構え直したアイオンが、それを真正面から受け止めた。


激しい衝突音とともに、二人は後方へと吹き飛ぶ。土煙が舞い、一瞬だけ沈黙が訪れる。


だが、すぐにまた前へ。今度はイザークが踏み込み、アイオンが迎え撃つ。


刃と刃が激しく交差し、火花のように木片が散る。


攻め、守り、誘い、崩し――


一瞬一瞬が命取りとなる速度の応酬。

わずかな読み違えが、即座に敗北へと繋がる。


訓練場には、二人の荒い息と足音だけが響いていた。


何度目かの打ち合いの後、距離を取り合う。


呼吸を整えながらも、視線は外さない。

次の一撃が“決定打”になると、互いに感じていた。


(来るか)


イザークは心の中で呟く。


だが、次の瞬間――風が止まった。


(……は?)


アイオンの“気配”が消えた。


足音も、風の揺らぎも、空気の変化すらない。

視界を凝らし、耳を澄まし、全神経を集中させる。


だが――何も、見えない。


(これは!? 右? 左? いや、上か!?)


焦燥が胸を満たし、冷たいものが背を這う。


そして――


「――っ!!」


本能的に振り返る。


だが、遅い。


至近距離、わずか数センチ背後から――


「はっ!」


アイオンの一撃が、音もなく振り下ろされた。


空気を裂く音とともに――


イザークの木剣が宙を舞い、彼自身もその場に膝をついた。


「――っは、今のは……見えなかった、完全に……!」


悔しさと驚きにまみれた声が漏れる。


ライアが、静かに手を上げて告げた。


「――そこまで。勝者、アイオン」


静寂が訓練場を包む。

カーラとエリーが、息を呑む音だけが響いた。


アイオンは木剣を下ろし、乱れた息のまま、イザークに頭を下げる。


「ありがとうございました」


イザークも、膝をついたまま頷いた。


「……ああ。礼はこっちの方だな。……あんな動き、マジで初めて見た」


ライアが微笑を浮かべ、イザークを見やる。


「よく食らいついたわ、イザーク。あの速度についていけたなら、素質は十分にあるわよ。最後も、本能で反応できてた」


「……そうかよ。ならちょっとは、胸張ってもいいな」


立ち上がるイザークの表情には、敗北よりも清々しさがあった。


アイオンの背をポンと叩き、ぽつりと呟く。


「お前、まだまだ強くなるな。でも、負けねぇからな」

「どうも。そちらも、見違えましたよ」


アイオンも、疲れと達成感の混じる表情で応じた。



夕暮れが薄れ、夜の気配が訓練場を包む頃。

イザークはカーラとエリーに肩を叩かれながら引き上げ、残されたのは、アイオンとライアの二人だけだった。


静かな空気の中、ライアは腕を組み、じっとアイオンを見つめていた。

アイオンが、少し気まずそうに視線を逸らす。


「とりあえず、どうでしたか?」

「悪くなかったわ。身体強化なしであそこまで動けたのは好材料ね。イザーク相手に互角でやれたのも、大きな成長よ」


素直な賛辞のあと、少し間を置いて――


「でも、満点ではないわね」

「……やっぱり」


アイオンが苦笑し、頭をかく。


ライアは歩み寄り、目の前で木剣を軽く弾いた。


「本来、“読ませない動き”と“読まれた上で崩す動き”、両方できなきゃ駄目。でも、どちらもまだ完成してない。まぁ、経験あるのみね」

「はい……」


さらに続ける。


「身体強化戦でも欠点はあった。最後の“消えた”一撃――確かに速さも威力も十分。でも、撃つまでにちょっと“溜め”が入ったわよね? あれじゃイザークに『今から消えます』って言ってるようなもんよ」


「……はい。集中する時間は短くなってるつもりでしたが……」


「そこが弱点。動きの中で自然に組み込めるようにしないと、本物の強敵には通じない」


――と、まるで“自分のような”と言いたげに指をさす。


「それに、真に恐ろしいのは“消えてから、複数の選択肢を持ってる”戦い方よ」


ライアは腰に手を当て、淡々と続けた。


「姿を消してから斬る、外す、投げる――そういう選択肢を持ってこそ、本物の強さになるの」


アイオンは歯を食いしばる。


「つまり、俺はまだ“読みやすい”ってことですね」


「そういうこと。手札は多い方がいい。でもそれには考えなきゃいけない。思考しながら動くのをやめちゃ駄目だし、かといって型にハマるのもダメ。……地道にやるしかないわよ」


アイオンは真剣な表情で頷き、尋ねる。


「少しは……変われてますか? 前より」

「それは自信を持っていいわ。目の動きも、呼吸の使い方も、格段に良くなってる」


少し笑みを浮かべて、ライアは背を向けた。


「――ただし。今のうちに、できるだけ“自信の芽”は潰しておきたいの」

「え?」

「言ったでしょ? 驕りは戦闘に一番いらないって。だから、何度でも言っておくわ」


再び振り向き、冷静な目で告げる。


「――あなたは、まだ“速さに頼ってるだけ”」

「……!」

「反応を超える速度は確かに武器。でも、それだけで勝てるほど、世の中甘くないの。次は“読まれても勝つ”工夫を覚えなさい」


アイオンは木剣をギュッと握りしめ、力強く頷いた。


「――はい。もっと、ちゃんと強くなります」


その言葉に、ライアはほんのわずか――誇らしげな色を浮かべた。


「いいわ。その意気。さ、今日は終わり。家に帰って、ゆっくり休みなさい。――自主練はなしよ?」

「……わかりました。失礼します」


小走りで訓練場を去るアイオンの背を見送りながら、ライアはぽつりと呟いた。


「止めてもやるわね、あれは」


そう言って木剣を肩に担ぎ、彼女も静かに歩き出した。


夜風が吹き抜ける訓練場には、戦いの熱と、小さな余韻だけが残っていた。



教会近くの空き地で、アイオンはひとり剣を振っていた。

わずかな感覚のズレを気にしながら。


(久しぶりの身体強化だったけど……確かに強くなってる)


命を糧に力を得る。

その力が僅かに、確かに効力を増していると感じる。


(……驕るな。図に乗るな)


戒めの言葉を思い浮かべ、剣を振る。


――ただ強くなる。

僅かでも、どこまでも。



翌朝、陽がまだ高く昇りきる前の訓練場。


イザークは一人、黙々と剣を振っていた。


(ちくしょう。負けたのは仕方ねぇ。あいつが予想より速すぎた)


剣を振るたび、あの“消えた一撃”が脳裏をよぎる。


気配も、気流の変化すらもなかった。

ただ、背後から鋭く――まるで“刃の風”が吹いたようだった。


(でも、少しだけでも“見えた”。……あれを、次は――止めてみせる)


打ち込み。踏み込み。剣の軌道を何度も修正する。


ただの模倣じゃない。自分の動きに組み込むために、何度でもなぞる。


(今のままじゃ、あいつにあっという間に置いていかれる!)


汗が額から落ちる。息が荒くなる。


それでも剣を止めない。誰に言われたわけでもない。ただ、自分の意志で。


(まだまだ負けらんねぇ!)


握った剣は、重みを増していくように感じられた。

だが、それが心地よかった。


イザークは静かに息を吐き、もう一度、剣を振る。


それは、負けた男の“悔しさ”ではなく――

強くなると決めた男の、一歩目だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