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訓練の始まり

イザークとケニーと別れ、教会へ向かう道すがら、ライアはアイオンを訪ねた理由を語った。


「なるほど。そのためにわざわざここに?」

アイオンが返す。


「ええ。安心したでしょ?」

ライアはニッコリと綺麗な笑みを向けた。


あの時は深く考えずに言った言葉だったが、女神と話してからは認識が違っていた。

厄介事になる芽は、できる限り早く摘んでおきたい。


「正直、助かりましたよ。誰かに知られるのはマズい。と、ベティさん達と口裏は合わせてましたけど」

アイオンが礼を言うと、ベティは小さく頷く。


「そうですね〜。でも契約書には破棄の可能性がありまして〜。万全ではありません〜」

「解除の方法はあるけど、私が許可しなければいいだけ。それに、『村の少年が禁断の森で薬草を採った』より、『私が採った』方が信用は高いでしょ?」


ライアが淡々と返す。


「それはそうですが〜」

ベティは不安そうに声を落とした。


「俺としては助かりますが、ライアさんはいいんですか? また森に入れって依頼が来るんじゃ?」

アイオンの問いに、ライアは肩をすくめる。


「それは平気よ。断るから」

「断りきれるものですか〜?」


ベティが心配そうに尋ねる。


「依頼は依頼。私には憂いがないからね。家族もいないし、出身と呼べる場所ももうない。唯一繋がってた仲間もいないし……。あとは師匠だけ。でも、あの人をどうにかできるくらいなら森に入った方がマシって人よ」

ライアはあっけらかんと笑った。


「申し訳ありません〜」

「いいのよ」


ライアは軽く首を振った。

空気を変えるように、アイオンが話を切り替える。


「…どんな人なんです? 師匠さんって」

「かつて最強と謳われた冒険者よ。“雷轟”って呼ばれてる」


ライアが口にした名に、ベティは目を丸くする。


「なんだか〜とても速そうですね〜」

「速さだけならアイオンの方が上ね。師匠は――大槌を振り回して近接を制しながら、雷魔法で周囲を破壊する人よ」


ライアはさらりと言った。


「体外魔法も使える近接戦のプロ、ですか?」

アイオンが確認すると、ライアはうなずく。


「そう。両立は難しいけど、あの人は例外ね」


(…俺には体外魔法の感覚がなかった。だが女神は“因子がたまれば使える”と言っていた。魔法使いの敵を倒して理解するって事か?……わからん)


アイオンは心中でぼやいた。

話しながら、三人は教会へとたどり着いた。



「あ、アイくん!」

ナリアが手を振った。勉強会がちょうど終わったところだった。


子どもたちに混じって、カーラとエリーも外に出てくる。


「あれ? なんでライアさんが?」

エリーが不思議そうに声を上げる。


「エリー、知り合いか? …カッケー美人だな」

カーラが感想を漏らし、ナリアは駆け寄ってきた。


「どうしたの? 勉強会、終わっちゃったよ?」

ナリアが首を傾げる。


「少しレア様と話があって。ちゃんとできた?」

アイオンが問いかけると、ナリアは胸を張った。


「うん! 今日は御使様の伝承!」

「…御使様?」


アイオンが小さく呟く。


「計算はしなかったんですか〜?」


ベティが尋ねると、カーラが答えた。


「エリーがいるから基礎の復習をって、レア様が!」

「私のせいでごめんなさい…」


エリーが恐縮する。


「いえいえ〜。退屈ではなかったですか〜? 御使様の伝承は冒険譚になってる事が多いですから〜」

ベティが笑って言うと、カーラは勢いよく首を振った。


「いえ! 文字の勉強にもなるので有意義です! 恥ずかしながら、うちのパーティはオニクしかまともに読み書きできなくて…」

「それなら良かったです〜。長く滞在されるなら参加はご自由に〜。カーラさんなら教えられます〜」


ベティが勧めると、カーラは胸を張って答えた。


「うん! 任せてエリー!」

「…ありがとう、カーラ」

エリーが微笑んだ。


そんな様子を横目に、アイオンは小声でライアに尋ねる。


「御使様ってなんです?」

「…は? 知らないの?」


ライアが呆れたように目を見開く。


「忘れました」

アイオンは素直に言った。


「忘れたって、ありえないでしょ。――女神の遣いよ。だから御使様」


ライアは眉をひそめる。


「へぇ」

「へぇって……はぁ」


ライアはため息を吐いた。


(転生した異世界人、か? 俺と違って記憶はないはず。それでもなにかを成したのか)


