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求めていた瞬間

真っ白だった。

色も、音も、匂いもない。

世界から切り離されたような感覚。


(…死んだのか)


そう思った瞬間、体の存在がぼやけていることに気づく。

手も足もない。心臓の鼓動もない。

それでも意識だけは残っていた。


「…子ども助けて死ぬなんて、いい死に方だねぇ」


突然、女の声がした。

耳ではなく、頭に直接響くような感覚。


「…誰だ?」


呼びかけると、白の空間がざわめいた。

粉雪のような粒が集まり、輪郭を描いていく。


やがて現れたのは、女。

髪は白、服も白、肌も白。

ただし瞳だけは赤い。

深淵を切り取ったように冷たく光っていた。


「見えたようだね。…合わせるのを忘れてたよ」


「合わせる…?」


「お前、あっちの世界に染まりすぎてて、私を認識できなかったんだ。まったく、ずいぶんと薄汚れてる」


挑発するように女は笑った。

まるで俺の価値を値踏みするかのような目つき。


「…何を言ってる?」


「わからないか?事故の衝撃で記憶が飛んだ?お前は子どもを助けたんだよ」


蘇る光景。

風に飛んだ帽子、走る子ども、迫る車。

押し戻した小さな肩の感触。

胸を突き破った衝撃。


「わかってる」

息を吐いた。ここに空気はないのに。


「あの子は助かったのか?」

「ああ。見るかい?」


女が指を鳴らすと、目の前に巨大な鏡が現れた。

そこには――泣きじゃくる子どもを抱きしめる家族の姿。

母親の嗚咽。父親の震える腕。


「…それで、俺は死んだわけか」

「その通り。ついでに自分の死に顔も見るかい?」


「…遠慮するよ」


自分の死に顔なんて、見たくもない。

無惨な屍を、誰が喜んで見るか。


「…ここはどこだ?あんたは何者だ?」


問いかけると、女はゆっくりと自分の目を指差した。

その仕草に、理由もなく背筋が冷たくなる。


「逆さ。お前が、私の“目”だったのさ」


「目?」

思わず聞き返す。


「そう。“目”。お前のいた世界を見るための“目”。

私がお前を作った」


「俺を…作った?」

理解が追いつかず、声がにごる。


「そう。観察するために、ね」


黒い瞳は笑っているのに、氷のように冷たい。

その視線に射抜かれ、俺は思わず息を呑んだ。


「…観察」

全身を冷たいものが這い上がっていた。


鏡の映像がふっと揺らぎ、別の景色に切り替わる。

見たことのない街並み。塔が幾重にもそびえ、空には見知らぬ光が走っていた。


「…俺の目を通して、あの世界を眺めてたってことか」

「まぁ、そんなところ。…ひどく退屈だったけどね」


「…だろうな」

俺の人生なんて、退屈に決まっている。ハズレもいいところだ。


「魂の送り先が、あの女の腹だったのは偶然さ。…外れだと思ってたし、現にさっきまでお前のことなんて忘れてたくらいだ」

女はこともなげに言う。


「…心、読めるのか」

「顔に書いてあるよ」


どんな顔をしているんだ、俺は。


「…それで、なんでここに俺がいる?それを伝えるために呼んだのか?」


「ううん」

女はニヤニヤと笑みを浮かべる。


「私の世界に生まれ直させようと思ってたのさ。そのまま、お前という自我は消えて、別の形でまた生まれる予定だった」


「なるほど…インターバルか」


「まぁ、そんなもんだね」

女は片目を細め、愉快そうに肩をすくめる。


そして、挑発するように微笑んだ。


「…で、どう?念願叶って死ねた気分は?」



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