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望み通り

死にたかった。

けれど、自分で死ぬつもりはなかった。

あの親たちが、それを喜ぶだろうから。


生きているだけで奴らに不快感を与えられるなら――そう思って、自分から死ぬ気にはなれなかったが、心のどこかでは常に“死”を願っていた。

もし、それが叶う瞬間が訪れたなら、迷わず死ぬ。

そう決めて、あの日常をただ生きていた。


「…子どもを助けて死ぬなんて、ありがちな“お涙ちょうだい”エピソードだろ? でも、あれが犬でも猫でも、俺は助けて死んでたよ」


「だろうねぇ」


「ところで…あんたは“神様”なのか?」


「その定義で間違ってないよ。別の世界の管理者ってところかな」


“別の世界”。つまり、他にも世界があるということか――。


「…なら、“目”は俺だけじゃないな?」


確信を込めて問うと、女――女神は少しだけ目を見開いた。


「へぇ。なんでそう思うの?」


やっぱりな。


「簡単な話さ。…いろんな世界を見られるから、ハズレの俺でも問題なかったんだろ? ひとつしか見れないなら、俺みたいなのはすぐ潰して次を作る。…それだけの話だ」


もし自分がこの女神の立場だったら、そうしている。


「…はっはっは! その通りだよ! ほんっとに、さっきまでお前のことなんて忘れてたからね!」


女神は笑いながら指を鳴らした。すると、周囲に無数の鏡が現れる。


「これが私が覗いてる他の世界たち! 今のお気に入りは…この世界かな! 激しい戦争の真っ只中でさ、その中心人物を“目”にしてるんだ! 動きが派手で最高に面白い!」


「それはそれは…よかったな」


「お前にも、とんでもないスペックはあったんだよ? あの変態どもに襲われたとき、簡単に言えば“覚醒”のスイッチが押されたのさ。でもその力を使わず、日雇いバイトしてたんだから、宝の持ち腐れだったねぇ。やがてスイッチの存在も忘れ、世界に染まって――二度と目覚めることはなかった。…完全に“死に設定”」


…あれか。

別に暴力を振るいたかったわけじゃない。

ただ、あの状況を打破したかった。

それだけだった。


だが、今となっては――


「…もうどうでもいいさ。終わりでいい。早く終わらせてくれ」


「ん?」


「生まれ変わらせるんだろ? 早く、この自我を消してくれ」


それこそが、本当の意味での“死”だ。

自分という存在が消える。

最高の瞬間じゃないか。


「そうしようと思ってたんだけどね〜…やーめた!」


「……は?」


言っている意味がわからない。

女神はニヤニヤしながら、なにかを思いついたように口元をゆがめて笑った。


「…こっちの世界、つまり私の世界はね。もう諦めてるんだ。たまに誰かを“目”にして見て回ったりもしたけど、もう随分やってない」


そう言って、女神はゆっくりと歩きながら語り始める。


「もともと、すべての世界は似ている。…でも、決定的に違う要素がひとつある。私の世界には“魔法”がある。でも、お前のいた世界にはない。けど不思議だと思わないか? あっちでは魔法が、ゲームや物語として当たり前のように描かれてる」


少し考える。

似ているのに、大きく違う要素。

あっちに“ない”ものが、こっちに“ある”。


「…分岐した世界、ってことか」

「その通り!」


女神はどこからともなく「正解!」と書かれた札を取り出して掲げた。どこに隠してたんだ。


「魔法のある世界とない世界、そこからさらに歴史の分岐によって無数に世界が生まれた。あの事件がなければこうなっていた。こうなったから、ああなった…その数だけ世界があるんだよ」


「始まりはひとつの世界だった。でも、何かが気に入らなかった誰かが、少しずつ違う世界を作った。魔法やら、超能力やら、そういう要素を加えてね。それらを管理するために、私たちみたいな存在も作られた。…今となっては、どれが“始まり”だったかなんて、私たちにもわからないけどね」


「…じゃあ、あの世界で“ファンタジー”が生まれたのは、他の世界の誰かが転生して、物語として持ち込んだから、ってことか?」


「大正解!」

また札を掲げる。


「夢で見た世界をもとに物語を書く人だっているだろ? あれだよ。魂に刻まれてるのさ。…跡形もなく消しても、故郷への未練としてね」


その最後の言葉は、なんとなく聞き流した。

こいつの哀愁なんて、どうでもいい。

本題に入る。


「それで…俺の“自我”を消さないって、どういう意味だ?」


「簡単な話。お前に、また“目”になってもらう。私の世界を観測してくれってことさ」


「…なんのために?」


シンプルな疑問をぶつける。


「…再利用だよ。新しい“目”のために魂を引っ張ってくるのは、簡単じゃない。…それに、私は他の管理者たちから、ちょっと嫌われてるみたいでね」


女神は自虐するように笑いながら続ける。


「それは、私の世界でも同じなんだけどさ……かつて“女神教”っていう私を信奉する組織があった。でも今じゃ“旧女神教”なんて言われてる。私は世界に直接干渉しないからね。放っておいたら、いつの間にか“神の奇跡”より“俗物の教え”の方が広まっちゃったのよ。…あいつら、自分たちを“新女神教”とか呼んでるし。女神って名前、外してほしいわ」


「…神そのものじゃなく、“神の代弁者”が信仰の対象になったってことか」


「そうそう。お前のいた世界でも馴染み深いだろ? まんまじゃないか」


話が愚痴っぽくなってきたので、本題に引き戻す。


「…言いたいことはわかった。けど、俺の意識は要らないだろ? “目”として使ってたくせに、俺にはその自覚は一切なかった。つまり、まっさらな状態で生まれてたってことだろ? あの世界に」


「その通り〜」


ニヤニヤと笑いながら――


「…なのに、なぜ“残す”?」


「…その方が、面白そうだから」


女神は、まるで何でもないことのように、にこりと美しく笑って、そう言い放った。



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