アイオンは胸の内で考える。


「――忘れた故郷への未練、か」


女神の言葉を小さく呟いた。

一方、カーラはベティに耳打ちする。


「アイオンと親しげだけど、あの人何の用で?」

「借りを返しに来たそうです〜。暫く村に滞在するので〜、教会に住んでもらおうかと〜」


ベティが答える。


「借り!? どんな!? まさか外の女に手を…!?!」


カーラが取り乱し、ベティの肩を揺さぶった。


「お、おちついて〜カーラさ〜ん!」


ベティが目を回す。

その横で、ナリアは元気に挨拶していた。


「初めまして! ナリアです! アイくんの妹です!」

「あら、初めまして。お兄さんと違って可愛い子ね。ライアよ。――元気になってよかったわ」


ライアはナリアの目線に合わせ、にこやかに言った。


「ありがとう! …私とも友達になってくれる?」

ナリアが手を差し出す。


「もちろん。よろしくね、ナリアちゃん」

ライアはその手を優しく握った。



カーラとエリーに子ども達の送りを任せ、三人は教会へ。片付けを終えたレアを交え、席についた。


「なるほどね。――アイオン。なんで私たちに言わなかったの?」

レアがまっすぐ問いかける。


「すみません。…正直忘れてました」

アイオンは頭を下げた。


「ひどいわねあなた…」

レアが呆れると、ライアは肩をすくめる。


「ライアさん、事情は理解しました。感謝します。この子の安全が第一なので」

レアとベティが深々と頭を下げた。


(…完全に子ども扱いだ)

アイオンは内心でため息をついた。


「フィギル子爵には“私が採った”で通してある。こちらに迷惑はかからないわ」

ライアが断言する。


「代替わりしてたのね。男爵から子爵に上がってる」

レアが呟いた。


ライアはさらに思い出すように言った。


「そういえば彼が言ってた。『この村は放っておけ』って先代の父に言われた、と」

「…色々あるのよ、この村も。ローズレッド王国より前からある村だから」


レアは真剣な表情で語った。


「え? えーっと…150年?前から?」

アイオンが思わず問い返す。


「――そうね。前の国が滅んで、約50年の空白を経てローズレッド王国ができた。そのまま組み込まれたの」


レアは静かに語った。


「空白…? バルガ帝国が黙ってるはずが…」

ライアが首をかしげる。


「――話しすぎたわね。知らないことは、知らないままの方がいい。命に関わるかもしれない」

レアはそこで口をつぐんだ。


(…クソ女神が“見限った”のも二百年前くらいだって言ってたな。偶然じゃないな)


