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初めての友人

「準備はいい?」


木々の隙間を抜ける風が、ライアの赤髪をそっと揺らす。

二振りの木剣を手に軽やかに構えたその姿には、“静かな強さ”が漂っていた。


アイオンは一歩、足を引き、息を整える。

「はい。今日は、1本取ります」


ライアは薄く笑んだ。

「いい心構え。でもね――」


次の瞬間、風が弾けた。


「甘いわよ」


影が動く。

ライアの踏み込みは疾風のようだった。

木の葉が舞い、砂が渦を巻く。


(速い――!)


反射的に剣を構えた瞬間、衝撃が骨を伝う。

剣越しに腕が痺れ、足元の地がきしむ。


「受け止めるだけじゃ、道は開かないわよ?」


風を切る声が過ぎる。

ライアは一度跳ねて間合いを離れ、二振りの木剣を八の字に回して構え直した。

その姿勢には、隙がない。


(ダメだ。自分から動かなきゃ)


アイオンは踏み込み、ライアの胸元を狙って剣を振る。

だが――


「――遅い」


風が唸った。

ライアの姿が揺らぎ、視界の端で左肘が閃く。


「がっ!」


脇腹に衝撃。肺が鳴り、息が詰まる。

すかさず右の木剣が肩を叩き、バランスが崩れた。


それでもアイオンは倒れず、足を軸にして回転、反撃の蹴りを繰り出す。


ライアは軽く跳ねて避け、ふっと間合いを開いた。


「ようやく、“考えて”反応し始めたわね」


アイオンは息を整えながら、笑みをこぼす。

「“考えながら反射で動く”…少し、掴めた気がします」


ライアは木剣をくるりと回し、再び構える。

陽光が刃に反射し、二人の影が地面に交差する。


「もう一度いくわよ」

「はい!」


風が走る。


――音が消えた。


木剣が交差し、打ち合いのたびに土が跳ねる。

呼吸が重なり、目と目がぶつかる。


アイオンの動きは粗いが、確実に速くなっていた。

ライアの双剣は舞うように流れ、連撃が止まらない。


(見切れ!この流れを!)


ライアの剣が八の字を描く。

右の剣が誘い、左が本命――その瞬間、アイオンは身体をひねり、剣を合わせた。


「っ!」


乾いた音。火花のような木片が散る。

受け止めた反動で腕が軋む。それでも押し返した。


ライアの口元がわずかに緩む。

「いい反応!」


再び交差。木剣が鳴り、風が巻く。

地を蹴り、体を回し、呼吸を合わせ――


(いける!)


