番外編 誕生日
目覚めてから、数日が経った。
慌ただしく過ぎた日々が嘘のように、穏やかな時間を過ごしている。
積もった雪を除けた小さな広場で――青く澄んだ空を見上げていた。
「よっしゃあ!どうだアイオン!兄の偉大さを思い知ったか!? はっはっはっは!」
足元から聞こえる雄叫びに反応し、立ち上がる。
兄ゼアスが、勝ち誇ったように笑っていた。
「純粋な剣術じゃ、ゼアスさんのほうが上ですよ。わかってるでしょ?」
ため息混じりに答えると、
「はっはっは!負け惜しみか?情けない弟だな!」
と、さらに調子づく。
そこへジェダが口を挟んだ。
「ゼアス…。身体強化なしの状態で、やっと一本だろ?…さすがに情けないぞ」
そう言いながら、冷静に考える。
(身体強化は確かに驚異的だが、剣術そのものは並以下。圧倒的な速度で誤魔化してるだけだ。一流の相手には、まず通用しない。…やはり“御使”ではないな)
御使の伝承には、生まれながらに知識、発明力、戦闘力などが突出していたとある。
アイオンは、それには当てはまらない。
「…せめて、お互い強化状態で倒さなきゃ、兄の威厳は示せないんじゃねえか? なぁ、弟くん?」
「ノーコメントで」
汗を拭いながら答える。
(…この人、できればあまり関わりたくないんだけどな)
基本的に、村の外の人間は新女神教の関係者だと思うようにしていた。
自分の安全のためにも、村のためにも――警戒は解かない。
(…だからレア達の話に乗ったんだ。さっさと帰れば良いのに)
レアには誓約について聞かれたら話を合わせるよう言われていた。
悪い条件ではなかったので応じたが――
(…ベティのあの目つき、あれはな)
完全に、自分とクソ女神との関わりを確信している目だった。
予想通り好意的ではあるが……。
(…やりづらいことこの上ない)
「身体強化に頼ってるようじゃ駄目だって、教えてやっただけさ! 調子に乗らず、自分の身体能力を鍛えろよ、アイオン! 最後に物を言うのはパワーだ!」
「俺、セアラさん似なので、そんなに筋肉はつきません。でも忠告は聞きます」
嫌というほど思い知った。
これからは体力強化にも力を注ごう。
(…剣術も必要だよなぁ)
とんでもない回復力を持つオルトロス、木々の隙間を自在に動くアラクネ、一瞬で道を切り開く風を放つグリフォン…。
どれもB級の魔物だが、今の自分では相手にならない。
知識だけでは通用しない。
圧倒的に、地力が足りなかった。
女神から貰った力にも頼るわけにはいかない。
そもそも、命のストックが何個あるのか、自分ではわからないのだ。
死んでみなければわからない――不安定な能力。
だが、使いこなさなくてはならない。
(…あの場所には、また行かなくてはならない。なぜか、そう感じる)
禁断の森。
あそこには、何かがある。
――クソ女神に関わる、何かが。
(まぁ、自分で見て、自分で判断するさ)
「…そろそろいいですか? 帰りたいんですが」
ジェダと話していたゼアスに声をかける。
「ん?…いや、まだだな」
家の方角を見ながらゼアスが答える。
「…? 何かあるんですか?」
「いや? 明日には村を出て兵団に戻るからな。今のうちに、兄としての威厳をしっかり植え付けておきたいだけだ!」
そう言って、また剣を構える。
「ジェダ!合図を! アイオン、次は立ち合いじゃなく訓練だ! 俺の剣を受けて反撃しろ!」
「わかりましたよ…」
「よし!では…よーい、始め!」
しばらく、木の剣を打ち合った。
#
「アイく〜ん! ゼアスく〜ん!」
ナリアの声が響き、笑顔で駆け寄ってくる。
その後ろにはカーラの姿も。
