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求めていた瞬間

今日も、何もない一日が終わる。

何かがあったのかもしれない。だが、それを認識していなければ、ないのと同じだ。


誰とも必要最低限の会話しかしない。

交流はしない。それが明日も続いて、いつか死ぬ。

――それでよかった。


職場からの帰り道、近所のスーパーで弁当を買い、家へ戻る。

すれ違う人々が目に入る。

笑いながら歩く人たちが。


(……皆、自分とは違う)


彼らは意味のある一日を過ごしたのだろう。

でなければ、何がそんなに楽しいのか。


信号待ちのとき、ふと視線を横に向ける。

自分には縁のない「家族」という形が、そこにあった。

父親と母親、そして子どもが二人。

信号が変わるのを待ちながら、談笑している。


――微笑ましい光景だと思った。


信号が変わり、四人は並んで横断歩道を渡る。

手を挙げて歩いていたが、ふいに吹いた風で、子どもの帽子が飛んだ。

それが、俺の足元に落ちてきた。


子どもが帽子を追いかけて、家族から離れて走ってくる。

俺は帽子を拾い、渡そうと手を伸ばす――そのとき、視界の端で車が迫っているのが見えた。


(……これは)


理解してしまった。

時間がスローになる。


運転手は、病気か何かか。

ハンドルに顔を伏せたまま動かない。

母親と父親が叫ぶ声も、スローに響く。

彼らの視線は、子どもだけを見ていた。


(俺を見たら……どんな顔するのかな)


場違いな想像がよぎる。

だが、自分の顔がどうなっていたかはわかっていた。


――きっと、笑っていただろう。


次に見えたのは、白だった。

真っ白な空間。なにもない、白の世界。


「…子ども助けて死ぬなんて、いい死に方だねぇ」


声がした。だが、周囲には誰もいない。


「…ああ、そっか。見えないか。じゃあ、こうすれば?」


目の前に女性が現れた。

白い髪、白い服、白い肌。

そして、黒い瞳。


「見えたようだね。…合わせるのを忘れてたよ」

「合わせる…?」

「あっちの世界に染まりきってたんだ。だから認識できなくなってた。まったく、ずいぶんと薄汚れたもんだよ」


「…?」


「わからないか? 自分がしたこと。事故の衝撃で記憶が曖昧かな? 子どもを助けたんだよ。そういう理由を、自分で探していただろ?」


意識がはっきりしてくる。


「じゃあ…あの子は生きてるのか」

「ああ。見たいかい? ほら」


指を鳴らす女性。

巨大な鏡が目の前に現れ、そこには――

泣いている子どもを抱きしめる、あの家族の姿が映っていた。


「…それで、俺は死んだってわけか」

「その通り。見たいかい?」

「…遠慮する」


自分の死に様なんて、見たくもない。


「ここは? あんたは誰だ? 魂がどうとか言ってたが…」

「逆さ。お前が、私の“目”だったのさ」


そう言って、女は自分の目を指差す。


「目…?」

「そう。お前のいた世界を見るための“目”。私はお前を作った。ここは私の世界さ」


そう言いながら、鏡の映像が切り替わる。

見たことのない街並みが広がっていた。


「ここが…私の世界さ」


真っ白で、何も感じられない空間で考える…。


「つまり…あの世界に俺を送り込んで、俺の目を通して、ここから世界を見てたってことか」

「まぁ、そんなところ。…退屈だったけどね」

「…だろうな」


俺の人生なんて、退屈に決まってる。

ハズレもいいとこだ。


「魂の送り先が、あの女の腹だったのは偶然さ。…ハズレだとは思ってたし、現にさっきまで、お前のことなんて見てなかったくらいだし」

「…心、読めるのか」

「顔に書いてあるよ」


どんな顔だよ…。


「…それで、なんでここに俺がいる? それを伝えるために呼んだのか?」

「ううん。私の世界に、生まれ直させようと思ってたのさ。そのまま、お前という自我は消えて、別の形でまた生まれる予定だった」


「なるほど…インターバルってやつか」

「まあ、そんなもんだね。…で、どう? どんな気分?」


ニヤニヤと笑いながら、女が訊いてくる。


「念願叶って死ねた気分は?」



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