アイオンは胸の内で点と点が繋がり始めるのを感じた。だが情報は断片的すぎる。

ひとまず頭の片隅に置いた。



「…それで、この村にしばらく住むって話だけど、空きがないって?」

レアが話題を変えると、ベティが答えた。


「はい〜。村長様に聞いたのですが〜、住める空き家はイザークさんたちに許可した家が最後で、他は修繕が必要だそうで〜」

「私は屋根と壁さえあればどこでもいいけど…」


ライアは軽く肩をすくめる。


「いえいえ〜! それでは恩人に申し訳ありません〜。せめて修繕が終わるまでは、ここに住んでもらえればと〜」

ベティがニコニコと提案する。


「空きはあるから構わないわ。ただ、私たちの生活習慣は少し特殊だから、気になるかもしれないけど」

「参加しろってわけじゃないでしょ? なら問題ないわ」

ライアはきっぱりと答えた。


「なら大丈夫ね。村長にも伝えておくわね」

レアが頷く。

「助かるわ」

ライアが微笑んだ。


これで住まいの件は片付いた。


「…それで、ライアさん。俺からの“借り”の話ですが」

アイオンが切り出す。


「ええ、分かってるわ。三人と結んだ契約程度で返せる借りじゃない。…何を望むの?」

ライアが問い返す。


「俺を鍛えてください。少なくとも、ライアさんに傷をつけられる程度までは」

「…あなた次第で、永住する事になりそうね?」


ライアが軽く笑った。



――馬に括りつけた荷物を取りにいくライアと、それを手伝うアイオンは教会を出た。


「監視のため?」

レアが尋ねる。


「はい〜。赤い薬草がこの村にあるのを調べに来た可能性もありますし〜。見張るのが一番かと〜」

「…そうね。心配ないと思うけど」

レアは短く頷いた。



翌朝。

イザークと共に広場へ向かうと、ライアはすでに待っていた。脇には木剣が数本並べられている。


「…なんでいる?」

イザークが目を細める。


「アイオンに稽古。そのためによ」

ライアが答えた。


「はぁ? おい! 俺との約束は!」

イザークが詰め寄る。


「冬は畑がないので時間が取れます。狩りは自警団に任せました」


アイオンが淡々と返した。


「…で、俺も付き合えと?」

「はい。対人戦の経験が薄いので。ちょうどいい相手がいる、とライアさんが」


ライアはニコニコしている。


「俺が知りたいのは身体強化のコツだが」

イザークがぼやくと、アイオンは木剣をくるりと回して投げ渡した。


「まず、どれだけ操れるか見ます。ゼアスさんとラクトさんしかサンプルがないので不満かもしれませんが」

「――本気でいくぞ?」

「どうぞ」


踏み込み一閃――アイオンはひらりと外した。


「今の見えてたか?」

「見えてますし、反応できます」


二合、三合。いずれも捌かれていく。

逆にアイオンが一歩踏み込む。


(身体強化が…滑らか過ぎる…!?)

イザークは目を見開いた。


木剣が下から突き上げられ、体勢が浮く。アイオンはそこで動きを止めた。


「…だいたい分かりました。普通の身体強化ですね」

「はぁ?」


イザークが眉をひそめる。


「外側だけに力をかけてる感じです。筋肉や骨に魔力を“乗せる”のは基本でしょうけど、それだけだと重くて鈍い。…俺は内側を強化して速度重視です」

「内側?」

「血流や神経。体の“流れ”に合わせて魔力を“通す”。押さえつけるんじゃなく、通す」


「感覚でやってんのか?」

「感覚です。でも掴む練習はできる」


アイオンは両手を広げて示す。


「自分の体を“中から”観察する。どこに流せば速く、どこで鈍るか。力を足すより、邪魔をしない通し方を探る」


イザークの表情に驚きと納得が混じる。


「無駄にかけてる場所を見極めて強弱を。合うかは分かりませんが」

「…ありがとな。お前、すげぇよ」


イザークが木剣を突き立てた。


「力押しが悪いわけじゃないです。ただ強弱の感覚は意識した方がいい。一流は皆やってるそうです」

「じゃ、ちょっと体と相談してくる」

イザークは黙考に入った。


――冬の冷たい風の中、訓練場に新しい空気が流れた。




「あ、ストップ!」

「…なんだよ、集中させろ!」


「それどこでもできます。今からは俺の特訓に付き合ってください」

「はぁ!?」


「身体強化に頼りすぎなので、素の体力と剣術を上げたい。強化なしで打ち合ってほしいんですよ」

「勝手すぎない!?」

「でも、俺は教えましたし。年下に出させるだけ出させて知らん顔って…どうです? 気分。俺なら太陽の下を歩けません」


(――こいつ、嫌い!)

イザークが歯噛みし、木剣を構える。


「――手加減しねぇぞ?」

「それじゃあ意味がない。実戦想定でお願いします」


駆け出すイザーク。それを受け止めるアイオン。

その様子を静かに見つめるライアは、少しだけ楽しそうに微笑んだ。


――こうして、新しい住人は村に関わっていく。



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