アイオンが踏み込んだ。

剣が一直線に走る。


「おっ」


ライアの瞳がわずかに愉しげに光った。


――次の瞬間、閃光。


アイオンの剣が胴を捉える直前、ライアの左手の剣が下から滑り込み、軌道を逸らした。


「っ!」


カン、と乾いた音。

その衝撃で空気が震え、砂塵が舞った。


ライアはふっと距離を取り、両手の木剣をくるりと回して腰に戻す。

目の奥には、柔らかな光。


「――成長したわね」


アイオンは肩で息をしながらも、口元にわずかな笑みを浮かべた。

「“読まれてる”ってわかってても、引かずに動けるようになった気がします」


ライアは頷き、木の根元に腰を下ろした。

「よし、休憩。動くだけが訓練じゃない。考える時間も大事よ」


アイオンも隣に腰を下ろし、木にもたれる。

光が葉を抜け、二人の間に柔らかく落ちた。


「人の成長は早いわね。D級の魔物なら、もう素の力で対処できるわ」

「それは少し、自信になります」

「でもね――“勝ち”に囚われると、視野が狭くなる」


ライアは木剣を立て、まっすぐアイオンを見た。


「倒すことだけ考えると、剣も体も考えも固くなる。“受ける”と“攻める”。その余白を同時に考えなさい」

「……余白、ですか?」

「そう。余白があれば、選択肢が広がる。…あたま空っぽにしろとは言ってないからね?」


アイオンはしばらく黙り、やがて静かに頷いた。


「少しだけ、わかる気がします」

「その“少しだけ”が、大事なのよ」


ライアはふっと笑い、空を見上げた。

夕陽が森の端を朱く染めていた。


「今日はこのくらいにしておきましょう。明日はイザークとの対戦ね」

「はい」


立ち上がる2人の影が長く伸びる。


「楽しみですよ、本当に」

「そうこなくちゃ」


アイオンの言葉に、ライアは背を向けたまま、肩越しに笑う。


風が二人の間を通り抜けた。

――訓練の一日が、静かに終わった。



夕暮れどきの林道を、馬車がゆっくりと進んでいた。


木々の影が長く伸び、風に揺れる葉音が、車輪の軋む音と重なっている。

御者台では若い村人ケルクが手綱を握り、時折あくびを噛み殺していた。

荷台には三人――カーラ、エリー、イザークが並んで揺られている。


「…もうすぐ村ね」


エリーがぽつりと呟いた。

その声に、カーラがぐっと伸びをする。


「やっとかぁ! あ〜、家のベッドが恋しい〜!」

「旅の疲れが出たか?」


イザークが目を細めながら言うと、カーラは横目でじろりと睨む。


「うっさいな。あんたこそ、また寝てんじゃないの?」

「寝てねぇって。集中してただけだよ、修行中」

「修行?」


エリーが小首を傾げる。

イザークは腕を組んで得意げにうなずいた。


「そう。アイオンに教わった“力の制御”ってやつ。あいつの動き、マジで異次元だったからな」


エリーが目を細める。


「消えるやつ、でしょ?ほんと、一瞬で目の前からいなくなったもんね」

「そう、それ。あれは無理だ。センスが違いすぎた」


イザークは苦笑し、頭をかいた。


「でも、あいつが言ってたんだ。“速さだけが強さじゃない”ってな。力の出し方ひとつで、動きも、流れも、全部変わるって」


「ふぅん。じゃあ今の修行は、その“力の強弱”のやつ?」

「そう。無意識にできるまで、体に染み込ませる練習中」


エリーが静かに見つめる。


「難しい?」

「難しい。でも、少しだけ掴めてきた気がする。力の加減次第で、自分の重さとか、剣の通りも変わる。――おもしれぇよ」

「そっか。イザークらしいね」


エリーが微笑むと、イザークは照れ隠しに顔を背けた。


「お前も頑張ってるんだろ。読み書き教わってるんだろ?」


エリーは頬を赤らめ、うつむいた。

イザークが少し笑って、ぽつりと言う。


「……ありがとな。俺なんかについてきてくれて」

「え?」

「お前がいなかったら、俺、今頃飽きて村に帰ってたかもな」


言い終えてから、耳まで赤くなる。

エリーは思わず小さく笑った。


「珍しいね、イザークがそんな事言うなんて」

「うるせぇよ」


空気が、少し柔らかくなる。

けれどその一方で、カーラの表情がわずかに固い。


(……なんか、腹立つ)


胸の奥に、言葉にならない棘が刺さる。

それを隠すように、カーラはわざと声を張った。


「あーあー! 早く村つかねぇかなっ!!」


びっくりしたエリーとイザークが同時にこちらを見る。


「……うるせぇな、耳痛ぇよ」

「ほら、修行続けなよ、イザーク!」

「お、おう…」


イザークが慌てて目を閉じ、再び集中を始めた。


カーラはそんな彼を横目に、そっとエリーに耳打ちする。


「ケルクは口が軽い。誰に何言うかわかんないから気をつけな」

「あ、ありがとう」


エリーは小さく頷き、顔を赤くした。


風が荷台を抜け、二人の髪を揺らす。

ふとカーラは、胸のブローチに手を触れた。


(……羨ましいな)


視線の先では、イザークが黙って呼吸を整えている。


(……アイオンも、あんな顔で修行してんだろうな)


胸の奥が、ほんの少し痛んだ。

自分でも理由はよくわからなかった。


木々の隙間から、オルババ村の灯りが見えてくる。

暮れなずむ空に、かすかに煙の筋が立ち上っていた。


(――会いに行くの、迷惑かな)


そんなことを思いながら、カーラは小さく息を吐いた。



カーラ達が村に戻った頃には、夜の帳がすっかり降りていた。


灯りはまばらで、家々の窓から漏れる明かりが、静かな通りを柔らかく照らしている。

風は少し冷たく、森の奥から吹き下ろす夜気が頬を撫でた。


カーラは荷台を降りると、軽く伸びをして深呼吸する。

旅の疲れが抜けきらないまま、教会の方へと歩を進めた。


(風、気持ちいいな)