「ナリア〜! 体は大丈夫か?」
「うん!平気!すっごく元気!」
ゼアスがナリアを抱き上げ、ラクトのように笑う。
「よう!迎えに来たぞ!」
カーラが言う。
「…迎え? ゼアスさんを?」
「あいつはどうでもいい! お前をだ!」
照れ隠しにしても、言い方がキツすぎる。
「お前なー! “どうでもいい”とは何だ!? ラクト家の長男に向かって!」
「村を出て畑を継がないお前のことなんて、どうでもいいんだよ! 長男が家出るとか何考えてんだ!」
くだらない喧嘩を始めたふたりを放って、ナリアに声をかける。
「…家、帰ろうか?」
「うん!行こう!はやくはやく〜!」
ナリアに急かされ、後ろを歩きながら家路をたどる。
「大体お前はー!…って、おい!行っちゃったじゃんかクソ野郎!」
「口が悪すぎる…。ジェダ!お前は――」
「ああ、行ってこい。俺は明日からのために、ゆっくり休む」
「そうか!じゃあ、明日迎えに行く!」
「お〜う!寝坊すんなよ〜」
手を振るジェダを後に、ゼアスが駆けてくる。
「おい!お前が先に行くな!」
「…俺、お前がアイオンの嫁になるのは絶対に嫌だ。妹が増えるなら、もっとお淑やかな子がいい…」
「てめー!またそれ言いやがったな!? ぶち殺すぞクソ野郎!!」
――去っていく背を、ジェダはどこか羨ましそうに見つめていた。
#
自分たちを置き去りに走っていくゼアスとカーラを見送りながら、ナリアの隣を歩く。
「…あのふたり、元気だね」
「仲がいいからね〜!」
嬉しそうに返すナリア。
その元気な笑顔に、胸が少し温かくなる。
「アイくんは? 楽しい?」
振り返って、問いかけてくる。
「楽しいって?」
「…みんなといて。楽しい?」
……
「まぁ、今は…悪くはないよ」
「そっか! なら良かった!行こう!」
手を差し出すナリア。
その手を、そっと握る。
満足そうに笑う彼女に、思わず微笑み返した。
*
ナリアのあとに続いて家に入ると――
「「「「誕生日、おめでとう!アイオン!」」」」
ラクト、セアラ、ゼアス、ナリアが一斉に声を揃える。
「おめでとう。アイオン」
「おめでとうございます〜!アイオンさん〜!」
レアとベティの声も続く。
「おめでとう!アイオン!!」
カーラの声も響く。
(…そうか。今日は――)
アイオンの、14歳の誕生日だった。
「いやー!めでたい!めでたいなー!」
「そうね!家族みんなで祝えるなんて、思ってもなかったわ」
「俺がいて良かったな!アイオン!」
「うん!みんな一緒!」
「…こんな場に、私たちがいてもいいのかしら?」
「当然です!レア様とベティ様がいなければ、この瞬間はありませんでした!」
「照れますね〜」
「わ、私こそ…いていいのかな? 何もしてないけど…」
「何言ってるの!カーラのサンドイッチ、とってもおいしかったし、ありがたかったよ」
「そ、そうですか? サンドイッチだけは得意で! へへへっ…」
「アイくん!座って!」
ナリアが笑顔で言う。
「みんなでお話しながら食べよ!楽しいよ!」
全員が、優しい笑顔でアイオンを見つめていた。
「…お行儀悪いって、女神様に怒られるんじゃ?」
「あら、そんなことで怒ったりしないわよ。きっと」
「それなら!アイオンさんには〜女神様の声が聞こえるかも知れませんね〜! 試してみましょ〜!」
ウキウキなベティを横目に、席に着く。
「…まぁ、たまには、いいですよ」
「お前、家でもそんな感じか? 素直じゃなさすぎるぞ!」
「…お前が言うな」
カーラの言葉に、ゼアスが返す。
さらにカーラが返し、ゼアスがイジる。
そのやり取りに、みんなが笑った。
――確かに、悪くない夜だった。




