望み通り
死にたかった。
けれど、自分で死ぬつもりはなかった。
あの親たちが、それを喜ぶだろうから。
生きているだけで奴らに不快感を与えられるなら――それでいい。
だから、自分から死ぬ気にはなれなかった。
それでも心の奥底では、ずっと“死”を望んでいた。
もしその瞬間が訪れるなら、迷わず受け入れる。
――そう、決めていた。
「…子どもを助けて死ぬなんて、ありがちな“お涙ちょうだい”だろ?…犬でも猫でも、同じことしてたさ」
「だろうねぇ」
女神は楽しげに微笑む。
「…あんたは神様か?」
「その定義で間違ってない。世界の管理者ってところかな」
「なるほど。“目”は俺だけじゃないな」
女神は目を細める。
「ほう、察しがいい。理由は?」
「簡単だ。いくつも世界を覗けるなら、ハズレの俺でも残しても損はない。ひとつしか見れないなら、即廃棄されてる」
「正解!」
女神が指を鳴らす。
周囲に鏡が浮かび上がった。
そこには無数の世界。
火に包まれた戦場、巨獣が暴れる大地、光り輝く都市。
「これが私の“お気に入り”たち! 戦争、破滅、陰謀…派手で最高に面白い!」
「…よかったな」
「お前だって、力はあったんだよ。十四のとき、スイッチが入っただろう?あれが“覚醒”。何者かになるためのな」
「そんな気はない。…あんな奴らに好きにされたくなかっただけだ」
「…でも二度と目覚めなかった。日雇い、狭い部屋、安い弁当。…完全に死に設定だよ」
女神はけらけら笑う。
俺は肩をすくめ、笑い返す。
「…好きに言え。俺はもう終わりでいい」
「ん?」
「生まれ変わらせるんだろ?早くしろよ」
「―やめた!」
「…は?」
女神は悪戯っぽく唇をゆがめる。
「本当に世界は無数にある。枝分かれした世界がね」
「…分岐した世界って事?」
「その通り!」
女神はどこからか“正解”と書かれた札を出して振る。
「始まりはひとつ。でも気に入らない誰かが改変していった。魔法を足し、力を足し、分岐が広がり無数の世界が生まれたってわけ」
「で、それを管理するのが、あんたら神か」
「そう!…最初の世界がどれだったかなんて、私たちにもわからないけどね。でも、どっかで必ず繋がってる。お前のいた世界に、ファンタジー物が溢れてるのは、そういう繋がりの産物さ!」
「俺たちの世界でファンタジーが生まれたのは、誰かが持ち込んだから―か」
「大正解!―魂に刻まれた記憶の断片なのかな?帰れない故郷への未練かもね…」
その声には、わずかに寂しさが混じっていた。
だが、どうでもよかった。
「結局、俺をどうするつもりだ?」
「また“目”になってもらうよ」
「ならさっさとしろ。…"俺"が消えるならどうでもいい」
「そのつもりだった。でも―残した方が、絶対に面白いよね」
女神は、にこりと笑う。その笑顔は美しい。
けれど奥にあるのは、ただ冷たい遊戯心だった。