そんなとき、視界の端で動く影があった。


「……お前、まだやってたのか?」


空き地の一角。月明かりに浮かび上がる小柄な影。

剣を振っていたアイオンが、こちらを振り返る。


「ん?カーラさん?」


額にうっすら汗を浮かべ、しかし呼吸は整っている。

その目には迷いがなく、一振りごとの軌道に意志があった。

ただの素振りではない――積み重ねの形がそこにあった。


「バルナバから戻ったんですか? どうしてここに?」

「さっきな。ちょっと風に当たりたくて」


カーラはそう言って、空き地の端にある石に腰を下ろした。

夜空に広がる星を見上げ、ぽつりと呟く。


「――星、きれいだな」


「そうですね。よく見えます」


剣の動きを止めぬまま、アイオンが応じる。

刃が夜気を裂く音が、一定のリズムで響いた。


「バルナバ、どうでした? 楽しめましたか?」

「街だからな。人も多いし、活気もあった。……そういえば、街道整備が始まるって。村も協力するらしい」


「街道整備……ですか」

「そう。領地に人を呼びたいんだとさ。道を整えて、兵も増やして、商人を入れる準備をしてるみたい」


「いいことですね。この村にとっても」

「そうだな」


カーラは、ちらりとアイオンを見る。

その姿勢はぶれず、剣筋も一分の隙もない。


(……本当に変わったな)


少し前ならこんなに会話してくれなかった。

すぐ逃げ出してたのに――。


「ライアさんとの訓練、順調そうじゃん」

「どうでしょうね。まだまだですよ」


「まだまだ……ね。村の人も言ってたよ。最近のアイオン、なんか雰囲気が柔らかくなったって」

「そうですか?」


アイオンは少し照れたように笑った。


「まだ、人と話すのは得意じゃないですけど」

「そこは相変わらずだな」


カーラは笑い、地面に転がっていた小枝を拾って指先で転がす。


しばらく沈黙が流れたあと、ふいに口を開く。


「なあ、アイオン」

「はい?」


「今でもさ……私と話すとき、緊張してる?」

「まさか。なんでカーラさんに緊張するんです?」


「――それ、どういう意味?」


少し低めの声。

アイオンは困ったように笑って、剣を下ろした。


「どうって…カーラさんですよ? しませんって。初めて会った時は他人でしたけど、今は――少なくとも“友人”でしょ?」


言い終えて、カーラの表情をうかがう。

一拍おいて――ふっと笑う声が返ってきた。


「そっか。友人か!少なくとも、な!」

「はい。…なんです?急に……」


なぜか上機嫌になったカーラは、楽しげに続けた。


「なあ!他にも友人って呼べる人、いるか?」

「そう思います?」


「い〜や、いないね! 私だけだ!」

「…わざわざ聞かなくても、わかるでしょ」


「じゃあさ、私が“初めての友人”ってことで、決まりだな!」

「ええ、そうですね」


嬉しそうに笑ったカーラは、そのまま立ち上がり、アイオンの肩を軽く叩いた。


「よかったなぁ、私がいて!」

「本当に。おかげで孤独な人生を送らずに済んでますね」

「よし! それならもう満足だ。帰る!」


あっさり言い放ち、くるりと背を向けて歩き出す。


「ちょ、待ってくださいよ!」


慌てて声をかけたアイオンに、振り返って首をかしげる。


「ん? なに?」

「送りますよ。この時間にひとり歩きは、危ないですし」


剣をしまい、すっと歩み寄る。

そして手を差し出す。


「あの時とは違うぞ?」

「ナリアとよくやるんで癖になってて。すみません」


差し出した手を、慌てて引っ込める――その直後、カーラがその手をぐっと掴んだ。


「よし! 行こう!」


そのまま手を引いて歩き出す。


「――はいはい」


並んで歩く二人。

夜風が、ふたりの頬をやさしく撫でた。


(…あの時は、私より小さかったのにな)


思い出すのは、かつて差し出された、あの冷たい手。


(…今はもう、手の大きさも、歩幅も違う。でも――)


“友人”――そう呼んでもらえたことが、たまらなく嬉しかった。



胸の奥が、くすぐったいように熱くなる。

カーラは、その手を離さぬまま、静かな夜道を歩き続けた。

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